続・仮想世界の夏
――で。
メイさんにホールドされた僕は、海を背にした三人の前に立たされていた。
「はーい! それじゃあメイさんの突撃ファッションチェックのコーナー! といっても審査するのはメイさんじゃありません! 審査員はもちろん……ユウキくんでーす!」
「えええええ!?」
ででーん、と何やら効果音でもなりそうなMCぶりを発揮するメイさん。ひかりは「わ~!」と拍手して、ナナミはいつも以上に疲れたような顔をしている。
ひかりとナナミの間に立っているメイさんは、左右二人に視線を送った後、真正面の僕に向かって言った。
「さてユウキくん? 個性豊かな美少女たちが揃ったわけだけれど、ユウキくんはどの子の水着がお好みかな?」
「嫌な予感がすると思ったんだよ! ていうかそんなことやるなんて聞いてないよ!」
「言ってないからねぇ♪ むふふ。ほらほら逃げないでちゃんとご覧よ。メイさんたち、君に見せるためにカワイイ水着を選んできたのだからさ。ね、ひかり? ナナミ?」
「はいっ! ちょっと恥ずかしいですけど……え、えへへ」
「あたしはそういうつもりで着てねーんだけど……ていうか、なんでわざわざリアルみたいにあっちで着替えてお披露目なんだよっ。インベントリからタップするだけで着替え完了だろ」
「わ、わかってない! わかってないよナナミ! それで本当にJKなの!? それじゃあ風情がないじゃないか!」
「うるせー! 風情のないJKで悪かったな!」
「こういうのはねっ、やっぱり男女は別れて着替えを済ませて、こうして嬉し恥ずかしなお披露目をするものだよ! それが青春ルール! だってそっちの方がドキドキするでしょ!」
「青春……素敵ですメイちゃん!」
「ひかりはすぐ言いくるめられるな……はぁ、メイは青春こじらせてんぞ……」
「まぁまぁ♪ というわけで! さぁ、もう一度じっくり見てみてよユウキくんっ。あ……そういえばメイさんだけまだ感想を聞いてないよねっ? やっぱりこれはやりすぎかな? ちょっち大胆?」
「う、え、ええっと」
メイさんが上目遣いにじりじりと詰め寄ってくる。その顔は楽しそうでもあり、同時にどこか不安そうでもあった。
そもそもビキニなんて水着をこうも目の辺りにする機会は今までなかったわけで、僕みたいな男子には十分に大胆すぎると思えるけど、なんて答えていいものか!
ただ、さっきのナナミの話が本当なら……メイさんはこんなノリをしていても、内心では本気で僕に引かれるかもと恐れていたことになる。
僕はちゃんと……といってもやっぱりあんまりは見られなかったけど、でもなんとかメイさんの方を見ながら答えた。
「に、似合ってると思うよ?」
「なんで疑問系なの~!」
「に、似合ってるから!」
「ほんとに? ほんと? ほんとならメイさんの目を見て言って!」
「うぎゅっ」
両手で頬を挟まれ、無理矢理視線を固定される。
メイさんはキラキラした純粋な少女の瞳でじ~っと僕を見つめていた。
「うう……に、似合ってるよ! ものすごく! でも露出が多くて目のやり場に困るんだってば!」
「えっへへへ♪ そっかそっか~、メイさんもこれで花も恥じらう女子高生だからね~。やっぱり褒められるのは嬉しいなぁ。ありがとうユウキくん♥」
「ちょ! だ、抱きつかないよ! ちょっといろいろやばいんだからー!」
メイさんのあんなところやこんなところの感触がダイレクトに伝わってきて、頭にピリピリとした電気みたいなのが流れてくる。ああああ恐るべしVRMMO!
