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転/第百十話:(タイトル未定)

 壱さんご所望の“でっかいお肉”は、宿屋のヒトに“食べることができる場所”を訊ねたら教えてくれた。じつにあっさりと円滑に。「“これぐらい”の“でっかさ”がよいですっ!」という、壱さんの身振り手振りによる細かくも大雑把な指定もくんだうえで。

「おおおおう……」

 おかげさまで今現在、件の“でっかいお肉”と向き合っていた。朝からガツンとパンチ力があり過ぎて、もう既にノックアウトされそうである。

 最初、運ばれてくる“それ”を見たとき、お肉を焼くための“岩石”的なモノかと思ってしまったくらいだ。胃腸を刺激する確かな香ばしさで、違うと認識できたけれども。

 それにしても、“これ”……ちゃんと中まで火は通っているのだろうか? あまり頑強とは言えない胃腸の持ち主としては、わりと真面目に気になるところだ。

 左手の“お箸っぽモノ”で“お肉”を押さえ、右手の“ナイフっぽいモノ”で切ってみる。表面はカリッとした硬さがあったが、それを過ぎると刃はするりと抜き通った。

 切り口からは肉汁がじゅわりと滴り、美味しい蒸気が香り立つ。

 美味しい魅力に刺激されて溢れてきた唾液を嚥下しつつ、お肉の断面を見やる。ジューシーさを損なわない絶妙な加減で、火は確かに通ってあった。

 とりあえず生焼けじゃあないようで、これは一安心。

 それにしても、本当に“でっかい”なぁ。岩石がごとき“塊”から切り離してやっと、“それ”はよく知る――それでも、“かなりぶ厚いステーキ肉”の形状なのである。“これ”があと十数回は最低でも拝めると思うと、いろいろな意で胸が一杯だわ……。

 ちなみに“でっかいお肉”を注文したのは壱さんとオレだけで、ツミさんとバツは異なるメニューである。煮たり茹でたりした豆や野菜、ほどよい量と大きさのお肉と、量より質を重視しているようだ。

 あと、これは皆、同じだが、今回のお食事処には“ごはん/お米”がないようで。茹でた甘めのおイモを潰したマッシュポテト的なモノを、“ごはん/お米”の代わりに食している。ただ正直、個人的には、“ごはん/お米”が恋しいところ。

 なんて、オレの意は置いておくとして。

 この“でっかいお肉”を所望した張本人のほうはというと――

「え、ウソでしょう……」

 そこには、想定外の光景が転がってあった。

 お肉が一切、減っていなかったのだ。驚くべきことに。

 壱さんともあろうお方が、運ばれてきた食事に喰らいつかないなんて。いったい、なにがあったのだろう。

 いろいろな意で恐る恐る、現状をうかがうために意を向ける。

「――っ!」

 そこには驚きと戸惑いを懐かざるおえない、なんとも摩訶不思議なお姿が、静かに座っていらした。

 ぽかんと口を開けたまま、じっとして動かないのである。

 すぐそこで、所望したお肉が垂涎の香ばしさを振り撒いてあるというのに。

「どうしたんですか、壱さん。もしかして顎、外れちゃったんですかっ?」

 冗談じゃなく、わりと本気の心配から出た言葉だ。

 けれども、それを耳にして壱さんは、すぅと静かにお口を閉じ、そのまま流れる所作でほっぺをぷくっと膨らませた。眉根もむむぅと寄って、まるで不満を訴えるお顔である。

「あ、違うんですね。よかった」

 どうやら顎が外れちゃったわけじゃあないようなので、ひとまず胸をなでおろす。

「でも、それならなぜに? 匂いでわかっているとは思いますけど、“でっかお肉”ならもう運ばれてきてありますよ?」

「……もうっ」

 壱さんはぷくっとほっぺに溜め込んでいた空気を放出すると、

「忘れちゃったのですか? 刀さん」

 言って、“あ~ん”と開いたお口を指で示す。

「え……」

 いまにも唾液がだばばぁと垂れちゃいそうな“そこ”を凝視してやっと、

「……あ」

 歯車がパチリと噛み合ったがごとく、我が脳ミソは“その記憶”をローディングした。

「すみません。“圧倒的お肉”に、ガッツリと気を取られておりました」

「おおっ、それほどなのですか」

 我が言葉を耳にして壱さんは、けれども責めることは脇に放って、

「お皿が置かれるときの音から、なかなかのズッシリ感だとは思っておりましたが。むふふっ、これは胃腸がわくわくしますねっ」

 食欲に由来する喜色を満面に浮かべ、溢れんとする唾液をじゅるるりとすすり、

「ふへっ」

 と最後、笑いをこぼした。

 なんとも福が訪れそうなかんじでご開帳したお口に、

「はい、あ~ん」

 いままでの遅れを取り戻さんと、先ほど切ってあったお肉を突っ込んだ。もちろんのことだが、お肉が一切れのままではさすがに運び難いので、“お箸っぽいモノ”を持った我が片手でどうにか運搬可能な“握りこぶしほどの大きさ”にしてある。

「おごっ!」

 壱さんはほっぺをパンパンにして「もごもご」と「むぐむぐ」と「うまうま」と咀嚼し、

「表面や脂身はカリッと香ばしく、それでいて中身は肉汁で潤ってとろける柔らかさ」

 楽しそうにはしゃぐお子様のような表情をして、

「ふへへへっ」

 まず一口、味わった感想を教えてくれた。

「刀さんもどうぞ。とっても美味しいですから」

 壱さんはテーブルの上をささっと探り、“お箸っぽいモノ”と“ナイフっぽいモノ”を手に取った。手の縁はテーブルに付けたまま“お箸っぽいモノ”で優しく横薙ぎをし、その先っちょがお肉に触れると、軽やかな動作で形状を確かめる。そうして狙いが定まったのか、“お箸っぽいモノ”でお肉を押さえつけ、“ナイフっぽいモノ”で自分の分のお肉を切り――さらに、迷いない所作で“ナイフっぽいモノ”を使用し、サイコロがごとき一口サイズのお肉へと加工を施した。仕事を終えた“ナイフっぽいモノ”を置きつつ、“お箸っぽいモノ”で“それ”をつまみ上げ、

「はい、あ~ん」

 空いた片手を添えて、こちらのほうへ差し出してきてくれる。

「え、いいんですか?」

「いらないのですか?」

「まさか、喜んでいただきますっ」

 ちょいと身を乗り出し、差し出されてあったお肉を口でお迎えしに行く。

「どうですか、刀さん」

 美味しさを口に迎え入れた瞬間、壱さんが言うてきた。どこかウキウキしている。

「ほうですね……」

 早く返答しようとは努めて思いつつも、じっくりと味わってから、

「これは――」

 と、食した感想を口にする。

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