ねえ、そんな目で見ないで
盛大な勘違いをされたまま、私はフィルを置いて逃げるように商人ギルドを後にした。
変態は保護者を呼ぶとか言っていたけれど、流石に恥ずかしい。
リムルに冷たい視線を送られるのが目に見えている。
「と言うことがあったんだけど、どうしようか」
「どうしようか、と言われましても……」
マーサさんに小麦粉を渡して、私はリムルと一緒に休憩に入った。
人間は、お昼はみんな働いているので、そこまで客入りは多くない。
朝と夕方以外は基本的に暇なのだ。
「王都は人間の国の中心部ですし、勇者の一人や二人はいるかもと思ってはいましたが……、流石に無警戒に過ぎましたね」
「それな!」
「ベア様は、そもそも考えすらしてませんよね?」
「…………そ、そんなことナイヨ?」
「こっちを見ていいなさい」
そうは言っても、勇者なんて数えるくらいしかいないのだ。それも、私のことを知っている勇者となると、おそらくフィルくらいしかいない。
魔力さえ隠していれば、人間に魔王だとばれることは絶対にない。
幾つもある人間の国の中で、たった一人に見つかるのなんて、森の中で小石を見つけるようなものなのだ。
警戒心も薄くなって当然だろう。
「でも話を聞く限り、あちらは手を出してくる様子はないんですよね?」
「まあねー。少なくとも、人目のあるところじゃ何もしてこないと思うよ?」
「それなら、問題ないんじゃないですか? ベア様が一人になることなんて、滅多にないですし、」
リムルは人差し指を立てて、「それに」と続ける。
「勇者にとっては、ベア様の周囲の人間は人質に取られているようなものですよ?」
「えげつないこと考えるね………」
「吸血鬼ですから。それも、トゥルーな方の」
リムルは得意げに腰に手を当てた。
流石、通称『首筋ちゅっちゅ魔族』は違うなぁ。
「………今、失礼なこと考えませんでした?」
「ソンナコトナイヨ」
勘の鋭い子は嫌いだよ。
「ともかく、こちらからすぐに何かをする必要はないと思いますよ。ベア様の力が失われてるって勘違いしている間は、あちらも事を急ぐことはないでしょうし」
「んー、まあ、そうなのかなぁ」
「さ、この話はおしまいです。そろそろお店のお手伝いに行きますよ」
「おっけー」
◆ ◇ ◆
勇者のことは後回しにすることにした私達は、マーサさんのいる厨房にやってきた。
もちろん、パン生地ににゴミや髪が落ちないよう、エプロンと三角巾は装備している。
厨房における、戦装束というやつだ。
マーサさん一人だと、どうにもパンを焼くのが追い付かないようだ。
この街では昼間はみんな働いているようで、日が高く昇っている間は、お客さんもあまり来ない。
その代わり、朝と夕方は忙しい。
特にリムルが来てからは、総動員してもお会計と軽い接客で手一杯だ。とてもではないけれど、パンを焼く暇などない。
なので、最近は昼のうちにパンを焼いたり、仕込みを済ませて、夕方に備えていた。
「さあ、それじゃあ、パンを作るわよ~」
「「はーい!」」
マーサさんは私が買ってきた二種類の小麦粉の袋を取り出すと、それぞれ計量器を使ってボウルへと移し始める。
「ベアちゃんは、基本の形はもう大丈夫よね~?」
「まあねー。バターロールはまだ全然だけど……」
リムルがこのお店にくるまでの一か月、マーサさんにパンの焼き方を教わっていた。
今では揚げパンとか塩パンなら、割と焼ける。
ただ、意外にもバターロールパンは焼くのが難しい。
「そうねぇ、生地で上手くニンジンの形をつくらないといけないものね~」
バターロールは縦長に伸ばした生地を巻き取って焼くパンだ。
でも、うまくバランスよくしないと、へんてこな形になって、あまりおいしそうに見えない。
そのために、生地をニンジンのような形にする工程があるのだけれど―――、これがまた、なかなかうまくできないのだ。
「それなら、ベアちゃんは復習も兼ねて、今日は揚げパンを焼いてもらおうかしら~」
「揚げパンッ! 揚げパンですかっ!!」
リムルは目に見えて瞳を輝かせ始めた。
私が揚げパンで餌付けしてからというもの、ドはまりしてしまったらしい。
もともと料理好きというのもあるのだろう。早くパンを焼きたくて仕方ないと顔に書いてある。
「まずは、生地を作ってね~」
そう言って、マーサさんは小麦粉の入ったボウルを私達に手渡してくれた。
「リムルちゃんは、ベアちゃんがやっているところを、よく見てるのよ〜?」
「は、はいっ!」
「んじゃ、やりますかー!」
私はリムルに見えるようにしながら、小麦粉の入ったボウルに魔法の粉と塩、砂糖を混ぜて、最後に水とミルクを適量入れた。
「えっと、砂糖大匙二杯、塩小さじ一杯………あの、この粉ってなんですか?」
「魔法の粉のこと? これがあると、ふんわり焼けるんだぜ?」
「そ、そうなんですか? 聞いたことがないですけど……」
料理好きなリムルが知らないとなると、魔族には知られていない粉なのかもしれない。おそらく、最近になって人間が開発したものなのだろう。
「あらかたボウルに入れたら、あとはしゃかしゃかで混ぜるだけだよ。簡単でしょ?」
「……………しゃかしゃか?」
うん?
そうか、リムルはしゃかしゃかを知らないのか。
料理好きと言っても、やはりパン作りに関しては初心者なのだろう。
仕方ない、ここはパン作りの先輩として、教えてやろうじゃないか。
「ふふん、シャカシャカとはこれのことさっ!」
私は壁にかかっているしゃかしゃかを手に取って、高く掲げた。
卵をしゃかしゃかしたり、パン生地をしゃかしゃかするときに使う、とても便利なしゃかしゃか。
パン作りには欠かせないアイテムなのだ。
料理好きなリムルに対して、マウントを取れるのはなかなか気持ちがいい。
魔王城にいたときは、いつも口うるさくされていたから、ちょっとした鬱憤晴らしだ。
さあ、私に尊敬の眼差しを向けたまえ!
「……………」
そうそう、リムル君。その目だよ、その目。その冷やかな――――――――?
………………冷やか?
「あの、それはホイッパーっていうんですよ、ベア様…………」
「へ?」
「泡だて器ともいうわね~。そう言えば、教えてなかったわ~」
「………………」
「あの、子供でも知ってるようなことですよ、ベア様…………」
「まあ、これから学んでいけばいいのよ~」
やめて。
生暖かい目で私を見るのはやめて。
ブクマ評価ありがとうございます。
気持ち程度のパン作り回でした。




