霊獣は神に願う
『客人、わかっているのか? どれだけ鏡は危険なのか』
「どれだけって……化け物になるだけでは?」
『……だけではない。場合によっては客人の意思で動かせない、本能で動く体が出来上がる』
意思が消えてなくなるのか。つまり最悪のパターンは意思を失った化け物になることね。
「わかりました。じゃあ最悪主さまが僕を討伐してください」
主さまならなんの苦労もせず僕を討伐できるだろう、そう思って言ったら絶句された。そんなに変なこと言ったかな?
「アオイ!? ねえすごい危険な事しようとしてない?」
話の流れがわかってきたヘノーが、焦ったように聞いてくる。
『客人は肉体を改造しようとしているのだ』
「え?」
『最悪、己が化け物になる技能を使ってな』
主さまがわかりやすく解説してくれた。確かに簡潔にまとめるとそうなるな。
でも己が化け物になる『技能』っていう説明はどうかと思う。僕は化け物になる気なんてない。
「アオイが化け物になっちゃったらボクやだよ!」
「大丈夫だよ。……中断すれば意識は保てますか?」
『……中断した反動で体の大半が動かなくなるが、客人の言う通り意識は保てる』
じゃあ、本当にやばそうだったら、途中で『技能』の発動を止める。そうすればいいだけだ。意識は保てると主さまのお墨付き。
「やめなよ! ボク怖いよ! アオイがアオイじゃなくなっちゃったら……」
「大丈夫だよ、ヘノー。君を悲しませるようなことにはさせない。だって僕には最終手段がある」
「え?」
「何年かかるかはわからないけど、絶対に君のところに戻ることは約束できる」
最終手段は、『屍ニ生キル』を使うことだ。『封ジラレタ鏡』所詮は身体をいじる術。身体はこれじゃなくていい。
……我ながら思考が、人間のそれとかけ離れてきたな。
『そうか、客人にとって肉体は単なる器か。………逆に聞く。肉体を器として割り切る自信はあるか?』
「はい」
所詮一度殺されて手に入れたこの身。こだわることはない。強くなる方が優先だ。
『……ならば止めない。鏡を使うがいい』
「主さま!? アオイが化け物になってもいいの!?」
『ヘノー、落ち着け。客人は転生できる。本人がいいのならば、肉体にこだわる必要はない』
「でも……」
「ヘノー、大丈夫。失敗して生まれ変わっても、君には会いにいくから」
「え……」
「この世界で、初めて僕を助けてくれた君には、ちゃんと会いにいくよ」
王が理不尽なことを喚いて、『英雄』が僕を殺して、そして魔物に襲われて……助けてくれたのがヘノーだ。
正直、ヘノーと出会わなかったらまずかった。多分身体的にも、精神的にもいつか狂っていただろう。
「それにヘノー、そもそも僕は失敗する気はないよ?」
なぜかさっきから失敗を前提に話されてるが、僕は成功を勝ち取るつもりでいるからな。
「……ふふっ、そうだね、アオイ! うん、頑張って!」
納得してくれたのか、ヘノーがふわっと笑った。やっぱり笑っていてほしい。心配されるより、その方がよっぽどいい。
……ん? 待って、冷静に考えたらさっき僕やばいこと言わなかったか?
『生まれ変わっても、会いに行く』? これ普通に考えたら告白だよね?
そのほかにも全体的に言ってることが……あれ、僕がついさっき考えてたのって客観的にみると……あれ?
……あれ、僕……!?
『鏡を使って肉体改造をするときに、客人は異空間に行くこととなる。その中で餓死することはない。じっくりと時間をかけて、慎重に技能を使え。何日かかってもいい』
「は、はい」
落ち着こう。切り替えよう。集中しよう。
「………じゃあ、使いますね」
「気をつけてね!?」
ヘノーの声を聞きながら、深呼吸して集中力を高める。『思考加速』も念のため全力で展開する。
「___『封ジラレタ鏡』、発動!」
ガシャガシャと金属の触れ合う音がした。
僕から少し離れたところで、何本もの鎖が複雑に絡み合う。妖しい紫色の光を放ちながら上に鎖が延びていき……
3mを越すであろう、巨大な鏡が現れる。ところどころひび割れ、上からかかった鎖が揺れている。
『それが、門だ。その中で、肉体改造を行う』
波紋のように鏡の表面がゆらめく。不気味な鏡だ。
「……行ってきます」
『願おうか。Qua ec nralve ve bu hoopf qrと』
「え?」
願う? 今主さまはなんて言ったんだ?
『古い、古い言葉だ。幸運を願う』
「アオイ、絶対戻ってきてね!」
「……ああ、戻ってくるよ」
鏡に手をつけると、まるで吸い込まれるように景色が切り替わった。




