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転/第百十八話:(タイトル未定)

「あのう……」

 じつに楽しそうな、あるいは嬉しそうな自問自答。ただ、それを見上げた姿勢のままでいると、そろそろ首が辛くなってくるわけで。

 いまは自宅で寝ているであろうレンくんがこの場にいたらば、ドクさんが楽しくなっちゃうまえにどうにかなっていたかな、と思いつつ。「首が痛くなってきました」と、それとなく伝えようとして、うっかり直球で伝えてしまう。

「おお、それもそうだ」

 ドクさんは、とくに気分を悪くしたふうはなく。当然というふうに、こちらの言葉を受け取ってくれた。

「では、地に足をつけて話そうか」

 言って、頭を引っ込めると、ドンガラガッシャンと夜更けにはやかましい物音が“工房/工場”の内部に響く。

 そして、一拍の間を置いてから、今度はちゃんと地に足をつけてドクさんが姿を現す。

「物陰ではなんだ。こちらで話そう」

 なにもなかったがごとく。紳士然としつつも気さくさあるお辞儀をして、灯りのほうへ招いてくれる。

「ちょうど、渡そうと思っていたモノの調整をしていてね」

「渡そうと――って、オレにですか?」

「そうだ。あと少しで調整が終わる。んー、そこに、かけてくれたまえ。――あと、アイス・ティーか」

 ドクさんはイスを引いてすすめてくれてから、とっ散らかった作業台の上に“レンチのようなモノ”を置く。

「うん? ああ、“これ”か。我が発明の価値を理解した賢明なる盗人かと思ったものでね。まあ、実際には、刀くんだったわけだがな」

 なんぞ、とガッツリ見していたからだろう。手品の種明かしをするように教えてくれた。

 喋りながら、作業台の上に下、壁際の棚を探すように見やり。けれども、“目当てのモノ”が見つからなかったのか、「うむ。これは、発想の転換が必要なようだ」と口にしてたと思ったら、おもむろに作業台の上に無造作に置かれてあったビーカーを手に取った。

「トイ――あ、いや、いいのか。そう、トイレに行く途中で灯りが見えて、消し忘れだったら危ないかなと思いまして」

 渡したいモノの調整があと少しで終わるから、アイス・ティーでも飲んで待っていてくれまいか、ということなんだろうけれども。なぜに、「あと、アイス・ティーか」と言ったあとに、どう見ても“科学/化学”の実験とかで使うビーカーを手に持っているのだろう。騒音の関係で氷の用意が困難だから、モノの調整に作業を移行したのだろうか。

「そうだったのか。これは近々、発電機と電球も開発すべきかな」

 楽しそうに笑みを浮かべて言い、ドクさんはビーカーを手にしたまま壁のほうへ移動する。衣服が収納されてありそうな大きい戸棚を開き、なにやらゴソゴソとおこなう。背を向けているので、なにをしているのか詳しくはわからない。

 ただ、大きい戸棚が、その見てくれとは違って、衣服を収納するものではないのはわかった。ドクさんの背中越しに、戸棚の内部によくわからないパイプがみっちり張り巡らされているのが見えたのだ。

「おお、やはり、備えあればなんとやら、素晴らしき我が知識と応用力!」

 と言いながら、ドクさんは満足そうな表情で戻り、

「待たせたね。さあ、どうぞ」

 手にあったビーカーを、こちらに差し出してくれる。まるで客人にお茶を出すがごとく。

「どう……も? ありがとうございます」

 一口というより唇を湿らせる程度の液体に、あとは茶色の――

「アイスキャンデーを作ろうと試行錯誤していてね。お茶も凍らせてあったんだよ」

「あ、これ、凍らせたお茶だったんですね」

 旅の道中、しばしば、煮沸をすれば飲めるけども、あまり透明度の高くない水を口にすることがあった。だから、“これ”も“そういうの”かとかんじたがのだが、どうやら違ったようだ。

