ねえ、魔王ってバレたんだけど
小麦粉はパン屋『マーマレード』から30分ほど歩いた場所にある、商人ギルドで売っている。
そこは市場というよりは取引所のような場所だ。
私はいつものように順番待ちで、強面のおっさんの後ろに立った。
「なら、1キロ4000ガルムでどうだ?」
「いやいや、こちらの小麦粉はかの有名なメメント田畑で育てられた一品です。他の小麦粉とはわけが違う。1キロ5000ガルムです。これ以上はまけられない」
「ああ? そんな高えんじゃ、俺も店がつぶれちまうぜ! 1キロ4200!」
「1キロ5000」
「1キロ4400!」
「1キロ、5000ガルムです」
「~~~~~~!!! だーもう、わかったよ、俺の負けだ! 1キロ5000ガルム! それで買ってやらぁ!」
「ありがとうございます。いやはや、流石はかの大商店『ブブヅケ』の店長代理でございます。目利きがよくできていらっしゃる」
「けっ! よく言うぜ!」
などと言うやりとりが私の目の前で行われているけれど、これは日常茶飯事だ。
受付カウンターのお兄さんは、商人ギルドの交渉人であり、売買人でもある。
他に人がいないわけではないようだけれど、商人ギルドはこのお兄さんを信用しているらしい。
強面のおっさんが小麦粉を受け取る札をもって列から外れると、お兄さんの顔がよく見えた。
お兄さんは紺色の髪をオールバックにしていて、ザ・仕事人といった外見だ。
厳格で、ルール通りに物事を運ぶ、優等生のような印象を受ける。
「次の方、どうぞ」
お兄さんはメガネをくいっとしながら、そう言った。
「おにーさん、小麦粉を5キロほど売ってほしいんだけど」
そう言うと、お兄さんは私だと認識したらしく、怖い表情を崩してにっこりと笑った。
何回か来ているから、顔を覚えてくれているのだろう。
それはいいんだ、それは。
でも、私はこのお兄さんが少し苦手だった。
「おや、ベアちゃんじゃないか。一昨日、来たばかりじゃなかったかな?」
「おかげさまで、繁盛しててさ。小麦粉が底をつきそうなんだよね」
「それはきっと、ベアちゃんが可愛いからさ」
お兄さんは「ははは」と笑う。
これ近所の幼女に向けるような、柔らかなものなら、私も別に何も思わない。
自分が幼女の姿だということは十二分に理解しているし、そうみられるのは仕方のないことだと諦めもつく。
だけど、
「ところで、金髪の女の子も、一緒に働き始めたんだって?」
このお兄さん、やけに目が据わっているのである。
まるで私の一挙一動を見逃すまいとするような視線。
怖い。
魔王としての感覚から言って、害意や悪意と言ったものは感じないのだけれど、ただただ怖い。
次のターゲットはリムルだろうか。
「ま、まあね。ところで、小麦粉を……」
「ああ。ごめんね。1キロ1000ガルムだよ」
「え? さっきは1キロ5000って……」
「なに、サービスさ。大丈夫、差分は僕の給料から引いておくから」
―――――怖い。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。イエスロリータノータッチが、僕の心情だからね」
「ア、ソウデスカ………」
言っている意味がよくわからない。
私はお兄さんから札を受け取ると、逃げるようにカウンターを去る。
小麦粉の受け取りも順番待ちだ。きちんと計量して渡されるので、何かと時間がかかる。
私は札を片手に、呼ばれるまでホールの椅子に座りながら待つことにした。
「ま、魔王……?」
震える声が、後ろから聞こえてきた。
魔王と聞いて、反応しない魔王はいない。まして、今の私は正体を隠して人間の街に来ているのだ。
まさかバレてはいないだろうと高をくくりつつも―――、この声、なんだか嫌な予感がする。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは。
「なぜここにいるのだ、魔王ベアトリスっ!!!!!!」
聖剣を携えて、こちらを指さす白髪の女の子だった。
言うまでもなく、新キャラは女の子の方です。
モチベ上がるのブクマ評価をくれると嬉しいです。