転/第百七話:(タイトル未定)
「おかえりなさいま――おっとう……、これは……」
先ほど思ったことの答えは、宿屋に戻ってすぐに知れた。
出迎えてくれた宿屋のおヒトは、営業用の表情はどうにか保ってくれつつ、
「そちらのお子さんは、いったいどうされたのですか?」
瞳の奥は、とても訝っていた。“もしものとき”は“適切な行動”をとる、そのための“算段/覚悟”をしているヒトのある種の必死さが、ほのかに漂ってあるお香のそれと一緒に“感ぜられた/伝わってきた”。
「え? あ、ええっと……」
なんて説明したらよいのだろう。
どうしてか真っ裸で現れてくれたところで“遭遇し/出逢い”、そのあとにいろいろとお話をし、一緒に戻ってきました――と、端的に順をおってお話して……ダメだなこれは。
んん……。どうしましょう。
「あ、壱さんの――いま上で、部屋で寝ている連れのですね、知り合いなんですよ。キチさ――この子。さっき、外でたまたま会ったんですけれどもね。まあ、駄々をこねて聞いてくれないもので。“こういうこと”になっているわけです。はい」
うん、それなりだけれども、間違ってはいない説明ができたと思う。うん。
「ああ、お連れさまに会いたいと」
宿屋のおヒトは、我が背のほうへ視線をやりつつ言うた。瞳の奥の訝る色がすぅと薄くなり、表情もどこか柔らかい。
「え、あ、はい。はははっ、そうなんですよー。いやはや、なんとも、辛いところです」
どうやら、宿屋のおヒトは、キチさんが“知り合いのお姉さん/壱さん”に会いたくて駄々をこねたと思ってくれたようだ。
だからか、キチさんの分のお布団などを用意するとまで申し出てくれた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。壱さん――連れの布団に押し込みますから」
ボロが出ないうちに――いや、ボロなんてないけれどもっ、我が身体は愛想笑いを浮かべてお礼を述べつつそそくさと部屋へと続く階段を上っていた。
背中のほうで、「かしこまりました。おやすみなさいませ」という音声を聞いた。
「私が会いたかったのは、むしろお前さんだがの」
そんな言葉が、ポソリと我が耳をなでてきた。
「あ、起きてたんですか。キチさん」
「うぬ。宿屋に着く少しまえからぞ」
「そうなんですか? だったら、助け船を出してくれたらよかったのに」
「ここは、どこ? お家に帰りたいっ――とな、口にしてみようかとは思うたがの」
「うぐっ。思うに終わっていただき、本当にありがとうございました」
「どーいたしまして、とでも言うておこうかの。ぬふふっ」