「マーティーの評価はイマイチだったようだがね」

 どうやら、マーティーことレンくんは果汁を凍らせたモノがお好みのようで。この“お茶”以外は、いつの間にか在庫切れしていたらしい。

「そうなんですか」

 どんなモノだろうかと想像しつつ、口をつける。この際、せっかく出していただいたこともあるし、容器が理科の実験めいていることは努めて気にしないことに決めた。

 とはいえ、飲めるほど液体部分がないので、凍ったお茶の一欠片をボリボリかじり飲む。

「どうかね」

 不意に感想を求められてしまった。

 正直、氷の歯ごたえ以外は、ただのすごく冷えたお茶でしかないわけで。なんと言ったものか、困るわ。

「ええっと……暑い日とかにはよいかなぁ、と」

「うむ、そうか」

 ドクさんは顎に手を添え、思案顔でうつむき、黙ってしまう。

 自分の“感想/言葉”が、どう受け取られたのか気になるリアクションをされてしまった。なんだろう、“失礼/無礼/不適切”だっただろうか。

 いかん、沈黙の間もあって、思考がよろしくないほうに向いてしまう。

 頭を切り替えねば。

「あの、それで……オレに渡したいモノというのは」

「うん? ああ! そうだったな。これは失敬」

 ドクさんは「少し待っていてくれたまえ」と言いつつ、いそいそと扉の向こうに姿を消す。あそこは……壱さんたちと焼き菓子とお茶を楽しんだり、”とある家族の白黒写真”を拝見した部屋だったか。確か、さらに奥に、ドクさんの私室がある――んだっけ。

 ――しばしの静かな間を置いて。

「いや、待たせてしまった。あと“ひとつ”だと思っていたら、木箱の影に未調整のやつが“ふたつ”も残っていたものでな。調整を終わらせるのに少しかかってしまったよ」

 大きめの木箱を抱えて戻ったドクさんは、

「よっこいしょ」

 と、“それ”を作業台の上に置き、

「キミのこれからに――」

 木箱のフタを開け、

「――役立つのではと思ってね。“これ”が」

 中から“ひとつ”を手に取って見せ、言った。

「……“缶”?」

 ぱっと見たかんじは、細身で小ぶりな“缶コーヒー”のそれだった。メーカーやブランドの個性を演出するデザインが施されていないので、自販機とかでのカラフルさはないが。

「いや、違う。内部に“必要なモノ”を入れるという意味で、役割は似ているがね。“これ”は、紙で作ってある」

 ドクさんが“これ”をツメで弾くと、軽さある打音がひとつ鳴った。

「“缶”じゃないとすると、もう“穴の塞がったトイレットペーパーの芯”にしか見えないのですが」

「うむ、正解ではないが、間違ってもいない。中身がなければ、だいたい似たような“モノ/価値”だろう」

 確かに。お便所において、“ペーパー・ロスト/おケツをぬぐう紙ぎゃ!”という絶望的な最終局面に陥ったとき、“ワンチャンあるいは”という希望の光がごとき輝きをもって意識と視線をくぎづけにする“トイレットペーパーの芯”と、サイズ的にも展開したときの希望の面積的にも似たようなかんじだ。

「じゃあ、中身があると?」

 どう違うのだろう。絶望の中にあっても慈愛を忘れず痔にも優しい携帯ウォシュレット的なモノになるのかしら。

「百聞は一見にしかず、だ。刀くん」

 ドクさんは、すごく楽し嬉しそうに“狂気のマッド・サイエンティスト”がごとき意味深さある笑みを浮かべる。

「――と、そのまえに」

 注意を促すように人差し指を立てて言い、作業台の下から“やたらと煤けたガラスっぽい板”を取り出す。

「安全第一、にこにこエキサイティングな実験がもっとうなのでね」

 重要であるらしい“もっとう”を教えてくれながら、手渡してきなさった。

「……どうも」

 正直、ちょっと――いや、だいぶ反応に困る。

 本当に、ただ煤けているだけのガラスの板なのだ。ご丁寧に隅々満遍なく煤けているので、受け取った時点で指先から掌から黒く汚れた。キレイなのはガラス板の表面にクッキリ浮かぶ我が指紋と手相くらい。

