第十四話 恨むななんて言わねえよ
半月もすれば俺の傷も順調に回復し、とりあえず立って歩ける程度にはなっていた。ずっとベッドで寝ているのも体力が落ちる一方なので、リハビリを兼ねて城の中をのんびりと歩き回っている。時々姫さまが付き添ってくれるのがたまらなく嬉しい。
ちなみにセインはハイディグレードへと戻っている。
俺のことも連れて行きたかったようなのだが、弱った身体に転移魔法というのはあまりよろしくないらしいので、渋々と一人で戻ったというわけだ。ある意味すごく助かっている。
正直なところ、セインに対してはどういう風に接していいか分からなくなっていたから。
今まで通りに拒絶すればいいのか、それとも受け入れるべきなのか。
俺はまだ、選べずにいる。
「あ、勇者さまお散歩ですか?」
「ああ。ちょっとは身体を動かさないとな」
「ご一緒しても?」
「大歓迎だ!」
姫さまと散歩。何て素敵な時間だろう。並んで歩くと俺が姫さまの胸元にばかり視線が行くのに気付いてからは、それを意識したような服装になっている。俺としてはちょっと脇見程度の意識だったのだが、姫さまはばっちり気付いていたらしい。
「ふふふ。甘いですよ勇者さま。女の子は男性の視線には敏感なんです。男のチラ見は女にとってはガン見同然なんですよ~」
「バレバレってか……まあそれがいい方向に働いてるから文句はないけどさ」
「セイン陛下にベッドインという意味ではリードされてますからね。わたくしも頑張らないと」
「うーん。これって俺の人生最初で最後のモテ期なんだろうなぁ」
「そうなんですか? 勇者さまってもっと女性にモテると思っていたんですけど」
「いや、全然。テキトーに気の合った女と遊ぶことはあってもマジで付き合ったことはまだ一回もない」
女と遊ぶ、と聞くとなんだモテてるじゃねえかこの野郎という突っ込みが入りそうだが、しかしそれは大きな誤解だ。誰にだって刹那的な関係、消極的な一夜を求めることはあるのだ。俺も相手も完全に割り切っているし、一夜を過ごしたとしても連絡先すら交換しない。セインや姫さまのように積極的な好意を示してくれる相手は初めてなのだ。
……まあ、その原因の大部分を占めていたのが俺のロリコン性癖だということは自覚しているのだけれど。相手に関心を持たれるほどに異性と関わってこなかったというのが一番の原因だろう。
「……今日はどこを散歩しますか? 以前と同じ庭園でよければわたくしが案内しますけど」
ルディア城の庭園は見事の一言に尽きる。花で彩られた道の先には澄んだ泉があり、孔雀に似た鳥が水面を滑っている。花の絨毯に腰を降ろしてそのまま弁当でも広げて空を眺めていたくなるくらい、それは素晴らしい庭園だった。しかし今日はそこに用があるわけではない。
「いや。あの庭園はみごとだったけど、今日はちょっと別のところに行きたいんだ。多分、姫さまに頼むことになる」
「?」
「出来れば俺一人で会いにいきたいところだけど、多分、俺一人じゃ立ち入らせてもらえないだろうから」
「勇者さま……?」
「姫さま」
「はい」
「俺を殺そうとしたあの兵士に会わせてくれ」
「………………」
「地下牢にいるんだろう? 姫さまが頼んでくれたら面会くらいはできるんじゃないのか?」
「……本気ですか? 彼は勇者さまを殺そうとしたのですよ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
姫さまの責めるような眼差しを正面から受けとめながら、気まずそうに頭を掻く。
「むしろだからこそっていうか……」
上手く言えないのだけど、話をしておきたいと思ったのだ。いや、話を聞きたいのかもしれない。
「頼むよ、姫さま」
「………………」
俺と姫さまは厳しい表情のまま見つめ合う。いや、厳しい表情なのは姫さまだけで俺の方はどちらかというと気まずい表情なんだけど。
