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転/第百九話:(タイトル未定)

 不意に、右の頬に圧を感じて、

「ありがとうございますっ」

 なんでか反射的に口から出てきたのは、それであった。

「え、あらっ、どういたしまして?」

 上方から降ってきたそんな戸惑い混じりな音声に、まぶたを持ち上げ、意を向ける。そこには、我が頬に触れてある“生なお御足”からの“しなやかなふくらはぎ”からの“ナイスなムチッとムニッと具合なふともも”越しに、寝起きでぽやんとしたふうでありつつも困ったふうでもある眉尻の下がったお顔があった。その口元には、笑いを堪えているふうな微笑がほわっと添えられてある。

「これはまた奔放な寝相をしていますね、刀さん。おはようございます」

「はっはっはっ、はぁ……」

 窓のほうからは、朝の日光とそれ由来の暖かさがかんぜられた。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。うーん、どうにも、睡眠を取ったあとの満足感というか爽快感はなく。まぶたをちょいと下ろしていたくらいの“感覚/気分”しかない。

「おはようございます、壱さん」

 頬に触れてある“生なお御足”を片方の手でよいせっと押し返しつつ、上体を起こす。

 壱さんはベッドの縁に腰掛け直し、着物がはだけてあらわになっちゃっているうちももで己がお手々を挟み込むようにしてから、

「あまり眠れませんでしたか?」

 気遣わしげに小首を傾げて、けれど口調は気さくなふうに訪ねてくれた。

「え、なぜに」

「なぜ、でしょうね。うーん、お声から、なんとなく“そう”感じたのですよ」

 自分じゃあわからないけれども、疲れ的なモノが声に混じっちゃっていたのだろうか。

「じつは、おっしゃるとおり――というか、眠りはしたと思うんですけどね。なんでか、こう、どうにも、いまいち、スッキリしないんですよ。はははっふぁ~、っと失礼」

「考えごとをしながら横になって、そのままうっかり眠ってしまうと、そうなったりすると言いますよね。あっ、あれですか。刀さん、眠るまえに、なにか“すけべえ”な事柄にでも頭を使っていたのですかっ? 私の寝姿をまえにして“すけべえ”なことをっ」

「それならむしろスッキリして朝を迎えられていますよ――って、違いますよ。まあ、考えごとをしていたのは否定しませんけど」

「ほほう、それはいったいどのような?」

「それは……」

 逃した視線の先に、都合よく“それ”を発見した。

「あっ! そうだ。壱さんに言伝を預かっていたんだ」

「あら、私にですか? いったい、どなたからでしょう?」

「あ、ええっと、シノさんからです」

 その名を口にした転瞬、肌に感じる空気がピリッと変わった。

「……シノはなんと」

「え、あ、明日――じゃなくて、もう今日ですね。“今日、うかがいます”、と」

「そうですか。わかりました……」

 壱さんはうなずくというよりうつむくかんじで言い、

「ところでっ、刀さん」

 バッと勢いよく顔を上げて、

「シノが“ここ”を訪ねてきたのですか? 私が寝ている間に」

 と、確かめる言葉を投げてきなさった。その表情は、なにかを期待しているふうである。

「いえ、違います」

「あら、そうなのですか」

 どこか残念そうな表情を浮かべる、壱さん。

 現状の関係がどうであれ、知り合いとは会ってお話ししたかったのだろうか。やっぱり。

「賭けというか約束をですね、したのですよ、むかし。私に気づかれることなく、“寝ている私”に近づくことができたら――というね。ふと、なんとなく、“それ”を思い出しまして。ははは……」

