夏の日の花嫁
僕とひかりは花のアーチの下、みんなが見てくれている前で向かい合い、お互いにタイミングを合わせてウィンドウの[yes]ボタンをタップした。
瞬間、挙式場でよく流れるイメージのBGMに似たもの海辺フィールドに流れ出し、クラッカーや紙吹雪のエフェクトが周囲にボンボンと出てくる。
最後に、僕とひかりの《リンク・リング》が自動的に外れて手の平に移動。今まではただの銀の指輪だったそれに、ダイヤモンドのような宝石が一つ輝いた。
それから、アイテムの詳細ウィンドウが自動的に視界へ表示される。
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《永久の誓い リンク・リング》
種別:特殊アクセサリー 重量:1
備考:特別な人に渡すために作られた名工の品。あの日に誓った想いを永遠に刻み込むことが出来る魔法の宝石がはめこめられている。
パートナーの指で光輝く限り、繋がった想いが特別な効果を発揮する。
倉庫不可。取引不可。売買不可。浮気不可。
特殊スキル《いつも一緒に》使用可能。
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僕とひかりは揃って顔を上げた。
視界に『お互いの左手薬指に指輪をはめてください』と指示が出ている。
その指示に従い、僕たちは照れ笑いを浮かべながらお互いの指に指輪をはめた。この場所といい、タキシードとウェディングドレスといい、なんだか本当にやっていることは本物の結婚式と変わらないなぁなんて思ったらますます恥ずかしくなる。
しかも、どうもこの騒ぎに気づいた他のプレイヤーたちがなんだなんだと集まってきてしまったようで、みんな僕らを見て一様に驚きつつ、けれどすぐに状況を理解して、メイさんやナナミと一緒になって大きな拍手や祝福の声をかけてくれた。
「うわ、こ、これはさすがに恥ずかしい」
「で、ですね……」
ずっと見られていたという事実に顔が熱くなっていく。
それはひかりも同じみたいで、ひかりは頬を赤らめながら自分の指輪をしばらく愛おしそうに見つめ、それから微笑んで言った。
「えへへ……なんだか、本当の相方さんになれたみたいで嬉しいです……」
「う、うん。えっと、こ、これからもよろしくね。ひかり」
「ユウキくん……はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」
笑いあう。
ただそれだけが、今は無性に嬉しくて胸が弾む。
「あ、あの……わたしっ、覚悟は出来てますっ!」
「え? 覚悟って何の……」
するとひかりはなぜかそっと目を閉じて、静かにその顔を僕の方へと向けてくる。
――あれ?
ちょ、ちょっと待って?
え? こ、ここここれってもしかして……。
『おおおおおおお!』
周囲からものすごく盛り上がった声が聞こえてくる。それは明らかにひかりの行動に対してのものだった。
「え? まさかまさかしちゃうの!? いいよいいよ! メイさんスクショの準備できてるよ~~~♥」
「ちょ、おい! 本物の挙式じゃあるまいしやらなくていいんだよ! ひかり!」
「こ、これは僕たちが見ていていいものなのだろうか?」
「ふん。オレは既に目を閉じているぞレイジ」
「あらあら目を閉じちゃうなんてもったいない~♪ 私もスクショ準備いいわよ~~~♪」
「か、楓さん失礼ですよ。で、ですが、これは目が離せません……!」
みんなも同様にはしゃぎ始めて、もはや止めようとするナナミの声はひかりには届いていないようだった。
「ひ、ひかり……」
目の前でじっと僕を待ってくれているひかり。
長いまつげ。
火照った頬。
艶やかなピンク色の唇。
すべてがとても綺麗で、目が離せなくなっていく。ひかりだけに視線が吸い込まれていく。
僕はそっとひかりの肩を掴んだ。ひかりがわずかに震えたのがわかる。
ごく、と生唾を飲んでしまう。
ここで僕が近づけばきっとそうなる。け、けどそれはさすがにダメだ!
