二人と四体
ようやく一体のゴブリンを倒したところで、続いて現れたのは四体ものゴブリンだ。一対一ならばそれほど苦労はなかったが、果たして四体もの数をいっぺんに相手にできるだろうか。
そのためにも、先ほど見せたシャロの魔法は有力な対抗手段だ。彼女に期待したい。
「シャロさん、魔法は連続で撃てるんですか?」
「任せてください! 魔法の制御は下手だったけど、体の中の魔力貯蔵量は多いって評判だったんです。まだまだ余裕はあります」
心強いことに、シャロの手助けにはまだ期待できそうだ。どうやら、魔力量が多い=魔法が多く撃てるということらしい。
車とエンジン、みたいなものだろうか。エンジンが少なければ車は少ししか走れないが、エンジンが多ければそれだけ長く走れる。
「でもこれだけの数がいるなら、少々魔力消費量の大きい魔法を使わなければいけないかもしれません。ゴブリンは知識もあるし、さっきの戦いを目にしてたなら……」
「……同じ攻撃は通用しない、ということか」
先ほどの戦いを見ていたとは限らないが、それでもそこに黒焦げになっているゴブリンを見れば火の魔法で倒されたであろうことは明白だ。
奴らが魔法というものを理解しているかはわからないが、もしもそれに対処している手立てを持っていたとすれば、だ。何度も魔法を乱用するのは危険だ。
魔法の乱用は魔力低下にも繋がるようだし、あまりシャロに無理もさせられない。
「それこそ、火とは別の属性を使うか、先ほどよりも威力の高い魔法を放つか……」
「威力の?」
今ゴブリン達が仕掛けてこないのは、様子を見ているからだ。むやみに突っ込み、下手を打ってはならないと。
その知性が厄介だが、その隙にこちらも体勢を立て直す。
「はい。火属性魔法"ファルマ"……ゴブリン一体なら初級で充分ですが、四体もいるとなると、いっぺんに倒すなら中級以上は必要になります」
「お、おう」
どうやら、先ほど放った火属性の魔法、"ファルマ"は初級という位置付けにあるようだ。他に中級……そして上級とあるのだろう。
他にも属性があったりと、魔法にもいろいろあるようだが……今、それを追及している暇はない。
証拠に、ゴブリンが動きを見せる。四体が一斉にばらけ、トシロウとシャロを囲むように、四角形の角の位置へと移動し、二人を逃がさない。
四体に対しこちらは二人、どうしても数の上では負けてしまう。さらにこの陣形では、死角を無くすためにはトシロウとシャロとが背中合わせになるしかない。
つまり……一人で、二体の相手をしなければならない。いや、もしかしたらシャロに一体だけをぶつけ、残りの三体はトシロウに、という線もある。
「いずれにしても、これはまずいか……奴ら、ちゃんと考えて行動してる」
「それに、これじゃいっぺんに倒すことが……来ます!」
一瞬と気を抜けない状況……なんの合図もなく、ゴブリンの一体がトシロウ達に飛びかかる。いや、あるいはそれが合図だったのかもしれない。
残る三体も、四角形の中心の位置……そこにいるトシロウとシャロに、飛びかかっていく。
「ギキィー!」
「キェアー!」
「二体……くっ!」
トシロウへ飛びかかってきたゴブリンは二体。振りかかるこん棒を剣でさばいていくが、先ほどよりも二倍神経を使う。
三体を相手にする、という事態は回避できたわけだが、その分負担はシャロへとのし掛かる。
「ギィー!」
「キァー!」
「きゃっ……くぅ!」
トシロウは剣であるように、シャロは杖でこん棒を相手取る。しかし力の差だろう、ゴブリンの猛攻を防ぎきるに至っていない。
だが、自分が倒れればこの二体もトシロウへと襲いかかり、四体全員を相手しなければならなくなる。……その気持ちが、シャロを折らせない。
「や、ぁ!」
ガンッ!と、剣とこん棒がぶつかるよりも鈍い音が響き、杖がこん棒を押し返す。続いて腹部に向けて突き出されるこん棒を、杖で受け流すことで回避。
腰の横すれすれを、こん棒が突き抜けていく。そこに、バランスの崩れたゴブリンの隙ができる。
「今……っ!?」
隙を逃さない……が、シャロは仕掛けない。いや、仕掛けられない。すぐにその場から飛び退く。直後、その場をゴブリンの大きな拳が舞った。
一体の隙を作っても、もう一体がそれを補うように動く。これこそが二体攻撃を仕掛けるメリットであり、一人で立ち向かうしかないトシロウ、シャロにとっての厄介である。
