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第十三話 消えない傷痕

 勇者同盟が締結し、それぞれの面々がほっと一息ついた頃だった。

 それは、まるで見計らったかのようなタイミングで訪れた。

「え……?」

 最初に思ったのは『冷たい』だった。

「あ……」

 次に思ったのは、あまりにも酷い怪我を負うと痛みよりもまずは唖然となってしまうものなのだな、などという変な実感だった。

 俺の胸にから生えた不格好な鉄の牙。

 確実に急所を捕らえているそれは、謁見の間を取り囲むように立っていた衛兵の剣だった。

 そう。俺は今、背後から剣で胸を貫かれている。


「タロー!!」

「勇者さまっ!!」

 まず俺に駆け寄ってきたのはセインと姫さまの二人。

 サイラスとカグラは乱心した兵士を取り押さえに掛かっている。

「タロー! タロー! いかん! しっかりするのじゃっ!」

「勇者さまっ! 今治癒魔法を掛けますから!」

 姫さまの手が暖かな光で包まれる。どうやら俺に治癒魔法を掛けてくれているらしい。だが、あまり効いている実感がない。これは、手遅れということだろうか。

「……駄目……勇者さまは……死んじゃだめです……」

 それでも諦めずに治癒魔法を続ける姫さま。その瞳は涙で滲んでいる。

 しかしセインは冷静に俺の状態を把握しているようだ。そしてその表情がどんどん険しいものになっていく。

「同盟など結ばせてなるものか。ハイディ族の略奪にどれだけの犠牲を出したと思っている? どれだけの民が殺されたと思っている!? あいつらのせいでリニスは……!」

「………………」

 俺を刺した兵士の声は憎悪で満ちていた。

 積み重ねられた憎しみは、そう簡単には消えない。

 王であるサイラスやセインはそれでも、民のためにその感情を抑えつけて、利益のために手を取り合う道を選んだ。

 だけど民は。

 個人は、そうもいかない。

 家族を殺された者もいるだろう。

 友人を失った者もいるだろう。

 恋人を奪われた者もいるだろう。

 誰かのために憎悪を呑み込まなければならない。だけどその誰かを失ってしまった人間には、そんなこと関係ないのだ。

 俺という存在が居なければ両国が手を取り合うことはなかった。

 ずっと戦争を続けていれば、いつか仇を討てるはずだった。

 そんな想いで、この剣は俺を殺すのだろう。

「全てのハイディ族に血の報いを! この身に宿る憎悪の炎は必ずやハイディグレードの地を燃え上せるだろう! 何度でも戦い続けて見せよう! その命で贖わせるまで、我々は何度でも剣を執るぞ! 戦いを終わらせる!? 手を取り合う!? お互いを助け合う!? ふざけるな! そんなことで俺たちの憎しみが昇華されるものかっ!」