だから僕はいろんなものをこらえて言った。
「ひ、ひかり。待って。それはいいんだよ」
「……え?」
そう言うと、ひかりはそっとまぶたを開いた。
「こ、これは本当の結婚式じゃないからさ。その、そ、そこまでする必要はないんだ。み、みんなも盛り上がってるところ悪いけど、そんなことしないからね!」
『ええ~~~~~~~~っ!』
ブーブーと僕が反則でもしたかのように大ブーイングを起こす会場。それにナナミが「勝手に期待してがっかりすんな!」と抵抗してくれた。
すると目の前のひかりは……
「…………あっ。そ、そう、ですよね? これ、ほ、本当の結婚式じゃ、な、なくって……。わ、わたし……か、かかかか勘違いをしちゃって……あ、あああああ~~~~!」
「え? あ、ちょ、ひかり!?」
「ユ、ユウキくんにあんな風に迫って……あ、ああああっ! ご、ごめんなさい! わぁ~~~~~ごめんなさぁ~~~~~~~い!」
「ええっ!? ちょ、ひかり!?」
顔中真っ赤になったひかりはそのまま岬の先へ走っていってしまい、なんと、ウェディングドレス姿のまま海へぴょんとダイブしてしまった!
「わあああああーっ! ひ、ひかりーーーー!」
『ええええええーっ!?』
当然ながら慌てる僕と一同。ちょ、まさかこんな結婚式みたいなイベントの最中に花嫁がドレスで海に飛び込むなんてなかなかないぞ!
「おいユウキ! 早く行ってやれっ!」
「わ、わかってるよナナミ! ひかりー! 今いくからねー!」
「わぁ~~~~こないでくださぁ~~~~い会わせる顔がありません~~~~~~~!」
海の方から叫ぶひかりの元へ、しかし僕は気にせずタキシード姿でダイブ。
そんなこんなで、なぜか花婿も花嫁も海にダイブするという謎の結婚式イベントは、おそらくあっという間に口コミで広まっていったことであろう――。
そうして海から上がった僕とひかり。
大勢の野次馬たちをメイさんたちが帰してくれたことで、ひかりはようやく僕たちと話をしてくれるようになった。
「うう……わ、わたし恥ずかしいです……。ユウキくんにあんなことして……」
「まぁまぁひかり。でも、ユウキくんとこうして契りを結べたのは確かだよ。別にキスをしたかしないかなんて関係ないさ。それに……あのときのひかりは可愛かったなぁ♥」
「わーわー言わないでくださいメイさん思い出しちゃいますーーー!」
メイさんをぽかぽか叩くひかり。メイさんは「ちょ、痛い痛いひかりほんと待って!」と本気で苦しんでいた。
ひかりのSTRパワーに恐れたメイさんはふらふらしながら僕にも言う。
「うう、ご、ごめんねひかり。でも、あれはユウキくんも悪いよ?」
「え? ぼ、僕ですか?」
「そうだよっ! あんな場面で女の子に恥をかかせるなんていけません! 本当の結婚式かどうかなんて関係ないんだよっ。あそこは男らしく抱きしめてチュッてしてあげなきゃ! そして永遠の愛を誓わなきゃ!」
「な、何言ってるんですかメイさん! ぼ、僕たちはそういうんじゃないですよ!」
「まだそんなこと言ってる-! もーユウキくんは真面目すぎるよ! もしひかりの立場だったら絶対チューしてほしかったもん! ね、ナナミ!」
「なんであたしに聞くんだよ。……まぁノーコメントで」
「はは。けれどそういう真面目なところがユウキくんの良いところではないかな。僕はそこを評価しているよ」
「ふん、女にうつつを抜かし剣技を怠るなよ」
「あらあら。なんだか男子たちは真面目というか臆病ねぇ~。女の子なら、あそこは絶対キスをしてほしかったはずよ~? ね~るぅちゃん?」
「だからそういうことを私に振らないでくださいってば!」
勝手にわいわいと盛り上がるみんな。
僕は、ドレス姿のまま顔を隠してしまったままをひかりを見て、どうしたらよかったのかをちょっと真剣に考えていた。
メイさんの言う通り、あそこでキスをしてしまったら……どうなっていたんだろう。
相方とか《リンク・パートナー》というシステム上のものだけじゃなくて、本当の意味での恋人にでもなっていたのかな。
