第19話
「下水道の清掃は、結構キツイ……」
「へ、へへ、そ、そうだね……ふひっ」
ツードンの下水道。冒険者ギルドでそこの清掃を請け負った二人の精霊憑き、トリアとペンペン――今は二人とも精霊が休眠中で、本来の人格が体を動かしている――が、通路の天井や壁の苔やぬめりを鋤のような道具でガリガリとそぎ落としている。
苔は何かの材料に使えるらしく、ペンペンはそぎ落とした苔をしっかり回収していた。……それで作ったポーションや薬は使いたくないなぁ、とは思うけれど。錬金術で処理するから綺麗になるらしいとはいえ。
「うぅ、この臭いは慣れないね、ペンペン」
「消臭剤を作れれば、もっと楽になる、かなぁ……かなぁ?」
「そんなの作れるなら作って」
「精霊様の許可があれば、だね……?」
「うん」
ペンペンのクエストに『消臭剤の作成(冒険者ギルドの依頼で使う)』が追加された。ちなみに材料ではここに生えている苔がまさに使えそうだとのこと。……複雑な気持ちになる。
この下水道清掃の仕事は、下水のむわっとした嫌な臭いさえ我慢できれば、簡単な仕事である。
とはいえ、清掃がそれだけならわざわざ冒険者に依頼するような仕事ではない。
ここには時たま出るのだ、アンデッドやワニやサハギンが。あとスライムも出るが、スライムについては清掃に一役買っているので多く群れていなければ水路に落とすだけにするようギルドから言われている。
「と、ところで、トリアちゃん」
「なあにペンペン」
「トリアちゃんって、精霊様と、どう、なの? 仲良い?」
「……たぶん良好?」
そもそも精霊憑きは精霊に全てを捧げている。良いも悪いも、精霊様次第だ。
そして、可愛がっていただけていると思っている。ペンペン程ではないけどナデナデもしてもらえたし。
「そ、そーなんだぁ。あの、あのさ、精霊様って、私達のこと、可愛いって思ってくれてるのかな?」
「? トリア達、見た目を精霊様の好みに変えられたよね?」
「あ。私、見た目は全然変わってなくてぇ……も、元の見た目が好みだったってコト、かな?」
「だと思う。ペンペンは魅力的な身体だと思う。自信もっていい」
主に牛獣人かと言われるほどの胸に視線を向けて、トリアは言った。
(実のところ、ボクセル表示だとほぼ省略されているのでペンペンの精霊はそこを注視してはいないが)
「とにかくトリア達は、精霊様のために働く。それだけ」
「う、うん、そうだね。精霊様のためにいっぱい、素材を集めて、レベルもあげなきゃ……」
「その意気。あ。そういえばサンダルだと攻撃力が足りないかもしれない。攻撃力のある靴が欲しいかも」
「んん、じゃ、じゃあブーツとか? し、仕込み剣も、付けちゃう?」
想像してみる。とても強い靴。裸足だとあの大亀に通用しなかったが、とても強い靴なら。
しかも仕込み剣がついているなら、今度こそ大亀の目を抉って精霊様に捧げられるのではないか。
「素晴らしい。装備の更新は精霊様から許可が出てるから、ぜひ作って。トリアは自分の強化をしたい。精霊様のために」
「う、うん! 私も、精霊様に作れるアイテム作って経験値稼ぐよう言われてるから、丁度いい、ね!」
そんな会話をしていると、アンデッド――スケルトンがのそりと通路の角から頭を出してきた。
トリアが蹴りとばす。頭蓋骨が消滅し、ガラガラと身体が崩れて散らばった。
「骨、もらうね?」
「ん。トリアには魔石だけ頂戴」
魔石は換金できるので倒したトリアが貰う。トリアにとって使い道のない骨はペンペンのもの。
依頼としては2人に討伐カウントが入る。ギルドの貢献度も。
無駄のない良いコンビだ、とトリアは頷いた。
「これからもペンペンとは仲良くしたい、ね」
「わ、私もトリアちゃんみたいな可愛い子、と、ふひっ、仲良くしたい、ですね! あ、それとほら、精霊様同士でもおともだち、だし?」
「うん。ペンペンの精霊様が起きてるかどうか、私も分かるようになってるもんね」
「えへへ……前は友達なんて一人もいなかったから……嬉しい」
「トリアも、村ではだれも……うん」
お互いにボッチだったという共通点を見つけ、少し嬉しくなる。
「ふひ、精霊様達はすごいよね、あんな、簡単に友達になれちゃうなんて。わたしじゃ真似できない、や」
「精霊様同士は、きっとみんな仲がいいんじゃない? たぶん」
「精霊界でお友達同士だったとか……? あ、でも初対面っぽかった、よね。やっぱすごい」
「精霊界?」
初めて聞く言葉に首をかしげるトリア。
「精霊様達が住んでる、国? 世界? だよ。精霊様達は、そこから、こっちに来てるん、だって」
「……そういえば、昔、そんな話を聞いたような。そっか、いつもそんな遠くから来てくれて、来てくださってたんだ。嬉しい」
「精霊教教会でも話してることだし、有名、だよ? ふひっ」
精霊教教会。それもトリアは初めて聞いた。
名前からして、精霊様を崇め奉る、同士たちの集いなのだろう。
「ま、まぁ、精霊教は邪教、なん、だけど……ね?」
「は?」
邪教? 精霊様が? なんで? は?
