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第3話 不思議な女刑事

 フランケンに連れられ、ハンナとスフィンクスは、昨晩の応接間で待機させられた。警察が到着するまで、館から誰も出てはならない。そう言いつけたハンスの指示に従い、ハンナたちは、手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。

「遅いな……警察は何をやってるんだ……?」

 そう言いながら応接間の壁沿いを行ったり来たりしているのは、マシューだった。ハンスと彼との間でどのような会話が繰り広げられたのかは分からないが、マシューは拘束されることもなく、客人のハンナたちと空間をともにしていた。正直なところ、殺人犯の可能性を持つ人物と同室するのは、あまり気持ちのよいことではなかった。

 マシューがもう一度踵を返そうとしたところで、廊下側のとびらが開いた。

「失礼致します、マシュー坊ちゃま」

 フランケンが、軽く頭を下げてから、部屋に入って来た。会釈をしたのもあるが、彼の身長では、ドア枠に収まりきらないのである。

「警察の方がお見えになられました」

「やっと来たかッ!」

 マシューはフランケンの横をすり抜け、小走りに部屋を出て行った。

 フランケンも少年を追って退室したところで、ハンナたちはお互いの顔を盗み見た。

「警察ってことは、ただの事故じゃないみたいね……ちょっと行ってみましょう」

「はいですニャ!」

 ハンナたちは絨毯の上を抜き足差し足、使用人たちに見つからないようにしながら、玄関へと向かった。

 うまい具合に誰ともすれ違うことなく、ホールのそばまで辿り着くふたり。廊下の隅から顔をのぞかせると、玄関にはハンス、マシューの兄弟と、執事のフランケン、それに奇妙な制服を着た、ブロンドポニーテールの若い女が、円を描くように立っていた。

