アオイのいない幻世樹で 前編
「アオイ行っちゃった……」
アオイは『鏡』の奥に向かって行き、『鏡』そのものも消え去った。
残されたヘノーは、主さまと呼び慕う霊獣に声をかける。
「……どれくらいで戻ってくるかな」
『それは誰にもわからぬ。こればっかりは客人にかかっている。果たしてどんな姿になるか、全ては客人が技能を制御し切れるかによる』
この霊獣は言葉にこそしなかったが、実際アオイが成功する確率は非常に低いと思っている。
理由は単純。この『鏡』は本人の望むものを、忠実に実現するから。本当に忠実すぎる程、思った通りに身体が作り変えられるから。
例えば、攻撃されても傷一つつかない鋼の身体を!と願ったとする。
この時、『鏡』は使用者の望みを、言葉通りにかなえる。本当に、体を鋼のような強度の物体で作り変える。
鋼の強度の体。一見強そうだが、全くそんなことはない。考えてみよう。もし体が鋼でできていたら、関節を動かせるだろうか。
動くことなどできない。生命活動すらままならない。『鏡』はそんな銅像のような身体を作る。
願ったことを叶えるために、人間として必要な機能が消えようが『鏡』は気にしない。
なぜなら、『鏡』は願ったことを叶えることしかしないから。
小顔になることを願ったら。文字通り、豆粒のような頭に作り替えられる。
背が高くなることを願ったら。願いの通り、10mを超える体になってしまう。
記憶力が良くなることを望んだら。人間が扱うことのできないレベルで記憶を溜め込んでしまう。
その結果、精神が崩壊しても見たこと聞いたこと全てを覚え続ける。
人間にとって本当に必要なのはどんな機能なのか。人間にとって最適なのは、どんなバランスの体なのか。
それら全てを把握して、そしてようやく望む体を作れる「かも」しれない。
それが『封ジラレタ鏡』という『技能』。
鏡は願いを映し出す。
忠実に、言葉通りに、映し出す。
欲を制御できぬなら、歪で醜い姿が鏡に映る。
『ヘノー、これは仮定の話だ。もし、我が客人を殺すことになったら、君はどうする?』
主がアオイを送り出したのは、殺しても次、があるからだ。
だからこそ自らが短期間とはいえ育てた者を殺すことも厭わない。
だが、ヘノーはどうか。あくまで仮定だと前置きをしつつ、霊獣の子に話しかける。
アオイを憎からず思っているであろうこの子は、最悪の事態を覚悟できるのか、と。
「ん〜? 別に主さま、魂は殺さないでしょ〜?」
『もちろん』
魂を殺せば転生はできない。故に、制御に失敗したアオイが転生できるように、殺すときは肉体だけに留める。
「じゃあ別に〜、何も思わないよ」
『……我に対して悪感情を抱く、ではないのか?』
「なんで? ボクは待つだけだよ〜」
『……ほう。どれだけ?』
「500でも1000年でも」
あっけらかんとヘノーは即答する。
幻世樹の霊獣は、ヘノーの思考に驚きを禁じ得ない。
確かに霊獣にとって1000年は待とうと思えば待てる時間だ。
だが、それをまだ生まれて100年と経たないヘノーが言うとは思っていなかった。
そして何より、アオイの言ったことを信じて待つという、そこまでの関係が生まれていることに衝撃を受けた。
『……ヘノー、君は、客人の隣にいたいか?』
「うん」
『ならば、強くなれ。客人はいつか絶対に技能を完全に制御するぞ』
置いてかれないように、と。
最後には我らと同じ位に至るかもしれない、とさえこの霊獣は思う。だが、口にはしない。
霊獣と同等の力を手に入れるなど、普通はありえないことだから。