「……わ、私を睨まないでぇぇ、こ、怖いぃ」
「おっと、ごめんペンペン。つい目に力がはいっちゃった」
「うぅ……こんな小さくて可愛い女の子にも怯えちゃう自分が嫌ぁ……」
「それでペンペン。精霊様が邪教って、なんで?」
と、後ろから襲ってきていたまだゾンビっぽさの残る半スケルトンを蹴り飛ばしつつ、ペンペンに尋ねる。
「……昔、精霊憑きの一人が、やらかして。他の精霊様が、自分達を崇めてはダメだ、って言ったんだって。だから、おおっぴらに精霊様を信仰してるっていうのは、邪教なの」
「……むむ! 精霊様のいう事なら仕方ない……」
「でも! じ、自分の精霊様を、個人的に、お慕いする分には、いいよねっ? よね!?」
「え、トリアは今ペンペンから初めて邪教って話を聞いたのでなんとも」
「じゃあいいよねっ!! ああ、精霊様、私、全部精霊様の物だから、全部全部全部全部っ! この手足も身体もおっぱいも頭も目も口も髪の毛も精神も喜びも悲しみも感情も魂も全部全部ぜーーーんぶっ!……あひっ♪」
オドオドしてるのに、時に急に力が入るペンペン。
だけど、精霊様に対して全てを捧げた自分達としては正しい言動だと思う。
トリアも人前じゃなかったら、こうしてるところだ。あとさすがに下水道ではちょっと。愛を捧げるのに場所がふさわしくない。
「ペンペンも、精霊様のことが大好きなんだね」
「と、ぉ、ぜんだよぉ……? トリアちゃんも、でしょ? あぁ、精霊様精霊様っ、私を使ってぇ……!」
見悶えして惜しげもなく愛を語る姿には見習うところが多いな、とトリアは思う。
「! トリアちゃん、急ぐよ!」
「? どうしたの?」
「5時間後に精霊様が私を使ってくださるって! ホームに帰ってしっかり身体を清めておかないとっ!!」
「……あ。お告げか。いいなぁ、トリアもお告げがあればいつも綺麗なトリアをお使いになってもらえるのに」
ペンペンの精霊様は、降臨前にだいぶ余裕をもってお告げが入るらしい。
一方でトリアの方はほぼ直前なので、身を清める暇もない。でも、それだけ急いで会いに来てくれているということなのでそれはそれで嬉しいと感じている。トリアはありのままを見せるだけだ。
……
とはいえ、さすがに下水道掃除で臭いのはいかがなものか。
「……うん。清掃及び討伐数ノルマは終わってるから、すぐ帰ろ。トリアにも体清めさせて」
「いいよっ! ひひひっ! 精霊様、精霊様、精霊様っ」
「ペンペン、鼻血でてる。興奮しすぎ」
「ふひゃっ! あああ、血も1滴残らず精霊様のものなのにぃ、ごめんなさいごめんなさいっ」
その後、身を清め終わったトリアのもとにも『お告げ』がやってきた。2分後に降臨だそうだ。
今日も精霊様と過ごせる幸せな時間が始まる。




