表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/120

転/第百十七話:(タイトル未定)

 股間のあたりに、生温かさある湿り気がジョワリと広が――

「ふはあっ!」

 飛び起きるよりも先に、己が股間へ手を伸ばし、

「…………っ」

 沽券に関わる大事の有無をしかっりと確認すること、しばし。

「……よかった。夢か。ふぅ」

 馴染みのない天井を眺めつつ、安堵をひと息、吹く。

 泊まらせてもらっておいて、“おねしょ”なんぞしちゃっていたらとヒヤヒヤしたわ。

 そう、夜も更けている今現在だが、じつはまだ“ドクさんのところ”にいたりする。

 食事のあと、ドクさんが「驚愕の回復をしたとて、病み上がりだ。今日は、このまま泊まっていくといい。無論、皆もな。三星ホテルのスイートルームのような“もてなし”とはいかないが、食後の“アイス・ティー”と“かき氷”をごちそうさせていただこう」と申し出てくれたのだ。

 お気遣いにお礼を述べつつ、もう心身に問題は一切ないので、壱さんにどうするかをひっそりとうかがおうとしたらば、「ありがとうございます。大事を取って、お言葉に甘えさせていただこうと思います。――それで、その“かきごおり”とは?」とお話を先へ進めていらっしゃった。大事じゃなくて、食事を取ったようにかんぜられるが……。

 ――そんなわけで。

 現在位置は、宿屋ではなく、“ドクさんのところ”なのだ。

 ちなみに壱さんは、“かき氷”を“感動/感激”しながら楽しみ味わったあと、すぐにうつらうつらと船を漕ぎ始め――いまも安らかに夢の世界で船旅をしている。

 ……あれ、そういえば、いまなぜに間近で寝顔を確認できる状況にあるんだろう。

 船旅に出た壱さんをベッドまで運んで、そこで不意に抱きまくら代わりにされそうになって…………どうなった? こうなった? ……いや、まあ、いいか。思い出そうとしても、なにがどうしてなんでだか、脳ミソへの血流を止められるような圧迫感ある息苦しさが首にまとわりつくだけだし。

「――っ!」

 漏らしちゃった夢のせいか、壱さんが夢の大海で船を漕いでいるのを――大量の水を想像したからか、夢の幻であったはずの尿意がブルッとこみ上げてきた。

「トイレ、トイレっと」

 寝ている壱さんを起こさぬよう部屋を出て、お便所へ向かう。室内は、天井近くに設置された小窓から射し込む星明かりで淡く照らされており、歩くぶんには――少なくともお便所に行くぶんにはとくに困らないので、“ランプっぽいモノ”は持っていかない。

 途中、“工房/工場”のほうに人工的な灯りが見えたが、それはひとまず置いておいて急を要する用事を済ます。

「ふぅ……」

 残らず出してスッキリし、手も洗ってサッパリして、心身ともに解放感ある余裕ができたところで、気になった人工的な灯りのほうへ歩を向ける。

 馴染みある“灯り/LEDライト/電球/電灯”なら電気代がもったいないとかで終わるけれども、“こっちの灯り/ランプっぽいモノ”は油と火を使用しているらいしので、もし消し忘れとかだったら、火事とか怖い。

「うん?」

 近づくと、灯りのほうから物音が聞こえてきた。

 いろいろ騒がしいことがあったあとなので、よくないほうの“まさか”を想像してしまう。非友好的な人物と火事、不意に遭遇してしまったとき、どっちのほうがマシに思えるだろう。どっちのほうが怖くないだろう。

 息をひそめ、忍び足でさらに接近し、“蒸気機関車を思わせる製氷機”の影から様子をうかが――

 硬いモノが、金属同士が軽くあたったときの“ささやかな打音”が轟いた。

 普段なら気にしない、そんな程度の音だろうに、現状にあっては心臓に突き刺さってくる。聞こえてきた場所が自分の足元だと、なおのこと。

 灯りのほうにあった物音がピタリと止んだ。

 思わず、ツバをのむ。それがいちいち大きい音と動作に感じられてしまって、よくわからない焦りを覚える。

「なんだ、刀くんじゃないか」

「はいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」

 頭上、けっこうな近距離からの音声に驚き、条件反射的な返事と一緒に肺の中の空気が一気に圧し出された。

「おお、いい返事だ」

 声を耳にしてから一拍、置いて。少し落ち着けば、すぐに“その声の主”が“誰”であるのか知れた。

「ど、どうも。ドクさん」

 こわばった首の筋肉などなどを慎重にほぐすがごとく、鈍い動作で顔を上に向ける。

「うむ。それで、刀くん、こんな夜更けにどうしたのかな。もしやっ、アイス・ティーが飲みたくなったのかな? そういうことなら、作りたての氷で――あ、いや、時間も時間だから装置を起動すると、いかに施した防音対策が万全とはいえ“騒音/稼働音”がいけないか。保温器に、まだ残っていただろうか。うん、いや、あれは試作だからとけている可能性が――」

 淡い光に照らされてドクさんは、“そうであること”を期待しているような嬉々とした表情で円滑に口を動かす。

 いかに静かにアイス・ティーをいれるかについて、いつ終止符が打たれるのか予想できない自問自答が始まってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