 うつむき――かけたお顔をぐわんっと上げて壱さんは、

「それはそうとっ、刀さんっ」

 素朴さのある疑問顔を浮かべ、

「“ここ”へ訪ねてきていないのでしたら、どうして言伝を?」

 可愛らしく小首を傾げながら、至極ごもっともなことを訊いてきなさった。

「えっと……、ちょっと散歩をし外へ出たとき、うっかりシノさんに会いまして」

「そのときに言伝を預かった、と?」

「そうです」

「私が寝ている間に外出して、他の女性と会っていたと認めるわけですか。なるほど、なるほど、そーですか。ふーん、そーですか」

「はい。……うん?」

 いや、まあ、間違ってはいないけれども、どこか根本的に違っている気がしてならない。

「でも、べつに、シノさんとふたりきりだったわけじゃあないですよ」

 いちおう、事実のひとつとして、“そのこと”を付け加えておこう。なんでか、言ってて自分でも、なにか言い訳をしているふうに聞こえてしまうけれども。

「ほら、キチさんからもお願いしま――」

 事実の証言者たりうるお方に助力を求めるも、

「――あれ?」

 そのお姿が、ベッドの上に発見できず。

 まさかね、と思いつつ、ツミさんとバツが寝ているベッドのほうを確認してみる。うん、いない。念のためにベッドの下や壁との隙間、室内を探してみたが、やはりお姿がない。

「もしかして、キチさんと一緒だったのですか?」

 壱さんは意外というような表情を浮かべ、言うてきた。

「シノさんと会って言伝を預かったときも、一緒でした」

 いまは、行方が知れないけれども。

「ふぉーう! ふふっ、そうですか。仲がよろしいようで、なによりです」

 てっきり“トゲのある言葉”でも投げつけられると思うていたが、壱さんにそんなふうはなく。“なにか”を心の底から嬉しく思っているヒトの表情が、そこにはあった。

 なぜに、こうも嬉しそうなのだろう?