 その身体を押さえつけられて尚、兵士は叫び続ける。吐き出すように、ぶちまける。

 想いを、憎悪を、そして行き場をなくした衝動を。

 意識が遠のいていく中、俺はその言葉を一言も聞き漏らすことなく、兵士の眼差しから一瞬たりとも目を逸らすことなく、ただ、受けとめた。 

「………………」

 分かったところでどうしようもなく、足掻いたところで助からない。失っていく血液、零れていく命を実感する。

「おのれ……」

 普段のセインからは考えられないくらい憎悪に満ちた低い声。そして立ち上がったセインは腰の剣を抜いていた。

 サイラスとカグラが取り押さえている兵士に向かって、ゆっくりと歩を進めている。

 何をするかなど、考えるまでもなく明白だろう。

 止めなければ。

 ここでセインがルディアの民を殺してしまったら、同盟そのものが破綻する。

 あるいはその事こそがあの兵士の狙いなのかもしれない。

 だが、それは駄目だ。

 ようやく手に入れた未来。

 やっと戦わずに済むんだ。

 ずっと辛い思いをして、それでも民のために歯を食いしばって耐えてきたセインがやっと安らげるんだ。

 ずっと願い焦がれてきた『戦わずに済む未来』がすぐ目の前にあるのに。

 それをこんなことで壊すなんて、駄目なんだ。

 だけど俺にはもう、セインを止める力はない。

 死の淵に立っている俺には、彼女を止めることも、やめろと叫ぶこともできない。

 だけど……

「セ……イン……」

「っ!」

「………………」

 ともすれば消え入りそうなほど弱々しい俺の声に、セインは動きを止めた。

「セ……イン……」

 俺の声は擦れてしまって、きちんとセインに届いているのかどうかも怪しい。だがセインは俺のほうを振り返ってくれる。

 俺が何を言いたいのか、俺が何を願っているのかを、察してくれようとしている。

「………………」

 そしてそれは伝わったのだろう。セインは右手に持っていた剣を床に落として、そして俺の側へとやってきてしゃがみ込む。その目にはもう、憎悪は宿っていない。

 あるのは決意のみ。

「ユーフェリア姫。儂がタローの体内時間を止めておく。その間に何としてでもタローの身体を治せ。出来るな?」

「セイン陛下!?」

「……?」

 言っていることはよく分からないが、姫さまが酷く驚いているのを見る限り、それはとんでもないことのようだった。

「迷っている暇はない!」

 そしてセインは新たなる魔法を発動させた。

「陛下!」

 それが何を意味するのか分からないまま、俺の意識は闇に落ちていくのだった。



「う……」

 次に目を醒ましたのは、とても寝心地のいいベッドの上だった。

「タロー!」

「勇者さま!」

 そしてその側にいるのはセインと姫さま。

「俺……は……?」

 確か胸を刺されたはずなのに。

 間違いなく致命傷だった。

「どうして……」

 生きているのだろう、という疑問は口には出来なかった。声を出す気力が続かなかったのだ。

 身体がひどく重たい。腕を上げることはおろか、口を開くのもしんどいくらいに。

「まだ無理をしては駄目です。峠は越えましたけど、それでもまだ油断できる状態ではないんですから」

「………………」

 姫さまが起き上がろうとした俺を窘めてくる。

「そうじゃぞ。ユーフェリア姫はルディアでも指折りの治癒魔法師ではあるが、それでも死にかけを完全治癒するのは不可能じゃ。お主、今無理をすれば確実にあの世行きじゃぞ」

「……怖いことさらりと言うなよ」

 というか姫さまが助けてくれたのか。口を開くのはしんどいけれど、それでも突っ込みだけは別体力なのか、途切れずに言うことが出来た。

 別体力。別筋肉。別腹。人間には不思議な機構が備わっているらしい。

 それよりもあの状態の俺を死なせずにここまで回復させるって、もしかしてかなり凄いことなんじゃないか? いや、もしかするとそれ相応の無理をさせてしまったのかも知れない。よく見ると姫さまの顔色もあまり良くない。

