第五話「フィッシュスネーク」
さて、小川に到着した私達がまず何をしたかと言うと、身だしなみを整えようという事になりました。
埃まみれというのも、さすがにちょっと気になりますし。
お風呂というわけにはいきませんが、顔や髪を洗ったり、体を拭くくらいなら出来そうです。
というので、ササッと顔や頭を洗って体を拭いてしまいました。
さすがにゆっくり気ままに、というわけにはいきませんので、言葉通りにササッと。
ああ、しかし…………お風呂に入ってサッパリしたいなぁ。今はまだ無理ですけれど、いずれはこう……。
川を覗きながらそんな事を考えていると、ふと川の上流から、大きな卵がどんぶらこ、どんぶらこ――というよりは若干ごろごろ転がっている様にも見えますが――と流れて来ました。
大きさはちょうど両腕で抱えられるくらいでしょうか?
ニワトリの卵と比べるととても大きいですね。あのサイズの卵で卵料理を作ったらどんなに腹が膨れるか……!
Q:見つけたらどうするか?
A:もちろんゲットします。
即決でした。
私は卵を確保しようと小川の中へ足を踏み入れます。
春先の小川はまだまだ冷たい。けれど、そんなことなど今は些細な事です。
卵、ああ、卵。あなたはどうして卵なの。
恋い焦がれるように私の頭の中は卵(料理)でいっぱいでした。
「さあ、カモン!」
などと手を広げ、卵を待ち構える私。
卵はゆっくりと小川を揺れ、私の元へとやってきます。
もう少し、あとちょっと……今です!
しっかりと両手で卵を掴むと、落とさないように気をつけながら持ち上げます。
思いのほかずっしりと重みがありますね。
ランとロイド、喜んでくれますかね? 想像してちょっと顔がにやけます。
――――なんて、そんな事を考えていたその刹那。
水面に映っていた私の姿が、突然ぐにゃりと歪みました。
「うん?」
何でしょう?
そも思って覗き込んでみると、私の顔が蛇に変化します。
「うわ!?」
否、一匹の蛇型の魔獣です!
魔獣はばしゃりと水飛沫を上げ、飛び出してきました!
驚いて後ずさる私をよそに、蛇型の魔獣はチロチロと舌を揺らしてこちらの様子を見ています。
この蛇型の魔獣、あれはサジェスの方でも何度か見たことがありました。
確か名前はフィッシュスネークと言い、水の中に生息する肉食の魔獣です。
主に魚やカエルなどの生き物を獲って食べているはずですが、大きく育った個体は人間を襲う事もあり、見つけたら退治せよと良く言われておりました。
…………うん?
もしかしなくとも、私、襲われています……よ、ね?
「うっわーーーー!?」
卵を抱えて一目散に私はその場を逃げ出します。
背後からはシュルシュルと地を這う音が!
ウッドウルフに襲われた時とはまた違う恐怖が音と共についてきます。
武器が! 武器は欲しい、切に!
ひいひい言いながら何とかランとロイドがいる場所まで辿り着くと、ロイドが一刀両断してくれました。
「お嬢って昔から魔獣ホイホイですよね」
助かった事に安堵しているとランにそんな事を言われました。
そんなばかな。
まぁそれはそれとして、卵だけではなくフィッシュスネークまでゲットできたのは重畳。
「フィッシュスネーク獲ったぞー!」
などとランが楽しげにフィッシュスネークを持ち上げています。
あれ私もやりたい。
そんな事を考えながら、私はコートを脱いで卵にかぶせていました。
せっかく見つけた卵ですからね、割れないように大事に持って帰らなくては。
「しかし卵が川を流れてくるとは、不思議な事もあったもんですなぁ」
「ええ、本当に。この大きさですよ卵焼きにしたらどんな量が出来るか楽しみですね」
「はいはーい! ランちゃんは甘いの好きです!」
「さりげなく主張して来ましたね、ラン。私も好きです」
「老師、聞きましたか! 両想いですよ!」
「わしも卵焼きは甘いのが好きじゃから三つ巴じゃぞ」
「オウ、ドロヌマ!」
さて、私達の茶番もひと段落したところで。
このロイドが倒したフィッシュスネークですが、見てくれはちょっとグロいですけれど食べられます。
味自体は淡泊なのですが、焼くと身がホクホクと柔らかくて、塩や甘めのタレをつけて食べると大変美味しいんです。
もっとも調味料の類がないので味をつけるというわけにはいかないんですけれど。
「お嬢を美味しく頂く側だったはずのフィッシュスネークが、今や美味しく頂かれる側とは、自然とはかくも厳しいものです」
美味しく頂かれるつもりはないので断固抗議したい。
ランに異議を申し立てようとした所、腹の虫に先を越されました。
「お嬢のお腹の虫は正直ですね!」
「ランもいつも正直ですね!」
笑って言うランにやけっぱちで返すと、ロイドが噴き出しました。
そんなに笑う事はないのでは。
何だか耳が熱くなってきましたが、軽く睨んで誤魔化します。
「卵もそうですが、まずはフィッシュスネークを何とかしなければなりませんなぁ」
「そうですね、魚は鮮度が命と言いますし……かと言って、火を通さないと食べられないわけですが」
「火を使うとランちゃん達の居場所が分かってしまいますもんね」
そう、そこなんですよね。
火を使うと煙が出ます。その煙でヴィオ王国の兵士に私達の居場所がばれてしまいかねないんですよね。
向こうは誰がいるかまでは分からないでしょうけれど、こんな国境近くの森にいる人間なんて碌なもんじゃないでしょう。
私達です。
「とは言え、生では食べられないのも事実。ではここでアンケートを取ります」
「はいお嬢、アンケート用紙がありません!」
「想像してみてください、ランの目の前にはアンケート用紙があります」
「お嬢はアンケート用紙だったのですか……!」
ランが目を見開いておりますが、軽く流しておきます。
「これから私が質問をしますので、該当するものに手を挙げて下さい」
「ランちゃんはスルーされてもめげませんよ!」
「はいはい、それではフィッシュスネークを今食べたい人」
ランの言葉を再度まるっとスルーして私は尋ねました。
私を含めて三人分の手が挙がりました。満場一致ですね。
もしも追手が来たらその時はその時です。潔く逃げましょう。
そんなこんなでアンケートの結果、私達は今から火を起こしフィッシュスネークを食べる事になりました。