「キチさんは、“ヒト”となれ合うのを避けるきらいがあるので」

 意を口からポロリしていたらしく。壱さんのほうから、表情の理由を教えてくださった。

「そう……なんですか?」

 むしろ、あそこまであけっぴろげなお方は、そうそういらっしゃらないと思いますけど。

「ええ、そうなのですよ。知り合ってしまえば、とても楽しいお方なのですけれどね」

「楽しいのは、確かにそうかもしれませんね」

 一緒にゲームとかで遊んだら、たぶん騒々しくも楽しいだろうなぁとは思う。

「ですから、刀さんと仲がよろしいようなので――なんと言うのでしょうね、親心とは違いますね、んー、友心と申しましょうか、そういう部類の“嬉しさ”を懐いたのですよ」

「なるほど」

「な・の・で」

 一音、一音、強調するように言うてから壱さんは、

「いまの私は、とてもとても気分がよろしいわけです。私に黙って外出した刀さんを、キチさんに免じて不問としてさしあげるくらいにねっ」

 と、柔らかな微笑みあるエヘン顔を、こちらのほうへ向けてきなさった。

「おおう、なんとっ! 寛大なる処置に涙ちょちょぎれそうです」

 喜びの意を、ちょいとオーバー気味に表してみた。

「ふふふ」

 壱さんは努めてお上品に笑ってから、

「さって」

 柏手をパチンとひとつ打ち、

「よろしい気分のまま、起き抜けの軽食を味わうとしましょうかっ」

 じゅるりと唾液をすすりつつ、

「“揚げイモ”の残りを取っていただけますか、刀さん?」

 食欲以外は純真無垢な顔をして、言うてきなさった。

「え? ――あっ」

 もっとも忘れてわならぬことを、忘れていた。

「うん? 刀さん?」

 こちらの反応に、壱さんは食欲以外の純真無垢さはそのままに小首を傾げ、

「机の上に“口を折って封をした紙袋”があると思うのですが、ありませんか?」

 念の為にと、“それ”の詳細な位置情報を教えてくださる。

「置いたと思うのですが……」

「あ、はい。そうですね。置いてありました」

「そうですか。ふぅ、よかった。寝ぼけて、うっかり食べちゃったのかと思いましたよ」

「いやぁ……、そう思っていただけるなら、それでもよろしいのではなかろうかと。個人的には、そのように考えてしまったりしてしまうわけでありまして……」

「……なにをおっしゃっているのですか、刀さん?」

「えー、あー、そのう、なんと申しますか……」

 脳ミソをフル回転させて、ふわっと受け取ってもらえそうな言い回しを思案してみたが、

「ごめんなさい、壱さん。その、じつは――」

 これといってよいモノは発想できず。なので、やらかした事実を、ありのまま白状した。

 まあ、いいか――と先送りにした過去の自分が、いまさらながらに恨めしい。どちらにせよ自分がやったことには変わりないと、脳ミソではわっているのだけれども。

「そう……ですか」

 我が供述を耳にして壱さんは、

「わかりました……ううっ」

 うつむき、急激にしょんぼりしてしまった。

 なんだろう既視感を覚える、この流れ。そのときも、やらかしたのはオレだった気がするが……。学習能力が残念なのかな、オレって。

「ああっと、ええっと、その……壱さん」

 昨夜、“揚げイモ”を自分勝手にいただいたとき、これまた自分勝手に交換条件として考えちゃったことを、いまさらながらにそのお耳へと確かに届け伝えた。

 これからの朝食に関して、である。

「“あ~ん”、って」

「え?」

「“あ~ん”ってしてくれますか?」

 壱さんはうつむいたまま、

「ごはんを食べるときに“あ~ん”って。刀さん?」

 拗ねたふうであり甘えたふうでもある音声で、追加条件を言うてきなさった。

「はいっ。お望みとあらば、“あ~ん”でもなんでもおこなわさせていただきますっ」

 脳ミソが認識するよりも先に、我が口はお仕事をこなしていた。

「いいのですか?」

「はいっ」

「そうですか――」

 壱さんはうつむいていたお顔を上げる流れで、そのまま起立し、

「朝食を味わいに参りましょうかっ、刀さん」

 さっぱり爽やかさある笑みを満面に浮かべ、

「さあ」

 と、こちらのほうへ、手を差し伸べてきなさった。

 事態が“どうにかなった”と確信してオレは、その手を取り、立ち上がった。

 ――転瞬。

「朝からお盛んだわね、ふたりとも」

 いつの間にやら起きていたらしいツミさんが、ベッドの上から言うてきなさった。あきれたふうであり楽しむふうでもある表情が、射し込む朝日に照らされてある。

「お、おおはようございましゅぅ……」

 ツミさんのお隣でむくりと上体を起こしたバツが、「むにゃむにゃ」と眠い目をこすりつつ、朝の挨拶をしてくれた。最後、夢の世界へ呼び戻されそうになっていたが、「んはっ」と気がついたようで、どうにか“こちら側”に留まっている。

「「おはようございます」」

 まさしく異口同音、壱さんとオレは朝の挨拶をツミさんとバツへ述べた。

 驚きを持ってお隣さんへ意を向けると、そこには“はにかみながら微笑むお顔”が、こちらからややそらすかんじのうつむき加減であった。

 異なる顔なのに同じ表情をまえにしているような、まるで鏡をのぞいているような、なんとも形容し難い気分……。

「ははっ、なんか熱いですね! 窓を開けて、朝の新鮮な空気を味わいましょうかっ!」

 なにゆえの発言かは自分でもよくわからないが、そんなことを口にしつつ、後頭部をかきつつ、窓際まで移動し――

「よっ、ほいっ」

 片手で窓を開け放った。

「でっかいお肉にしましょう。そうしましょう。うん」

 朝の空気と一緒に「おはようございます」してきた香ばしさに刺激されたようで、

「でっかいお肉」

 ちょいちょいとつないである手を引っ張りながら壱さんは、

「ねえ、刀さん。でっかいお肉」

 朝食の内容に関する意を、ある種の必死さを持って主張してきなさった。

「えっと……」

 うかがう視線を、朝食をご一緒するであろう“ふたり”のほうへ投げてみる。

 ツミさんは微苦笑を浮かべつつ首肯してくれて、バツも「わふぁっらよふぅ」とあくび混じりに返してくれた。

「わかりました。じゃあ、食べに行きましょうか」

 ――“明日”だった“今日”が、始まった。

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