そのまま見つめ合うこと五分ほど。
「はあ……」
姫さまの方が折れてくれた。盛大な溜め息と共に、
「仕方ないですね。どうせわたくしが止めたところで一人で行こうとするのでしょう? 面会許可がでなくとも、会えるまで粘るつもりなのでしょう?」
「あー……うん。まあ……」
「どのみち諦めるつもりがないのなら言い合うだけ時間の無駄です。分かりました。わたくしが面会許可を取りましょう。ただし!」
「?」
姫さまは右手の人さし指をぴたりと俺の鼻先に突きつけてくる。
「面会の場にはわたくしも同席させてもらいます。構いませんよね?」
「えー……」
出来れば姫さまには遠慮してもらいたいんだけどなぁ。多分、物騒な会話が続きそうだし。口汚いことも言われそうだし。そういうのを姫さまに聞かせるのはちょっとなー。
「同・席・し・ま・す!」
「……はい」
怖い。
指先で鼻先をぐりぐりされながら強気で迫られると普通に怖い。華奢な姫さまが迫力だけは猛獣並になっているのが尚更怖い。
こうして、俺はあの時の兵士との面会を申し入れるのだった。
面会前の書類手続きで確認したところによると、俺を殺そうとした兵士の名前はキリカといい、投獄される前は百人隊長の地位にいたらしい。
「………………」
「………………」
鉄格子越しに睨み合う俺とキリカ。俺の方はそこまで険悪な表情をするつもりはなかったのだが、ついついキリカの憎悪全開な目つきに引き摺られてしまったらしい。誰だって睨まれたら睨み返したくなるのが人情だろう。
姫さまは俺の横でじっと様子を見守っている。立ち会うとは言ったものの余計な口出しをするつもりはないらしい。そのあたりはとても助かる。
「何をしに来た……?」
先に口を開いたのはキリカの方だった。
「話をしようと思ってな」
「貴様と話すことなど何もない」
「そう言うなよ。俺はお前と話したい」
「………………」
俺を睨む目が更に細められる。憎悪だけでなく殺気まで含まれてしまったようだ。まあ鉄格子の向こうからは何も出来ないだろうが、自然、俺の足が一歩下がる。情けない話だが迫力負けだ。
「俺を殺したかったか?」
「………………」
「答えろよ」
「……今でも殺してやりたいと思っているさ」
「そうか。だが諦めてもらうしかないな。俺は殺されたくない」
「………………」
「だがまあ、どうして俺を殺そうとしたのかくらいは知っておきたいな」
「……知れたこと。貴様が余計なことをしてくれたお陰で俺の復讐が台無しにされたからだよ」
「復讐、ね。お前の仇はまだ健在ってわけか」
「そうだ。まだ生きている」
キリカの憎悪はそいつを殺すまで止まらないのだろうか。いや、きっとそいつを殺したところで止まらないのだろう。復讐とはそういうものだ。
「戦争が続けば、いつかは機会が訪れるはずだった。俺がそいつを殺すまで、戦争は続くはずだったんだ」
「お前が先に殺されていたかもしれないのに?」
「俺が先に殺されるとしても、諦めきれるものではない!」
「そりゃまあ、そうだろうな」
「知った風な口を利くな! お前に俺の何が分かる!」
「何も知らねえよ。だから知りたくて話してるんじゃねえか」
「………………」
そう。俺は知りたいんだ。
殺されていたかもしれない、死んでいた可能性が高いからこそ、自分が殺されるべき理由を知っておきたかった。
「同盟が締結したのがそこまで許せないか?」
「ああ。許せない」
「だがこの同盟により両国はこれ以上の犠牲を出さなくて済む。誰も大切な人間を失わずに済むんだ。それはいいことなんじゃないのか?」
憎しみの連鎖を断ち切る。この同盟はその象徴でもあるはずなのだ。
「だから許せと!? リニスを殺したあいつらを許せと言うのか!? 冗談じゃない! 他人がどう言おうと、貴様がどう言おうと、俺はあいつらを絶対に許さない! 許してたまるものかっ!」