「ありがとな。姫さま」

「いいえ。気にしないで下さい。それにわたくしだけの力では勇者さまを助けることは出来ませんでしたから」

「?」

「セイン陛下が居てくれたからこそ、勇者様の一命を取り留めることが可能だったんです」

「えっと、つまりセインも治癒魔法が使えるってこと?」

「いえ……そうじゃなくて……」

 姫さまは言いにくそうにセインの方を窺う。セインは少しだけ困った表情になりながら、首を横に振った。

「儂も魔法師の端くれじゃからな。人命救助の魔法くらいは心得がある」

「そっか。ありがとな」

「うむ。借りは身体で返してくれればよい」

「それは遠慮する」

「なんでじゃーっ!」

「労働で、という意味でなら善処するが」

「もちろん夜の営み的な意味でに決まっておろう」

「もちろん遠慮する」

「だからなんでじゃーっ!」

 そんな俺たちの様子を見ていた姫さまがクスクスと笑い出す。

「それだけ言い合う気力があるのなら、すぐに元気になってくれそうですね」

「………………」

「………………」

 そう言えば、アホな会話をしているうちに会話する程度の元気は戻って来たらしい。それがいいことなのかどうかは微妙だけれど。

「身体で返すという意味でならわたくしにも借りがあることを忘れないでくださいね、勇者さま」

そしてとんでもないことを言ってくる姫さま。

「いや。姫さま相手ならいつでもどこでも喜んで! もちろん夜の営み的な意味で!」

「なんでじゃーっ!!」

「俺がロリコンだからじゃーっ!」

 自分との態度の違いにセインがぶち切れる。そして俺も似たようなノリで反応する。

「ふっふっふ~。セイン陛下。この勝負わたくしの方が若干有利なようですわね~」

 楽しそうにうそぶく姫さま。その表情は悪戯っこそのものだ。しかしそんな表情も姫さまがするとやはり可愛く映ってしまう。

 そしてそんな姫さまにぴくりと眉を跳ね上げるセインさん。

 なんだか酷く嫌な予感がするのだが。

「ふん。いくらタローの好みがお主のようなえぐれ胸だろうと、儂のテクニックで強制的にオトしてみせるわ」

「抉れ!?」

「セイン……それはちょっと言い過ぎ……」

 いくらなんでも抉れ胸はないだろう。

「むむむ。セイン陛下の駄肉だって既にもう垂れ下がってくる時期なんじゃないですか?」

「駄肉!?」

「姫さまもぱねえな……」

 駄肉って……。

 バチバチと火花を散らす美少女と美女。

 人生初のモテ期であるにも関わらず、どうしてこんなに気まずいのだろう……。

 いや。俺個人の趣味で言うなら断然姫さま一本なのだが。そんな事言える雰囲気でもないんだよなぁ。

「大体、儂とタローは既に肉体関係を持っておるのじゃぞ。お主の出る幕などないわ」

「どうせ陛下が勇者さまを強引に襲ったんでしょう? 勇者さま可哀想に。こんな駄肉にゴーカンされてしまうなんて……。元気になったらわたくしの胸で慰めて差し上げますね」

「駄肉言うでない!」

「姫さま姫さま。すげー事口にしてるってちゃんと分かってる?」

 胸バトルがヒートアップしている中、俺は恐る恐る声を掛ける。

「分かってますよ~。ちゃんと兄様の許可も取っています」

「なっ! あの白髪頭余計なことを!」

「……つーかよくもまああのヤンギレ兄貴が許可を出したものだな」

 姫さまの積極性よりもむしろそっちの方が驚きだ。

「というかわたくしがそそのかしたんですけれどね。ルディアの王族に異世界の血を入れるのはそれなりに有益なことなんじゃないですか~って」

「………………」

 したたかというか、確かに筋は通っているのだから恐ろしい。貴族や王族の血よりも、場合によっては異世界の血の方が遥かに価値を持つ可能性が高い。妹の幸せ(完全にはき違えているが)よりも王族の繁栄を重きに置いた場合、俺と姫さまを結びつけることは必ずしも悪いことではないということか。

 だがまあ結局のところ、サイラスも異世界の血に価値を見出しているだけであって俺自身が姫さまに相応しいと考えているわけではないのが微妙なところだけれど。

「そういうことなら元気になった時にでもお願いしようかな。俺も姫さまには興味がある」

「ホントですか!?」

「もちろん」

「儂を無視して話を進めるでなーいっ!」

 そして除け者にされかけたセインが怒る。

「お前はもういいだろ。俺のことあれだけしっかり喰ったんだから。今度は俺が姫さまを喰う番だ」

「あんなもので足りるわけがなかろう! ハイディの王の欲求不満は凡俗のそれを遥かに凌駕するのじゃ!」

「威張って言う事じゃねえよなぁ」

「ご自分で淫乱娘だと暴露しているようなものですよね~。あ、ちなみにわたくしまだ男性経験ありませんから。しっかりリードよろしくお願いしますね、勇者さま」

「まかせろっ!」

 重傷者に似合わなすぎな元気すぎる会話だった。

 終始除け者にされていたセインはしまいには一人いじけてしまう。

「どうせ儂は駄肉じゃもん。垂れ下がってそのうちひょうたん乳になるのが関の山じゃもん。タローは抉れ胸が好みじゃからもう儂なんてどうでもいいんじゃな……」

「………………」

「………………」

 部屋の隅で鼻をすんすんさせながらしゃがみこんで『の』の字を書き始める王様。喋り方も言っていることもどこか破綻している。

 っていうかなんだこの可愛い生き物。

 肉体的にはともかく性格的にかなり萌えるじゃねえか。

 こういうの見ると、つい……

「まあそんなに落ち込むなって。その脂肪胸もカグラ達には大人気じゃねえか」

「脂肪胸!?」

 つい、追い討ちをかけたくなるのが悪いクセなんだよなぁ。でもほら、分かるかな? 落ち込んだ姿がたまらなく可愛い奴って更に虐めたくならないか?

