転/第百六話:(タイトル未定)
「のう、お前さんよ」
歩み始めてから、しばし。“黙り防止”を始めるためのキッカケたる一言を考えていたらば、これ幸いなことに、キチさんのほうから声をかけてきてくれた。
「はい?」
「ひとつ、ワガママを聞いてはくれまいかの」
「…………なんでしょう?」
「背中をな、貸してほしいのだ」
「背中?」
「うん」
「なんでまた」
「うんぬ、ちとはしゃぎすぎたようでの」
言いつつ、キチさんは我が背後にまわると、服の裾を引っ張ってしゃがむよう要求してきた。それから、
「だからんの、ふぁああ……柄にもなく、くっそ睡いんぞう……」
あくびを噛み殺しながら、我が背にのしっとおぶさってきおった。
「あのう……」
なにか抗議的なモノを一言、申してやろうと思い、真横に意を向けると、
「…………」
そこには、安らかな寝顔と寝息があった。
「おやすみなさい」
結局、道中でいろいろお訊ねすることは叶わなかった。
道中では時たま、すれ違ったヒトに好奇っぽい眼差しを向けられた。キチさんの“あちら”的な服装は、やはり珍しいようだ。
日が沈んだ時分に、見てくれは小さな子どもなキチさんを背負っているオレが不審がられているわけではないだろう――と思いたいけれども、いまのオレは果たして、他のヒトからはどう見えているのだろう。