「……そのリニスって奴のこと、よっぽど大切だったんだな」
「黙れ!」
きっと自分の命と同じくらい、いや、それ以上に大切だったのかもしれない。それこそ命を懸けて守りたい存在だったほどに。
だからこそ、キリカが誰よりも許せないのはハイディ族でも俺でもなく、自分自身なのだろう。
「別にさ、俺はハイディ族を許せと言っている訳じゃないんだぜ」
「なんだと……?」
「憎悪上等。許せないなら憎み続ければいい。それこそ死ぬまで憎み続ければいいんだ」
「………………」
「『憎しみからは何も生まれない』、『復讐なんて虚しいだけだ』、なんてさ。そんな分かりきった正論でどうにか出来るほど、人間の感情ってのは単純じゃないよな。もっと複雑で、奇怪で、理解不能かつ制御不能な代物だ」
全てを抱える覚悟があるのなら、全てを呑み込む覚悟があるのなら、何を思おうと何を秘めようと本人の自由なんだ。
「でも、だからこそ人間は利益で結びつけることが出来るんだぜ。憎しみ合ったままでも、お互いが許せなくても、歩み寄ることが出来るんだぜ」
「………………」
「自分たちの利益に繋がるのなら怨敵だって利用する。それこそ今まで受けた屈辱や痛みを数倍の幸せで取り戻す勢いで利用し尽くせばいいんだ。俺はそういう道を、ルディアとハイディグレードに示したつもりだ。戦う力を持たない勇者だからこそ、武力では決して得られない道筋をな。それが俺の役割だと信じたから、最後までやり通した」
……本当の動機はもうちょっと不純だけど、馬鹿正直に暴露すれば色々と台無しになるのでここは自粛。
「俺の事も、お前の大切な存在を殺した奴の事も、殺したいほど許せないのなら、そのままでいい。俺だって少なからずお前の事を恨んでいるし、それを許すつもりもない」
「………………」
「個人の感情で個人を許せないのなら、好きなように行動すればいい。その責任を負うのは自分だからな。だけどこれだけは言っておくぞ。お前の身勝手な感情で何の関係もない奴の未来を奪うのだけはやめろ」
「何だと……?」
「この同盟は多くの民を、未来を救うためのものだ。お前一人の感情程度でぶち壊していいものじゃないんだよ」
「………………」
「復讐を果たしたいのなら自分と相手の間だけで完結させろ。関係ない奴を巻き込むな」
「貴様の言うことなど、誰が聞くものか!」
「ああそうかよ。だがな、これだけは言っておくぜ。お前が俺やそいつを絶対に許せないと思っているのと同じように、お前の事を同じように許せないと思っている奴だって絶対にいるんだよ」
「っ!」
「お前だって決して少なくない人数をその手にかけてきたんだろう? そいつらにだって家族はいただろうし、そいつらを大切に思う人間だっていたはずなんだ」
「………………」
「だけどそいつらはきっと、その感情を呑みこんでいる。これ以上大切な人間を失いたくないと思うからこそ、自分たちの未来が明るいものになると信じたからこそ、感情の矛先をこの同盟に託したんだ」
「………………」
「生きるっていうのはさ、多分、人生の至上目的だよな。それに次ぐのは幸せになること。憎悪も恨みも復讐も、きっとそれに較べたら大したことない。最大の目的の為にそれ以外の目的を捨てる事。それがきっと、生きるってことなんだと俺は思う」
「……俺は、復讐のためなら命を懸けられる。たとえ死んでも復讐を果たして見せる。幸せなんてあの時に全部なくしてるんだからな」
「別にそれを否定しようとは思わないさ。だがな、その『復讐』だって生きているからこそ出来るんだぜ。だからやっぱり生きる事が一番大事なんだよ」
「………………」
「諦めろと言いたいわけじゃない。ただ自分にとっての優先順位をもう一度見直してみてもいいんじゃないか?」
「俺は……」
「ま、俺が言いたいのはそれだけだ。あとはお前の好きにしろよ」
「………………」
俺は姫さまの方を振り返った。