「おいコラメイ! 周りに見られてるからやめろって! ほらひかりも止めろよ!」
「え? どうしてですか? 仲良しさんで良いと思いますよ!」
「こ、こいつマジもんの天然か……おいこらユウキ! メイなんか相手に鼻の下のばしてんじゃねーぞ! そうやって相手を籠絡するのが目的なんだからな!」
「の、伸ばしてないって!」
「メイさんなんかって言い方はひどいよナナミ~! それでユウキくん?」
「な、なに?」
そこでメイさんがちょいちょいと僕を手招きして、近づいた僕の耳元にそっと口を寄せる。何やらこそこそ話をしたいらしい。
「メイさんはともかくとして~……ひかりの水着はどうだったっ? メイさん素敵なの選んだでしょ? ドキドキしちゃった? ムラムラしちゃったりした?」
「ぶっ! な、何言ってるんだよいきなり!」
いきなりそんなことを囁かれて動揺するしかない僕。メイさんはそのまま僕にだけ聞こえるように言った。
「あははっ。でもそういうのって大事だよ。せっかくの夏なんだから、ユウキくんとひかりの関係ももっと深くなったらいいなって思って。ほら、二人ってなんだか純粋すぎるっていうか、なかなか発展しそうにない感じがするんだよね。だから、ちょ~っと背中を押したくなっちゃった♪」
「メ、メイさん……まさかそのためにこういう企画したの? だから、僕たちはそういうんじゃ……」
「本当にそうかな~? ほら、水着姿のひかりをじっくり見てごらんよ」
「じ、じっくり……」
「そうだよ~。ほらほら、ひかりってばあんなにあどけない顔をしているのに、あ~んなわがままボディを持ってるんだよ~? それに、そんな自分の魅力をこれっぽっちも理解していない純真無垢な性格。う~ん、とんでもない破壊力だよね! もうたまらない感じだよねっ!」
――見る。
「? ユウキくん? どうかしましたか?」
そして、強くうなずく。
ハッと思ったときには隣でメイさんがいやらしいくらいにニヤニヤしていて、僕はあまりの恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じた。
「ユウキくん、大丈夫ですか? 少し暑さでバテてきちゃいましたか? あ、わたし膝枕しますよっ。あっちのパラソルの下で休みますか?」
「え、い、いや大丈夫! 心配いらないって」
「そうですか? でも……GVGでのこともありますし、やっぱり心配です……」
「ひ、ひかり……」
本当の聖職者みたいに自分の手を組んだまま、上目遣いにじっと僕を見つめるひかり。
その目は潤んでいて、さらには組んだ手がひかりの大きな胸をむにっと左右から押しつぶしてついそっちに目がいく。
――ああ、やっぱりヤバイ。なんかダメだ! これ以上ひかりを見ていると、なんかいろいろ我慢出来なくなりそうな気がする!
そんな風に己の理性と戦っていたら、メイさんが言った。
「優しいね~ひかりは。うんうん。ひかりの相方になれたユウキくんが羨ましいよ~。メイさんもひかりを独り占めしちゃいたいなぁ。それで、その肌を思う存分触ってみたいよ~~~! ねぇひかり? 少しだけ触ってもいい?」
「ぶっ! ちょ、メイさん!?」
「いきなりのヘンタイ発言やめろ!」
「だってぇ、ひかりが可愛くて我慢できないんだもん♥」
僕とナナミさんのツッコミにも悪びれないメイさん。
するとひかりは、
「はい。別にいいですよ」
「「「いいのっ!?」」」
その一言に全員で驚く。
そんな僕たちに対してひかりは、「え? だっていつもはもっとくっついてるじゃないですか」とあっけらかんだった。
いや、確かにそうなんだけど! むしろ普段はひかりの方からメイさんやナナミにくっついてるわけだけども!