でも……それは何か、違う気がする。
あそこでしていたら、それは流れでしただけになってしまうような気がした。
それは何よりひかりに失礼だし、お互いの気持ちがハッキリとわかっていない状況で、そんなことをしたら絶対に後悔する。僕はそう思っていた。
だから――
「……ひかり。ご、ごめんね」
「……わたしこそ、ごめんなさい」
ひかりはまだ顔を上げてくれない。
だから僕は続けた。
「……あのさ、ひかり」
「……はい」
「僕たちは……その、ま、周りに合わせなくてもさ、ゆっくり、二人でパートナーらしくなっていこうよ」
「…………ゆっくり、ですか?」
そこでひかりがようやく僕を見てくれた。
このチャンスに、ちゃんと僕が思ってることを伝えておきたい。
「うん。もしもあそこで流されて、その、しちゃってたらさ、なんか、僕とひかりらしくない関係になっちゃってたんじゃないかって……そんな気がしたんだ」
「わたしたちらしくない……ですか……?」
「うん。でも、僕はそれは嫌でさ……。ひかりと、ちゃんと相方として、リンク・パートナーとして、一緒に進んでいけたらって思うんだ。それで、その先には……その、も、もしかしたら……さっきみたいなことが、あ、あああああるかもしれないけど……」
「ユウキくん……」
「え、えっと、だからその……恥ずかしい思いさせてほんとにごめん! でもひかりとするのが嫌だったわけじゃないよ!? むしろあんな格好のひかりへ自分の衝動を抑えるのが大変だったくらいで!! だ、だけど決して流されてするような男にだけはならないでおこうと思ったわけで! それはひかりを大切にしたかったからであってですね!!」
必死に釈明する僕。
そんな僕を見つめていたひかりは……やがてその表情を柔らかく開いた。
「――ふふ、あははっ」
「えっ、ひ、ひかり?」
小さく笑ったひかりは、濡れた手で目尻を拭いながら言った。
「ユウキくん、必死で可愛いです」
「かわっ!? え、ええ? ひかり!?」
「でも……その気持ちが聞けて、嬉しかったです。ありがとうございます。わたしも、ユウキくんの考えに賛成です。一緒に……成長していきたいですっ!」
「ひかり……うんっ!」
ようやくまた笑顔を見せてくれたひかりに心から安堵する僕。
お互い海に飛び込んでびしょ濡れになったおかしな花婿と花嫁に、けれどメイさんたちはまた拍手をくれた。
「よかったね~ひかり! とにかく、改めておめでとう二人とも! メイさんも相方ほしくなってきちゃったよー!」
「あたしはいらないけどな。ま、とにかくおめ~。うっし、帰ったら何かプレゼントでも用意してやるか。って、か、会長泣いてんのか!?」
「ううう、挙式の後に早速二人で試練を乗り越えるなんて、か、感動的な結婚式だったよ。こんなめでたい席に手ぶらで来てしまったのが悔やまれるっ。生徒会からも大きな花でも贈ろう! るぅ子くん予算は任せた!」
「は、はい! 了解しました!」
「うふふふ。LROにまた一組素敵なカップルが生まれたのねぇ~♪ 本当に羨ましいわぁ~♪ ね~ビードルちゃん?」
「いや、お、俺は別にそんなことはない」
温かい拍手に、ちょっと涙腺が緩んできてしまう僕。それはひかりも同じようだった。
僕たちはお互いに照れ笑いしまくりで、本当の恋人同士もこんな感じなのかなぁとか、もしかしたらひかりは本当に僕のことを少しは……とか、なんだかあれこれ考えてしまって終始浮き足立っていた。
そして、
「――ユウキくんっ。わたし、生きてきた中で今日が一番の想い出の日です!」
ひかりがそう言ってくれたとき。
僕は、自分の気持ちに気づいたような気がした。
これはきっと、ひかりが相手だからこそ感じられる想いなんじゃないかって。
だから僕も、こう答えた。
「――うん。僕もだよ、ひかり」
ひかりの満面の笑みを見て思う。
この狐耳をした花嫁のことを、これからも大切にしていこう。
そんな誓いを立てられた、僕にとっても一番の想い出の日になった――。