「ぜ、贅肉、駄肉……しまいには脂肪胸……。きょ、巨乳の価値はそこまで地に落ちてしまったのか……」

「いや、好きな奴は好きだと思うけどな、その脂肪」

「っ!!」

 脂肪を強調する。

 いや、まあ嘘は言っていない。

 女性の胸の実態は脂肪なのだ。

「駄目ですよ、勇者さま。その辺にしておかないとセイン陛下が暴走します」

「あ、そうだった」

 暴走時のセインを思い出す。

 奥義・巨乳窒息楽園堕とし。

 この大怪我した身体であんな暴挙に及ばれてはたまったものではない。

「ま、まあ言い過ぎたよ。ごめんな、セイン」

「あ、そうだ。勇者さま。わたくしちょっと飲み物もらってきますね。喉が渇いたでしょう?」

「あ、ああ。じゃあお願いしようかな」

 姫さまも自分が居ない方がセインが落ち着きやすいと思ったのだろう。もちろんすぐ戻ってくるのだろうが、それでもセインが立ち直る間程度は席を外してやろうと気遣ったらしい。

「ほら、セイン。こっち来いって」

 壁の隅っこでいじけているセインを手招きする。手招きと言っても寝たきりなので掛け布団の先っちょから手の平をぱたぱたしているだけなのだが。

「うう……」

 恨みがましそうに俺の方を睨むセイン。ちょみっと涙目なのがなんともアレだ。しかし珍しく俺が甘やかしてくれているのが気に入ったのか、割とあっさりと俺の側へと寄ってきた。

 側にあった椅子にちょこんと腰かけるセイン。

「セイン」

「なんじゃ?」

 セインには言っておかなければならないことがあったのだ。姫さまも居ないことだし、せっかくだからこの機会に言っておこう。

「よく、我慢したな」

「………………」

 俺が刺された時、セインは逆上して相手を殺そうとしていた。

 ハイディグレードの王が、ルディアの民を、同盟締結したばかりの王城で手にかけようとしていたのだ。

 しかしセインはぎりぎりのところで堪えてくれた。

 民のために。

 自分のために。

 そして俺の意志を尊重してくれたからこそ、あの時止まってくれたのだと信じている。

「……すまぬ」

 セインは俯きながら俺に謝ってきた。

「何で謝るんだよ。セインはちゃんと我慢したじゃないか。偉いぞ」

「その事ではないよ。儂がお主に詫びているのは別のことじゃ」

「?」

「あの者が言っておったじゃろう? 『ハイディ族の略奪にどれだけの犠牲を出したと思っている? どれだけの民が殺されたと思っている!?』と。あの者は儂らに大切な者を奪われた。儂らはその憎悪を引き受ける覚悟でおった。それは同盟締結後も変わらずに抱えていかなければならない業なのじゃろうと分かっておった。じゃが……まさかそれがタローを死なせかける羽目になるとは……! 儂らの、いや、儂の所為でタローは死んでいたかもしれない。身勝手な理由で略奪を繰り返してきた儂らの所為で。タローは何も悪くないのに。タローがこんな目に遭わなければならない理由などどこにもないのに……!」

「んー……まあここは怒るべきところなんだろうけど……」

 許さないとかそういう意味ではなく、微妙な勘違いをしているちょっとお馬鹿な王様に。しかしこれ以上凹ませても可哀想な気がするので甘やかす方向で行くことにした。

「その辺りはみんなの責任ってことにしとこうぜ」

「え?」

「今まで略奪を繰り返してきたセイン達も悪いし、あんな奴に同盟締結の場の警備を任せたサイラスも悪い。そして同盟締結にあたってああいう奴が出てくることを予測しきれなかった俺も悪い」