「あなたが警察署から派遣されて来た刑事さんですか……?」

 ハンスは、おぼつかない調子で尋ねた。

 そんな彼に、女刑事は元気一杯の敬礼を返した。

「はいッ! 私が今回の事件を担当させていただきます、オフィーリアと申しますッ! 若輩者ですが、よろしくお願いしますッ!」

 ひたいにかざした手が、彼女の警帽をずらした。

 ハンスたちは、不安げに視線を交わした。

「で、ではオフィーリア様、お部屋へ案内致しますので、こちらへ……」

「お待ちくださいッ!」

 ハンスの言葉を遮って、オフィーリアはホールの奥を睨んだ。

「あの女の子は、だれですか?」

 オフィーリアの指摘に、ハンスたちはうしろを振り向いた。

 そして、ハンナと目が合った。

「ああ、あれは旅のお方で、昨晩お泊まりに……」

「ムムッ! それは怪しいですよッ!」

 オフィーリアは、ずかずかとハンナに歩み寄り、脅かすように胸を張った。

 なかなかの胸のボリュームに、ハンナはなんだか負けた気がしてしまった。

「お名前は?」

「ハ、ハンナ・フォン・エシュバッハ……」

「そちらの猫耳さんは?」

「お、オイラはスフィンクスだニャ」

 自己紹介を済ませたふたりを、オフィーリアは交互に見比べた。

「昨日の夜、どこにいましたか?」

「へ、部屋で寝てましたけど……」

「ということは、アリバイが無いんですね?」

「……へ?」

 ハンナはそのとき気が付いた。自分が尋問されていることに。

 オフィーリアはハンナの腕を掴むと、自分のほうへと引っ張り始めた。

 見かけによらず、なかなかの力持ちのようだ。ハンナの腕に、軽い痛みが走った。

「あなたたちを重要参考人として取調べますッ! ご同行をッ!」

「ちょ、ちょっと……!」

 抵抗しようとするハンナをよそに、オフィーリアはハンスのほうへ首を曲げた。

「空き部屋はありますか?」

「そ、その奥に応接間が……まっすぐ進んで左手に三番目の部屋です……」

「では、そこをお借りします」

 オフィーリアはハンナの腕をにぎったまま、廊下を進み始めた。なにがなんだか分からないハンナは、為されるがまま応接間へと引きずられて行った。

 あとを追うスフィンクスの抗議も、まったく役に立たなかった。

「ここですね」

 応接間に放り込まれるハンナ。スフィンクスも、むりやり隙間に割り込んだ。

 扉が閉められて、オフィーリアはようやく腕を放した。

「ちょっと、警官がこんなことして……」

 ハンナは赤くなった腕をさすりながら、オフィーリアを睨みつけた。

 そして、とんでもない光景を目にした。

「動かないでくださいッ! これが目に入らないんですかッ!?」

 ハンナがオフィーリアの手元に視線を落とすと、どこかで見たことのある真っ黒な金属製の箱が握られていた。

「あなたには分からないと思いますが、これはとっても痛いんですよ。ビリビリきちゃいますよぉ。逆らわないのが身のためです」

「ちょ、ちょっと待ってッ! それって、変な光が出る道具でしょッ!?」

 ハンナの指摘に、オフィーリアはぽかんと口を開けた。

 何で知ってるの、という表情だった。

「な、なんでHISTORIKAのことを知ってるんですか? さてはシンジケートの……」

 ハンナは、ポケットから一枚のカードを取り出した。

「えっと、こういう者なんだけど……」

 オフィーリアは、空いた手でカードを受け取り、データを読み上げた。

「なになに……ハンナ・フォン・エシュバッハ……仮想年齢十七歳……異世界通行許可番号F9A017……え、ええッ!? 放浪者(バンドラー)の方だったんですかッ!?」

 バンドラーという言葉に聞き覚えは無かったが、ハンナは敢えて突っ込まなかった。

 話がこじれると厄介だと思ったのだ。

「こ、これは失礼しましたッ!」

 端末を握り締めたまま、オフィーリアは敬礼をした。

 あまりの態度の豹変ぶりに、ハンナはお役所臭さを感じてしまった。

「じゃあ、これで疑いは晴れたわけね?」

「はい。あなた方が犯人だった場合、放浪者を監視している本庁の公安課があなた方を処分しているはずなので」

「え……処分……?」

「放浪者が犯罪を犯した場合は、殺害処分になります。お気をつけください」

 絶句するハンナ。自分の世界を出るとき、そんなことは教えられなかった。

 ハンナが困惑していると、オフィーリアは真剣な眼差しで言葉を継いだ。

「ところでハンナさん、ひとつお願いがあります」

「な、何……?」

「私のアドバイザーになってくださいッ!」

 目の前の女が何を言っているのか、ハンナには見当がつかなかった。

「アドバイザーって何?」

 しまったとばかりに、オフィーリアは頬を掻いた。

「アドバイザーというのはですね、検史官の捜査を手伝う人のことです」

 そのときハンナは、自分がかつて巻き込まれた事件のことを思い出した。探偵役と刑事役が、それぞれコンビを組んでいた気がする。彼女がいた世界で起きた事件……人魚にまつわる殺人事件を解決したのは、異世界から連れて来られた、一見頼りない少年だった。その少年のあとを追って、彼女はいくつもの世界を旅して来た。もしかすると、オフィーリアとの出会いが、少年との再会をうながす切っ掛けになってくれるかもしれなかった。

「けんしかんっていうのは、警察みたいなもの? そういう理解であってる?」

「だいたいあってます。世の中に存在する物語を管理するのが、お仕事です」

 物語。以前も、この言葉を耳にした気がする。自分たちがいる世界は、ほんとうは物語であり、幻想なのだ、と。しかし、それがどうしたというのだろうか。ハンナには心が、五感が、記憶があり、物語と現実の区別など、なんの意味もないように思われた。

「どこでお会いしたんですか? 私の同僚かもしれません」

「わたしのいた世界でね。あのときも、そんな黒い制服を着ていたわ」

 とはいえ、今のハンナには、いまいち自分の役割が見えてこなかった。

「手伝うって言っても、わたしはこの世界に来たばかりなのよ」

「あ、それはどうでもいいです。私が今回アドバイザーを選任し忘れちゃったので、とりあえずなっていただけると助かるってだけですから」

 事態を把握するのに、ハンナは数秒の時間を要した。

「そ、それってつまり……辻褄合わせってこと……?」

「ええ、地球へ寄らずに直接こちらへ来てしまったもので、アドバイザーをつけるヒマが無かったんですよ……これ、バレるとタイターニア課長に怒られちゃうんで、ナイショにしておいてくださいね。それに、アドバイザーになって三回事件を解決すると、ステキなご褒美を貰えますし、お得です」

 照れ笑いを浮かべるオフィーリアに、ハンナは溜め息を吐かざるをえなかった。

「はあ……あんたみたいな女、まえに一度会ったことあるわ……トトとかいう……」

 ハンナがその名前を口にした瞬間、オフィーリアはパッと顔を輝かせた。

「トトちゃんとお知り合いなのですねッ!」

「トト……ちゃん……?」

「コーヒー色の肌をした、髪の長い女の子ですよね?」

 ハンナは、言葉無くうなずき返した。

「わぁ、それは偶然ですね。トトちゃんと私は、アカデミーで同期だったんですよ。彼女と私ともうひとりの男が、3バカトリオと呼ばれてて、学年の注目の的だったんです」

 これはひどい。ハンナは、思わずドン引きしてしまった。

「そ、それで、これからどうするの?」

 オフィーリアは、あごに手を当て、首を左右に揺らした。

「そうですね……まずは現場の検分からでしょうか?」

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