「シャロさん!」
「大丈夫です! けど、なかなか隙が……」
一体が一体の隙を補うのはもちろんのこと、ゴブリンはその素早さが売りだ。こん棒という大きな武器を持っているとはいえ、それでもなかなかに速い。
だから体勢を整える暇がないし、シャロの場合魔法も撃てない。呪文を言う隙すらないし、ゴブリンに接近されている中で下手に撃とうものなら、いかに制御されていても巻き添えをくう可能性が高い。
「ファル……くっ、この!」
ゴブリンもそれをわかっているからこそ、あらゆる手を使いシャロに魔法を撃たせない。
例え数文字程度の呪文でも、それを言うにはかすかな時間がいる。そしてそのかすかな時間を、ゴブリンは見逃さない。
さらにゴブリンは理解する。ここにいる魔法使い……彼女の魔法は確かに同胞を屠った忌むべきものだ。だが……所詮、それだけだと。
撃たせなければなんの問題もないし、撃つ手段は『声に出す』ことだけらしい。
「この、ままじゃ……!」
トシロウは、魔法が使えない分シンプルに剣のことだけを考えればいい。剣でさばき、なんとか反撃の糸口を掴みたい。
初めの頃こそシャロを心配していたが、どうやらこちらが心配するほどにやわではないらしい。
あの杖でどれだけ防げるか……その心配は、彼女の動きを見て杞憂に終わった。思い返せば、その杖を買った武器屋にて、店主が言っていたではないか。……いい棒さばきだ、と。
あのときは単なるエロ親父によるセクハラかと思っていたが、どうやらただのセクハラではなかったらしい。今の動きを見て、確信した。
なので、集中して目の前のゴブリンに向かい合えるのだが……これも、なかなか反撃の隙を与えてもらえない。
「なら、これで……!」
こん棒を防ぎながら、一瞬意識を足元へと集中させる。右足の爪先……それを、地面に突き刺すように埋め、抉るように振り上げる。
すると、靴で砂が蹴りあげられ……ゴブリンの目元に直撃する。いわゆる、目潰しだ。それは、ゴブリンにも効果があったらしく目を閉じ、その動きが止まる。
「ここだ……!」
一体の隙を作っても、もう一体が……そんなことはわかっている。だから、トシロウはその場から素早く身を翻し……二体のゴブリンが重なるように、自身を移動する。
猛攻を続けていたゴブリンは、目の前に目潰しされたゴブリンが現れたことにより動けなくなってしまう。目潰しされたゴブリンに遮られ、トシロウの姿が見えなくなってしまったのだ。
「悪い、な!」
目潰し……これが剣士同士の正当な決闘というやつであれば、今のトシロウの行為は罵られ唾を吐きかけられる行為だろう。
だがトシロウはそんな大層なものではないし、ここはそんなお綺麗な場所でもない。第一、戦場において卑怯なんて言葉は存在しない。
トシロウが生まれ変わる前の世界……俗に言う前世では、怒号と鉛の玉と血が飛び交う場所で、文字通り命を懸けた戦い……否殺し合いに身を投じてきた。
その中では、自分が生き残るためにどんな汚いことだってやってきたのだ。今さら目潰しなど、かわいいものだ。
「はぁああ!」
目潰しによる一瞬の……しかし確かな隙。そこを見逃さず、トシロウは剣を振るう。ゴブリンへの腹部へと、切っ先を突き刺す一撃を……
それはゴブリンの体を貫通し、同時に後ろにいたゴブリンをも串刺しにする。二体のゴブリンが、トシロウにより一本の剣に貫かれた。
「ギギア、ァー!」
「キガァ……ァ……!」
二体の悲鳴が重なり、確かにこの剣が痛みを与えたことを証明する。ゴブリンの傷口から、口から、緑色の血液が流れ……刀身を、そして垂れ落ちた地面を汚していく。
苦しみから逃れるため、もがき動く。しかし貫通した剣から逃れる術はなく、ただ剣による傷口を自分で広げているだけだ。
苦しみか、あるいは怒りか……ただ、それがトシロウに向けられた声だというのはわかる。その声を受け止める。あまり……いや、気持ちのいいものではない。
「……ァ……」
次第に、声が聞こえなくなる。同時に、動きも止まる。それを見て……いや、剣から直接伝わる。ゴブリンが力尽きたという事実が。
剣を引き抜き、二体のゴブリンの討伐を確認。これで残るは、シャロが相手をしている二体だけだ。