「これは、どうしたら?」

 まさか、件のモノは、ウェットティッシュ的なモノなのだろうか。

「こう、顔の前に構えてくれたまえ。できるだけ顔に近く」

 言われた通りに、構える。対面は黒の中に薄っすらと透けて見えるけれども、なんだろう……この、雑な作りのおもちゃのサングラス越しに見ているかんじは。

「よろしい」

 ドクさんは指差し確認をして、ひとつうなずき、

「では――」

 手にある“穴の塞がったトイレットペーパーの芯”の、その上面に埋もれるようにあった紐を勢いよく引っ張り、

「刮目して見よ!」

 ポイッ、と背後に軽く放り投げた。

 身の詰まった感のある柔らかな音を発して床に転がり――

 光が爆ぜた。

 思わず目を閉じ、顔を背ける。

 手持ち花火に火をつけたときのような音が聞こえてきたかと思ったら、なんなんだ。

 音はすぐに聞こえなくなり、その代わりというように“なにか燃焼したあとの臭い”が我が鼻の穴に侵入してきた。なぜだか花火とかのそれと違って、鼻にした気分はあまりよろしくない。

「どうかねっ、刀くん」

 溌剌とした音声が聞こえてきた。

 そのことから、もう大丈夫だろうと判断し、それでも恐る恐る目を開く。

 無邪気で小憎たらしさあるしたり顔が、なにか期待するような眼差しをもってそこにあった。どうやら、ドクさんは、いま自身の背後で“起こったこと/起こしたこと”への感想が欲しいらしい。

 いろいろと頭の中を駆け巡る“モノ/考え/意/”はあるが、とりあえず――

「刮目して見たらダメですね」

 ついでに指摘させていただくと、安全のためにと渡された“煤けたガラスの板”には遮光能力がほぼなかったし。

「そうか、やはりな。うむ、投資を節約したのは失敗だったか。これは、申し訳なかった」

 ドクさんは深刻さある表情で考え込むように、うつむく。

「いや、まあ、過ぎたことなんでいいですけどね」

 ……うん? いま、“やはりな”って。

 いや、それはもういいか。

 それよりもっ!

「でも、ビックリしましたよ。フラッシュグレネードなんて。ゲームとかでは知っていますけど、実際に見た――というか、くらったのは初めてです」

「うん? 現象としてなら、学校の授業で――理科なり化学の実験で見たことはないか」

「いやあ……、どうでしょう。あるような、ないような?」

 学業に関しては静かに慎ましく受けていたけれども、しばしば深夜アニメや新作ゲームの攻略やらの因果応報的なアレで意識がふわっとしていたから、すぐに思い出せない。

「そうか。ふむ、最近は、クレームを気にして、危険を伴う学習は避けたりするとも聞くが。ふむ、そうか」

 いまさっきとは異なる“真/芯”ある深刻そうな表情でドクさんは、なにか思い耽るように口元に握った拳を添え、うつむく。

 なんだろう、想定と違う受け取られかたをしてしまった気がする。

 ……うん。

 よし――

「ところで、どうして“こんなモノ”を?」

 知的好奇心の探求者の憂いはそっとしておくことにして、話を進めることにする。

「うん? ああ、それはだね。そうだな、順を追って話すとだね、まず道具の修理を請け負ってから親しくなった畜産農家の友人からの頼みで土壌改良の肥料を――」

 どうしてフラッシュグレネードなんてモノをくれるのか、とお訊ねしたつもりだったのだが。どうやら、ドクさんは、どうしてフラッシュグレネードなんてモノを作ることになったのか、と経緯を訊かれたと受け取ってしまったようだ。上機嫌に語り始めちゃっているので、訂正する隙がない。

 おおう……。

 あまり長くならないことを祈ろう。

「――そのようにだね、知恵と工夫と混ぜるな危険と注意がある物質を適切な分量、意図的に混ぜると、できあがるのだよ」

 歯ごたえある冷たいお茶が、ただのよく冷えたお茶に半分ほど変わった頃、やっとのことで少し早口な語りが終わった。

 足早だけど寄り道が多くて、終点までの道のりが長く感じられたのだわ……。

 ただ、寄り道をしなければ、終点までの道のりはけっこう見通しよく近い。

 畜産農家の友人に頼まれて土壌改良のために肥料を作り、そうしたらついでにと害獣対策の相談をされて、けれども信仰の関係で“食べるため”以外で殺生は避けたいとの話から、殺傷能力のない害獣対策の道具を作ることになった。そんな諸々の要望と、調達できる物資を考慮した結果、肥料の中の化学物質などをもちいて“手投げ音響閃光発生装置”を制作したのだという。