「………………」

「つまるところ、ただの判断ミスだよ。それで死にかけてちゃ世話ないけどな。まあ結果として助かってるし。いいんじゃないか?」

「よいのか?」

「俺がいいって言ってるんだから構わないよ」

「………………」

「どうしても負い目に感じるって言うんなら俺の頼みを一つ聞いてくれないか?」

「なんじゃ? なんでんも聞くぞ!」

 ずっと暗かったセインの表情がここでようやく明るいものになる。うん。やっぱりそういう表情をしている方がずっとセインらしくていい。

「姫さまとベッドインの時は邪魔しないでくれ」

「………………」

「回復次第姫さまのロリハリボディを堪能しまくりたい!」

「………………」

「というわけで、よろしくな」

「いやじゃ」

「………………」

「………………」

 即答だった。

 にべもなく即答だった。

「……なんでも聞くって言わなかったか?」

「そんな昔のことは忘れた」

「………………」

 数十秒前のことですよセインさん!?

 意図的過ぎて逆に突っ込みづらいよ!

 さっきまでシリアス空気だったのに一気に台無しだよ!?

「……まあ儂も一国の王じゃからな。何も儂以外の女に手を出すななどと独占欲丸出しのことを言うつもりはない。ただお主が誰の男なのかを自覚してくれればそれでよい」

「待てい。その物言いは前提からしておかしい」

 何で俺がセインのものみたいな扱いになってるんだ!?

「? 何故じゃ?」

「不思議そうに首を傾げるな! 俺はセインのものになった憶えはないぞ!」

「生きる世界が違うから、じゃったか?」

「そう! その通り」

 それがセインを振った最大の理由だ。俺はセインに対して何の責任も取れない。この世界に留まるつもりがないのだから、セインを受け入れるわけにはいかないのだ。

「その件に関しては問題ない」

「なんだって?」

 えっへんと巨乳を揺らしながら腕を組むセイン。

「タローをチキュウへと送還する際に、儂も協力することにしたからな」

「へ?」

「タローはチキュウへと戻るだけではなくこの世界に召喚される前の時間軸に戻った方が都合がよいじゃろう?」

「そりゃ、まあ」

 この世界に召喚された時に一番ダメージを受けたのがそれだったからな。戻った時には失業確定。その上恐らくは神隠し的なトラブルも待っているだろうことを考えると変なマスコミが注目してくるかもしれない。それはかなりうざい展開だ。失業のことを考えるとマスコミに対して出演料くらいは取るべきかもしれないが。それにしたって晒し者は遠慮したい。『消えたサラリーマン。空白の一か月!』とか新聞に飾られたらしばらく外を出歩けなくなる。

「あの白髪頭の次元魔法と並行して儂の時間魔法を使用すれば、タローはチキュウに戻れるだけでなく、元の時間軸にも戻れるということじゃ」

「マジか!?」

「マジじゃ。ほらほら儂を褒めろ。いっぱい褒めろ」

「偉い偉い滅茶苦茶偉いぞセイン!」

 くしゃくしゃとセインの頭を撫でてやる。

「んふふ」

 セインは心地よさそうに撫でられている。

「でもそれと『問題ない』の繋がりが全く見えてこないんだが」

「それはな、白髪頭の次元魔法を儂がこの目で見ることが出来るからじゃよ」

「へ?」

「目の前で実演されれば、儂にも解析可能じゃ。つまり儂も時間を掛ければ次元魔法を使えるようになる」

「ちょっと待てよ。よくサイラスが許可を出したなそれ」

 次元魔法、つまり固有魔法はルディア王族が代々受け継いできた国そのものと同等の財産であり、決して他者に漏らしていいものではない。以前サイラスは『ハイディグレードが滅びを選んででも絶対に譲ったりはしない』ものだと言っていた。それはルディアにとっても同じ事の筈なのに。

「まあ少しくらいは揉めたぞ。じゃが両国を最高の形で救ってくれた『勇者殿』の送還を出来るだけ『望む形』で実現するには儂の協力が不可欠じゃからな。結局はあやつも折れてくれた」

