一つ叶える
『ほう、客人は既に転生しているのか。何回目だ』
「一回だけです」
『何故だ。事故か? 病に侵されたか?』
ああ、そう言う理由で転生することもあるのか。もしそうだったらどんなに幸せで、どんなに平和だっただろう。
「僕は一度殺されて、転生しました」
『初の転生理由が他殺とは。苦労しているのだな。ああ、そうだ』
僕が殺されて転生したと言うのを聞いても動じることはなく、話し続ける。
ただ、何も表情がわからないはずの青い炎に包まれた主さまが、どこか楽しげに笑ったような、気がした。
どこか本能的に警戒心を抱く。どこにもそんな要素はないのに。
『客人をいきなり拘束した詫びに、もう一つ何かをやろう』
「………もう一つ?」
『そうだ。一つはこの幻世樹の枝。もう一つ、我のできる限りなんでも叶えてやろう。客人は何を望む?』
「なんでも………」
『ああ、なんでもだ。どんな者が使っても達人のような切れ味の出る剣か? どれだけ離れていようとも的を寸分違わず射ることのできる弓か? ありとあらゆる攻撃を相殺する盾か? それとも、対象を自動で抹殺する短剣か?』
なんでももらえる。なんて甘い響きだ。
これで主さまが言う何か一つでももらえれば、僕を殺した『英雄』への復讐なんて容易く実行できてしまう。
言外に『殺した奴への復讐をしたいのだろう?』と誘っているようにさえ思える。
まるで悪魔の囁きだ。今すぐにその手を取ってしまいたい。
「………貴方は、僕に復讐をしろと言っているのですか?」
『……そう思うなら、そうとって構わぬ。そのほうが面白い』
面白い。もっと楽しそうに主さまが答える。
僕の言えたことではないが、まるで人命のことを考慮していないような響きだ。
楽しければ人形が壊れようが問題がない、そうやってただ人形遊びをしながら無邪気に笑う子供のよう。
これが霊獣。どこか人間の感覚とはかけ離れているようだ。
そして、いくら魅力的であろうと、僕が武器をもらうことはない。もらってはならない。
「その武器は要りません」
『ほう。なぜだ? 客人の言うように復讐は望まないのか?』
復讐か。あの『英雄』は確かに、殺してしまいたいほど憎んではいる。あんなふうに殺されて許せる人の方が少ないだろう。
「復讐は、それで終わりではありません。例え復讐を果たせたとしても、その後の僕の人生があります」
『それで?』
「例えば今僕が貴方に武器をもらって、復讐を実行したとします。それで成功したとしても、普通にやったら犯罪者。僕が今度は狙われる」
復讐だけ済ませたから満足して警察や軍に捕まる、そんな人生は真っ平だ。その後の人生を放棄する気はない。
だから、今なんの大義名分もなく復讐を実行するわけにはいかない。
今武器をもらったところで何もできない。
「そのほかにも、暗殺によってよって世間に僕の武器の存在が知られる。容易く人を殺せる武器が欲しい人なんて山ほどいます。だからそういう人たちからも狙われる」
そう、いくら便利な武器があっても、それを奪われたらどうしようもない。
例え銃火器を今持っていても、それを一度使えばその存在は誰かに知られる。そして銃火器を巡って争いが起き、結果僕が死ぬなんて絶対にやだ。
「何も考えずに感情で行動するのはただの愚か者。だからこそ、僕は今貴方から武器をもらうことはしない」
確かに今武器を受け取れば簡単に復讐できる。だが、その後のことを考えると今実行するのは愚かとしか言いようがない。
「今必要なのは僕が相当の立場と力を手に入れること。貴方の武器に頼って行動するなんて馬鹿もいいところです」
まずは僕を狙うようなやつを弾き返すだけの戦闘力。そして、『英雄』を殺そうが文句を言われない立場と大義名分。
さらに言うなら復讐後の僕の生きる理由も欲しいところだ。
この要素が揃って初めて『復讐』を実行できる。
『ふふっ、ああ、いいではないか』
「いい?」
『そこまで考え、その上で復讐を望む歪み具合がまた面白い。神の名すらもたぬ人相手に面白いと思ったのはいつぶりか』
「歪みですか。確かに僕は狂ってるかもしれませんね」
そんな手間がかかるなら復讐なんてしなければいいと人によっては思うだろう。だが、それは論外だ。
手間がかかろうと、どんな形であれ復讐は達成する。これが僕が転生してはじめに誓ったことなんだから。
『いいだろう、客人は力を望むか。相応の立場は知らぬが、力ならばわかりやすい』
なぜか知らないが、武器をくれると言うのを断ったのに主さまの機嫌が急上昇している。
『気に入った。この霊獣たる我が、全力で貴様を鍛えよう』
「え?」
『言っただろう、なんでも一つ、叶える、と』




