アオイのいない幻世樹で 後編
『“自らを喰らい”……いっ!』
上空に浮かぶ青い球体からいくつもの炎の矢が放たれる。
そのうちの一つが紫色のスライムに直撃し、スライムは衝撃で近くの岩に打ち付けられた。
『もっと素早く防御に移れ!』
攻撃を受けたスライムに対して、一体の霊獣が声をかける。
『……はい、主さま!』
攻撃を受けたスライムはダメージを負いながらもなんとか戦闘を続けようとする。
上空の青い球が敵を排除するように、より一層強く輝いた。
『今日の訓練はここまで』
『……は、い……』
ヘノーは疲れ切って、まともに返答もできない。
疲労困憊のヘノーを、森の主は癒しの炎で包み込む。
ボロボロ_と言ってもスライム故に他人からはわからないが_のヘノーの体の傷が次々消えてゆく。
『大丈夫か? 』
『ん〜……疲れた」
そう言いながらヘノーはスライムの体から人型に移り変わる。
ひとまず人型に変化するだけの余力が生まれたことを確認し、主は一安心する。
『今日で訓練を始めてからちょうど10日か。君はかなり成長している』
「……アオイ戻ってこないね」
成長したと聞かされても喜ぶことはなく、心配そうな顔を浮かべる。
アオイが『鏡』の中に消えていってからヘノーは訓練を始めた。そして訓練は今日で10日目。
つまりアオイがいなくなってもう10日が経過したということ。
「……ねえ主さま、『この世界』ってどういう意味〜?」
心配そうで寂しげな顔をした後、気持ちを切り替えるように質問をする。
『どう、とは? 今我らがいる場のことではないのか?』
「アオイが言ってた〜『この世界で初めて僕を助けてくれた』って。どういうことなんだろ? なんか変な言い方だな〜って」
そのヘノーの言葉に霊獣は思案する。
『……いくつか解釈の可能性がある。単純に初めて救ったという事実を強調するためにこの世界、と言う単語を使った可能性。この場合、この世界、ということそのものに深い意味はい。二つ目の可能性はここではない世界との対比として使われていること。この世界、というのは意味がなく、真に意味があるのはその裏にある別の世界の話だという場合。例えば人間の中ではあの世、という概念があるらしい。これは死後に魂が向かうところ、と信じられている。我ら霊獣からすれば見当違いもいいところだが、それを深く信じ込む者はいる。客人が死後の世界とやらを信じている可能性もある。その時にこの文の意味を読むとするなら、前提としてとしてはなんらかの事象によって客人は深く傷つけられ、自殺を決心している状況が必要になってくる。そうすると、あの世に行こうとしていた、しかしこの世で助けてくれる人がいた、だから感謝をしていると言ったような意味にもなり得る。ただこの解釈はこじつけというかもはや元の文と意味の繋がりがないような印象が強くなる。むしろこの場合は言葉通り、この世界、が重要なのかもしれない。異なる世界の存在を前提にこの話をするとき、この世界、という単語の意味が非常に重要になってくる。わざわざこの世界という言葉を使ったのならこの可能性が高いか? ただその場合、客人が異世界出身ということになってしまう。もし異世界出身だとしたら、客人の体はどこの世界のものだ? もし異世界からこの世界に来るのであれば……まさか……いやだがそのためには一体どれだけの』
「主さま〜」
ひたすらよくわからないことをブツブツと念話で送り続ける主に、ヘノーは声をかける。
「意味がわからないからわかりやすく言って〜」
その言葉に反応し、非常に短く考えをまとめて話しはじめる。
『主に二つの解釈がある。一つ目に、定型句的な使い方をした可能性。二つ目は、異世界とこの世界を比べての発言である可能性』
「異世界〜?」
『ああ、君はまだ知らないか。今我々がいる場所とは違う、全く別の世界のことだ』
「ん〜?」
異なる世界という概念を理解し切れないのかヘノーは首を傾げる。
『気にしなくていい。客人が異世界の出身だなんて、ほぼありえないからな。』
「そうなの?」
『生身の異世界の者がこちらに来るなど、方法がほぼないからな。唯一の可能性としては召喚をこちらの世界のものが行うことだが……まあこれもありえない』
それこそ霊獣クラスのものが世界を渡るならば、ありえなくはない。だが、決してアオイにそんな能力はない。
『大体、客人が言ったほんのの一言から考えすぎだ。そこまで深い意味はないだろう。気になるならあとで聞いてみることだな』
「あとで……」
言ったあとでしまった、と霊獣は思う。10日いなくなっているのに、あとで聞けばいいなんて気軽にいうべきではなかったか、と。
正直なところ霊獣にとって10日などないに等しい。例えアオイが失敗して戻ってくるのに1000年かかろうが、なんともない。
だがまだ子供のヘノーはアオイがいなくなったことが不安でしょうがないだろう。
『ヘノー、君…………これは』
励まそうとして、ふと何かに気づいたように、言葉を途中で途切れさせた。
「どうしたの〜?」
『……来たか』
「何が?…………あ!」
ヘノーも何かに気づき、そして顔を期待で染める。
「主さま! これって」
『客人が鏡から、戻ってくるか』
霊獣とヘノーが捕らえたのは、『鏡』の気配。
訓練をするためのこの広場から幻世樹に一刻も早く戻りたがるヘノーに、主は声をかける。
『……期待しすぎるなよ。失敗している可能性も十分ある』
「大丈夫だよ、主さま。ボクは、信じてるから!」