「セインはいいのか……?」

「何がじゃ?」

「いや、だからセインがサイラスの次元魔法を解析できるってことは、サイラスもセインの時間魔法を解析できるってことだろう?」

 お互いに負うべきリスクは同等。どちらも得るものは同価値。だが、その秘匿性は確実に失われる。

「……まあ、儂の方は既に手遅れじゃしな。構わんよ」

「手遅れ?」

「……いや。こっちの話じゃ」

「?」

 そういう言われ方をするとかなり気になるのだが、しかし無理に聞き出せるような雰囲気でもない。

「まあ話をまとめるとじゃな、儂も次元魔法が使えるようになったら再びタローをこの世界に召喚することが出来るし、儂自身がチキュウに乗り込んでいくことも可能ということじゃ。これで世界の隔たりはなくなったも同然じゃ!」

「げ……」

「今お主『げ』と言ったか?」

「言ってません」

「………………」

 本当は突っ込みたいのだろうが、先ほどの『忘れた』発言があるので強く出られないセインだった。

「男という生き物は一人の女で満足するものではないからな。タローがユーフェリア姫に手を出すのまで止める気はない。じゃが遊びならまだしも本気になられては困るからな。監視を含めて儂も乱入させてもらう」

「サラッと乱交発言!?」

「ちょっとしたハーレム気分じゃろ?」

「どうせならロリハーレムの方が……」

「幼女趣味め」

「少女趣味だ!」

「大差ないきがするのう」

「それでも少女趣味と!」

「なんだかアホらしくなってきたのう」

「呆れるな!」

 そんな楽しいようなイタいような会話を繰り広げながら怒ったり突っ込んだりしていると、水を持った姫さまが戻ってきた。

 そして姫さまだけでなくサイラスやカグラも一緒だ。どうやら俺の見舞いに来たらしい。

「調子はどうだ死に損ない」

「第一声がそれかいっ!」

 いかにもサイラスらしい、一切の情け容赦ない見舞い発言だった。これはこれで面白い。

「実際死に損ないだろう? そこの枯葉頭が時間魔法で貴様の体内時間を止めていなければ、如何にユフィの治癒魔法と言えど助からなかったんだからな」

「え……?」

「ああ! それは黙っておけと言ったじゃろうが白髪頭!」

「我は承諾した憶えはない」

 ふふん、とセインに対して意地悪く笑うサイラス。この二人、仲が悪いようで意外と通じ合っているのではないだろうか。

「………………」

 俺はセインをじっと見る。

「な、なんじゃ?」

 セインは真っ赤になりながら俺を睨みつける。恐らく気まずさと照れくささとが入り混じっているのだろう。

「いや……」

 セイン自身がさっき言っていた。

 その場で魔法を行使しているところを見ることが出来れば、解析は可能なのだと。セインは俺を助けるために時間魔法を使った。本来は手遅れだったはずの俺を、死にかけの状態のまま体内時間を停止させ、死へと傾くのを阻止したということか。

 貴重極まりない、外部に漏らすわけにはいかなかったはずの時間魔法を、俺のために。

 セインが先ほど『手遅れ』と言っていたのはそういう意味だったのだ。

「ははは。陛下の一途さにほだされちゃったりしてるんだろ? かーわいいなあ、たまんないなぁ~。俺のためにそこまでしてくれるなんて! とか感動してるんだろ?」

「してねえ!」

 からかうようなカグラの物言いに、つい反応してしまう。

 いや。ちょっとはしたけど。でも態度には出さないぞ。出してたまるか!

「ちょっとはしてやれよ」

 仕方なさげに突っ込むカグラ。

「いや。全く感謝してないわけじゃないけどさ」

 ただセインがそれを望んでいないことも分かるからどうにも態度には出しづらいのだ。セインは俺がこんなことになった事自体に責任を感じているだろうし、俺の為に時間魔法を漏洩させたことに対する負い目を感じてもらいたくはないだろう。

 だから感謝を態度に出したりはしない。いつも通りに接することがセインにとっても俺にとっても一番いいことだと思うから。


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