 ただ、オレにくれるというモノは、音響に関わる化学反応を起こす物質を取り除いているとのことで。さきほどのように、かすかな燃焼の音と、光が強烈に爆ぜるだけにしてあるらしい。

 制作秘話というか経緯は、よくわかった。

 ――ので、それをふまえたうえで、改めてきちんと言葉を選んでお訊ねする。

 なぜに、わざわざ調整してまで“手投げ閃光発生装置”をくれるのでしょうかと。

 ちなみに、経緯を語る過程で、フラッシュグレネードではなく“手投げ閃光発生装置”と呼んでほしいとお願いされた。どうやら、この呼び方には、ドクさんの譲れぬこだわりがあるようだ。

「若者の“勇敢さ/無謀さ/行動力”を見ると、怖いのさ」

 ドクさんは壁際に置いてあった“ほうき”と“ちりとり”を手に取り、言った。そして、そのまま、こちらを見やることなく歩を進めると、

「だが、ひとつ大事なことを教えてもらった」

 さきほど光を爆ぜた“手投げ閃光発生装置”の――燃えカスというか爆ぜカスというか残りを、“ほうき”でサッサッと掃き集め、

「だから、そうだな」

 三回に分けて“集めた残り”を“ちりとり”に収め、それを“ほうき”やらが置いてあったところにある金属製の長方形の箱にサラリと捨て、

「お詫びと感謝の気持ちだと思って受け取ってほしい――」

 トントンと“ちりとり”の底を“ほうき”で軽く叩き、

「――のだが、ダメかな?」

 掃除道具を元あった場所に戻しつつ、気さくさある口調でうかがってくる。

 ちょっとでも掃除というおこないをしたからだろうか、こちらへ向けられた眼差しにもどこか憑き物が落ちたような小ざっぱりしたふうがあった。

「ダメというか……」

 正直、悩ましい。“いつもの生活/元の世界”の中でなら、すごく“興味/好奇心”は懐くだろうけれども、お気持ちだけで終わりにしていたと思う。ドクさんにお詫びも感謝もされる憶えがないし、なにより殺傷能力がないとはいえ取り扱いに危険がともなうであろう“手投げ閃光発生装置”は気軽に“受け取れない/受け取らない”。でも、いまオレのおかれた状況は、“いつも/いままで”とは違うわけで。だから――

「やはり、痛むのかな」

「へ? あ、いえ」

 無意識に、“傷も痛みもなくなった己が肩”を反対側の手で触っていた。

「なんというか、考え事をするときに癖みたいなものです。肩に手をやるの。ははは」

 肉体的な痛みも傷もなくなったけれども、まだ“ここ”にある“思うところ”が代わりに疼いていたのかもしれない。


「受け取ってしまった」

 おまけにと頂戴した“特製のウエストバック”を手に部屋へ戻り、早々に自分の判断がよかったのかどうか惑う。

「ふぇふふっ、朝食はぁ~、厚切りお肉の丼ですかぁ~」

 薄暗い室内に、じゅるりじゅるりと無駄にジューシーさある陽気なお声が通った。

「朝から胃袋ハイテンションですね、壱さん」

 いま夢の中で“これ”だと、現実の朝食も重量級になりそうだ。

「付け合せはぁっ! 付け合せはぁっ! 付け合せえっへへへ、どぅふぇふぇふぇ」

 ベッドの上でドデンッと丁の字になり、ものすっごく楽しんでいるふうなその寝顔を見や――そのベチャベチャな口元を布で拭い、“毛皮っぽさある毛布”を掛け直し、改めてその寝顔を見やる。

「…………っ」

 自らの手にある“モノ”を意識しつつ、改めて“意”を決する。

 壱さんは、いまの寝顔みたいな、ゆるっとしたかんじが最強に魅力的であると。

 ――だから。

 もう少しうまく、せめて邪魔にならないように、余計な気を使わせてしまわぬように行動しなければ。

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