「ありがとな、姫さま。これで終わりだ」
姫さまはほっとしたようにうなずいた。
「わかりました。じゃあ行きましょうか」
「ああ」
聞きたいことも聞いたし、言いたいことも言った。
あとはあいつ次第だろう。
地下牢を出てから部屋への帰り道。姫さまがちょっと沈んだ声で話しかけてきた。
「勇者さま、ちょっと怒ってますか?」
「え?」
「さっきから、怖い顔してます」
「あー……ごめん。ちょっとピリピリしてた。やっぱりさ、自分を殺しかけた奴相手に冷静に話すのってストレス溜まるな。一発ぐらいぶん殴ってやりたくてうずうずしてたんだけどさ」
「駄目ですよ。まだ激しい運動が出来るほど回復してるわけじゃないんですから」
「……それって回復してたら止めなかったってことか?」
「……それはそうですよ。わたくしだってあの時の事を全く恨んでいないわけではないですから」
「素直だなあ。そういうとこも結構好きだけどさ」
「セイン陛下よりも?」
「うーん。あいつの素直さってのはちょっとずば抜けてるからなあ。王様のくせに感情丸出しじゃん。だから同じくらい」
「むう」
不満そうに頬を膨らませる姫さま。そんな顔も激萌えだ。
「でも、確かにわたくしはセイン陛下には敵わないかもしれません」
「姫さま……?」
急にしょんぼりとなった姫さま。そんなにまずいことを言ってしまったのだろうかと内心ハラハラするのだが、
「勇者さまが殺されかけたあの時、セイン陛下は迷わずに時間魔法を使われましたから」
「え?」
「わたくしが同じ状況、同じ立場であったとして、同じことが出来たかどうかは分かりません。ですが、セイン陛下は一瞬たりとも迷わなかったんです。勇者さまを助けるために。セイン陛下が少しでも迷っていたら、勇者さまは助からなかったかもしれません」
「………………」
「固有魔法は、人前で軽々しく使っていいものではないんです。目の前で使ってしまっては他者に解析する機会を与えてしまいます。だからこそ王族が引き継ぐ固有魔法は絶対に人前で使ってはならないんです。特に、魔法師の前では。ですがセイン陛下は勇者さまを助けるために時間魔法を使いました。王家にとってかけがえのない固有魔法を、わたくしたちに漏洩するのも分かった上で、それでも使ったんです。それだけセイン陛下にとって勇者さまは大切な方なのでしょう。ですがそれ以上にあの方は分かっているのだと思います」
「分かっているって、何を?」
「先ほど勇者さまが言っていたことと同じことを。『生きる』事こそが人生の至上目的であり、その他はすべて些末事だと。王家の伝統も、貴重極まりない技術も、生きる事、そして生かす事に較べたら取るに足らないものなのだという事を。いいえ、違いますね。そもそも較べるべきですらないのかもしれません。だからこそセイン陛下は迷わなかったのですから。一番大切なことを、考えるまでもなく迷うまでもなく理解しているんです」
「………………」
「きっと、勇者さまとセイン陛下はどこか似ているのだと思います。同じものを見て、同じものを目指せる。勇者さまもセイン陛下のそういうところに惹かれているのではないですか?」
「う……」
それは、あるかもしれない。
セインはきっと、一番大切なことを本能で分かってるんだ。
呼吸するように、道を歩くように、正しい未来を望んでいける者。
それがセイン・ハイディグレードという人間の本質なんだと思う。
「だから、敵わないのかなって思うんです」
「姫さま……」
「あ、でも負けるつもりはありませんから。今は敵わなくても絶対に追いつきますから!」
「前向きだなぁ」
そもそもこの二人は相手を排除して俺を手に入れようという気が全くないようだ。
ある意味において俺だけがいいとこどりな展開のようで心苦しくはあるのだが、しかし二人が意外とノリノリでやってくれているようなのでこれはこれでいいのかもしれない。




