プロローグ
「――左舷、第二・第四コンテナに直撃! シールド残量、5割を切りました!」
警告音が鳴り響き、ブリッジの赤色灯が緊張感を煽る。
広大な宇宙空間を捉えたメインモニターには、こちらの数倍の巨体を持つ海賊の巡洋艦が吐き出す、凶悪な重レーザーの軌跡が眩まんばかりに焼き付いている。
一方こちらの母艦ヴェルテブラは、駆逐艦クラスの大きさを持ってはいるが、船種は輸送コンテナ艦である。
普通なら、絶体絶命のピンチというやつだろう。
「ユーク様。敵艦隊の第2波が接近中。ヴァルチャー6機、ジェリーフィッシュ2機が交戦中ですが、いかがいたしますか?」
僕の隣で、漆黒のメイド服を完璧に着こなした少女――リリーが、顔色ひとつ変えずに尋ねてくる。
彼女の透き通るような銀髪が、ブリッジの警告灯に照らされて微かに揺れた。
「ん……、そろそろ真面目にやらないとね。いつも通り、操船とシールド制御を任せるよ」
「承知しました。では、当艦の制御プロトコルを《リリー》に変更いたします」
彼女は煌めく銀髪をかきあげ、露出した首後ろのソケットにて、母艦ヴェルテブラと有線接続する。
「ユーク様、準備できました。許可コードを」
「うん」
主従はアイコンタクトを交わし、微笑む。
「「リリー、自由に生きろ!」」
刹那、ヴェルテブラのリアクター出力が急上昇し、バシャンッと音を立て、船体上下から放熱板が展開、赤熱する。
リリーの超級の演算能力が、敵艦の位置、相対速度、砲塔の向きなどから着弾点を割り出し、出力が向上したスラスターをふかして未来の安全地点にヴェルテブラを導く。
「ミサイル来ます」
「あいよっ!」
対する僕はドローン担当だ。
編隊行動をとった《ヴァルチャー》が全てのミサイルを迎撃し、電子戦に特化した《ジェリーフィッシュ》が敵機の火器管制システムを次々とハックしていく。
「リリー」
「はい。対艦砲撃ドローン《レヴィアタン》3機、接続モードで出ます!」
緻密に、執拗に、群れとなって急所を狙うように敵艦を落とす《ヴァルチャー》と、ジャミングというデバフをばらまき、海賊たちの連携を阻害する《ジェリーフィッシュ》。それらがこじ開けた傷口を、《レヴィアタン》の口腔から放たれた3本の光の槍が、圧倒的な暴力で、全てを蹂躙するかのように焼き貫いていく。
「――よ~し、おわりっ! シリアスなのはここまででいいよね」
昼飯時に襲い掛かってきた、空気を読めない無粋な海賊たち。
彼らとの戦いの趨勢は、このようにして決したのだ。
それを見届けて、僕は、膝の上に広げた漆塗りの二段弁当箱に視線を戻していた。
「はい、レヴィアタン、冷却を確認したのちに格納。ヴェルテブラはプロトコル《リリー》を終了します」
「ったく、無粋な奴らだよ。僕たちのおひるごはん時に攻めてくるなんて」
「宙族たちに規則正しい生活を求めてはいけません。この時間は、きっと彼らは起き抜けで、朝飯前の仕事だったのでしょう」
「ん~、まぁ、貨物船に見えるヴェルテブラに、巡洋艦で殴りこんできたもんなぁ。寝ぼけてた可能性もあるよね」
ここにナインベルがいたなら、
『こんのバカップルがっ! ふつう貨物船は逆立ちしたって巡洋艦に勝てないし、ドローンはあんなに気持ち悪い連携しないんだからなっ!!』
と、ツッコミの一つもあったのかもしれないが。
「やっぱり、おむすびには昆布と梅干しだよね。ウケモチドメインの米、粒が立ってて美味いよ。炊き加減も最高だ」
「ふふ、ユーク様がそうおっしゃると思って、本日のお米はドメイン内の湧き水の硬度を極限まで調整いたしました。……それと、こちらナインベル様用のお重になります」
リリーが差し出してきたのは、僕の倍はある特大のお重だ。
そこには、ふっくら焼き上がった極上の和風だし巻き卵と、キュウリの浅漬け、海苔が巻かれた巨大なおにぎりがぎっしり詰まっている。
「ナインベル様の胃袋を完全に掌握し、私たちなしでは生きられないよう、徐々に外堀を埋める作戦の進捗は、現在87パーセントです」
「だから『生きられない』とか『外堀』とか物騒な言い方はやめなさいって……」
僕が苦笑いしながらほうじ茶をすすっていると、メインコンソールから通信が入った。
『おいユーク! リリー! 外の敵艦隊、もう完全に沈黙したぞ!? ていうか私、レッドハスラーで出撃する必要あったか!?』
モニターに映し出されたのは、真紅のパイロットスーツに身を包んだ凛々しいお姉さん――ナインベルだ。
額に薄っすらと汗を浮かべ、どこか不完全燃焼そうに眉をひそめている。
「必要あったか!?」も何も「巡洋艦!? すわっ、お家の一大事」といったテンションで、勝手に飛び出していったのは、ほかならぬ彼女自身だったのだが。
「ナインベル様、ご苦労様でした。それより、ユーク様特製の『焼き立てだし巻き卵とおむすび』が冷めてしまいますよ。早くハンガーコンテナから戻って召し上がってください」
『なっ……!? ゆ、ユークの出汁巻き……だと……!? くっ、私は五つ星傭兵だぞ、そんな食べ物で釣られる~~んっ、すぐ戻る! 3分でブリッジに行くからな!』
ブツッと通信が切れる。
声の裏返りようからして、彼女の空腹センサーはすでに降伏宣言を出しているようだった。
まぁ、彼女は生身の人間で、ガタイが立派で、僕の2倍は飯を食う健康的な女の子だが。
「あらにゃ~!? 巫女神様、新設した里海領域の調整が大変でおます~。最適化できるまで生産量を2割落としてよろしおすか~? このままやと、うち過労死してしまいますぅ〜!」
そして、コンソールの隅から、緋色の袴を着た小さなホログラム少女――サクラがぽこん、と飛び出し、幾何学模様の光を撒き散らしながら半泣きで走り回っている。
「サクラちゃん、お米はもちろん、海苔も昆布もおいしいよ。無理はしなくていいからね」
「主神様〜! お優しい〜!」
ドローンが、巡洋艦を失って烏合の衆となった残敵を勝手に一掃し、無敵の相棒と賑やかな仲間たちと、美味しいご飯を囲んでドタバタと笑い合っている。
そんなチート戦力と、最高の食事。
ブラック企業で身も心もすり減らしていた前世の記憶からすれば、今の僕の二度目の人生は、過剰なまでに快適で、満ち足りたスローライフだ。
――うん。実に素晴らしい日常だ。
リリーに食後のコーヒーをお願いして、僕は大いに満足する。
そんな僕の、にぎやかなスローライフ。
最強の仲間たちと最高の生活空間を手に入れるまでには……まあ、ちょっとした下積み時代のようなものがあったのだ。
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ダンジョンマスターも、よろしくお願いいたします。
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