でも、やっぱりナナミの言う通り、ひかりはそういうことに疎い子なんだって改めて僕は思った。
メイさんの目がギラリと光る。
「あらら……じょ、冗談のつもりだったんだけどな? い、いいんだよねひかり? それじゃあ触るよ? メイさん、触っちゃうよ? 据え膳いただいちゃうよ!」
「すえぜん? はい、どうぞ」
笑顔でメイさんを受け入れるひかり。
「ふふふふ……それじゃあ遠慮なく……」
ひかりの純朴っぷりを良いことに、メイさんはその魔の手を伸ばし、ひかりの髪を撫で……そこから頬に触れ、首から胸元に降りていく。
そしてひかりの大きな胸にそっと触れた瞬間、ひかりが「んっ」とわずかな声をあげた。
「メ、メイちゃん? えっ? 胸も触るんですか?」
「ふわぁ……柔らかさだけじゃなくて、ツヤといいハリといい、手に吸い付くようなもっちりとした感触がメイさんを幸せにしちゃう……。なによりこのボリューム……メイさんの手からはこぼれ落ちてしまうほど……ウフフ……同性さえここまで魅了するなんて、なんてけしからん子なのひかりは♥」
「わ、わたし、けしからんのですか? ――あっ、メ、メイちゃん! その、あ、あんまり、胸は、もみもみしないでくだ、さい……。な、なんだか、変な……んんっ」
「もう少しだけ……もう少しだけ触らせて……? ああ……メイさん天にも昇る気持ちです……かわいいひかりのかわいいおっぱい……すごい……えへへ……」
「メ、メイちゃぁん……ん、はぁっ……」
優しい手つきでひかりの両胸をなで回し、時折ふんわりと包み込むように揉んでいく。
「ユウキ、くん……み、みないで……くだ、さい……あぁっ」
艶めかしい声を上げるひかりとその情事を、けれども僕は、まばたきも忘れてじっと凝視してしまっていた。そして逆の鼻からも鼻血が出る。
「えへへ……ここまできたらちょっとだけ、直に触らせてもらって……」
「え……メ、メイちゃん、そ、それは、ダメ、ですよぉ……」
じりじりとひかりの水着に手を伸ばすメイさん。
ごく、と生唾を飲み込む僕は、この後いったいどうなってしまうのかに頭の想像がフル回転してしまっていた。
そこでナナミが叫ぶ。
「お前ら……いい加減にしろおおおおお! 《ラピス・ハンマー》!」
「――え? わああああああああっ!」
ぶち切れたナナミの唯一の攻撃スキルが炸裂し、召還された神様のハンマー攻撃によってメイさんは海の方へと吹っ飛ばされる。
「ええ!? メ、メイさーん!」
「メイちゃん!?」
「ひゃあああ~~~~~!」
悲鳴をあげながらドボーンと海に落下していくメイさん。PVPフィールドでもない限りはプレイヤー同士でダメージを与えることは出来ないけど、たぶん、衝撃だけは伝わっただろう。あと落下ダメージもあるかもしれない。
「それ以上は学則違反のセクハラで処分食らうぞバカ! 可愛いもの好きもいい加減して頭冷やして反省しろ! つーかユウキもちゃんと止めろよ! ひかりもされるがままにすんな! あいつはすぐ調子乗るからあんなこと二度とさせんなよ! わかったか!」
「「は、はい!」」
大声をあげるナナミに僕とひかりは背筋を伸ばして返事をし、メイさんからはギルドチャットで「ご、ごめんなさひ……」と震える謝罪が聞こえてきたのだった……。
で、そんなメイさんのセクハラ騒動が収まった直後。ふらふらのメイさんがこちらへ戻ってきたところで、ちょうど見慣れた人たちがやってきた。
「――ははは、既にだいぶ盛り上がってるみたいだね」
「あ、レイジさん! それに生徒会のみんなもっ」
そう。やってきたのは生徒会の四人で、もちろんみんな水着姿だ。
「やぁ、遅れてすまない。生徒会の仕事が残っていてね。けれど、せっかく誘ってもらえたんだ。生徒会一同で遊びに来たよ」
「ふん。俺はこのようなチャラチャラした遊びに興味はないが……」
「ビードルちゃんてば硬派でつまらないわねぇ。こ~んなに可愛い女の子たちが水着でいるのに~。ほぉら、るぅちゃんだって普段とは全然印象が違うわよ~?」
「や、やめてください楓さん。私もこういう慣れない場所は苦手なんですっ」
レイジさんの身体は程よく鍛えられていて、遠くから生徒会長ファンの女子たちが熱い視線を注いでいた。その水着はなぜかぴっちりなブーメランパンツ。
ビードルさんの方はさらにがっちりと筋肉がついており、水着はなぜかふんどしである。
楓さんは落ち着いたパレオの水着で、るぅ子さんは学園で使うはずのスクール水着を着用していた。
うーん、なんかそれぞれに性格が反映された水着チョイスな感じするなぁ……。
と、そんな生徒会の登場にひかりたちも喜んでいた。
「わぁ、皆さん来てくれたんですね。ありがとうございますっ!」
「あー、こりゃなんかますます騒がしいことになりそうだな……」
「よしよし、これで面子も揃ったね! 四人だけじゃビーチバレーなんかもやりづらかったから助かるよ~! それじゃあリアルではまだ少し早いけど、みんなで一足先にLROの夏を堪能しちゃおー!」
楽しそうなメイさんの声に応えて、僕たちの少し早い夏が始まった。




