11.王家の使者は優秀ねえ
新作を始めました!
『喰い殺されると聞いていたのに、最愛の番と言われてなぜか溺愛されています』
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『追放嬉しい』を楽しんでいただける読者の方におすすめです。
どうか第1話だけでも読んでみてください。
11.王家の使者は優秀ねえ
「ふざけないでいただきたい! あなたがキース=シュルツ辺境伯の婚約者であることは分かっているんだ!」
私は後ろの席で語気を強められた男性に向かって、嘆息をついて、一瞬だけ振り返って顔を見た。
金髪にブラウンの瞳。そこら辺を歩いていそうな町人の姿をしている。だが、雰囲気がそうは言っていない。
つまり三流ね。
「だから、本当に人違いですわ?」
「しつこい! 調べはついてっ……」
続きを言おうとする男に向かって、私は遮るように、
「今は食事中なうえに、王室のスパイと話す気分ではありませんの。能無しなら能無しらしく、あまり格好つけた接触の仕方をしないでくれませんか? 大変迷惑です」
私は相変わらず、スープに黒パンをひたしながら、早く柔らかくならないかな、とワクワクしながら、男にそっけなく言い放った。
だが、一方の男は驚いた様子で、
「な、なんのことだ!」
「あら。しらばっくれるんですか? じゃあ、もうお話はおしまいですね? ほら、見てもらったら分かる通り、私、とても今忙しいんですよ? 黒パンをいつ食べられるかどうかの瀬戸際なのですから」
「なっ⁉」
「それとも王室のスパイだとお認めになりますか? それなら、一人の村娘として耳を傾けるくらいはして差し上げても良くってよ?」
と、そんな風に話していると、怪訝な表情でドナが口を開いた。
「あの、お嬢様、さっきから後ろの方とは何を……」
「……ストップ、ドナ。あなたは何も聞いていないし、見ていない。いい?」
私はドナの言葉を止める。
「へ?」
「とても面倒な話なのよ、ドナ。センスのない王室のスパイのせいで、ただのメイドを巻き込んでしまうなんて、本当にセンスがなくて最低。せっかくのあなたとの外出が台無しだわ。王室の質が相当悪いのでしょうねえ」
「お、王室⁉」
ドナは驚いた声を上げ、
「き、貴様⁉ 王家を侮辱するか⁉」
後ろの男性は怒声を上げる。
「二人とも元気がいいわね」
私は黒パンがまだ固いことを確かめて、もう一度スープに浸してから、
「後ろの方。それでどうなの? 王室のスパイさんということで良い? さっきも言ったけれど、それで良ければただの村娘として話くらいは聞いてあげる。そうじゃないなら、近くで呼吸もしないで。同じ空気を吸いたくないから。分かった?」
「ぐ、ぐぐぐ。コケにして……。くそ、だが……確かに私は王室の使者だ。アビゲイル=リスキス公爵令嬢に話があって接触を図っている」
「そうですか。私はその方ではありませんが、好きに独り言を言うくらいなら許しましょう。ふふ、まぁ、どうせ、くだらない話だと思うけれど、これ以上付きまとわれると気持ちが悪いですしね。感謝なさい?」
「どこまで私をコケに! ま、まぁいい。王家として貴様に依頼があるのだ。アビゲイル=リスキス公爵令嬢よ」
私は無視する。まだ固いなぁと思いながら。
「この辺境は王都からも遠く、情報が得にくい。キース=シュルツ辺境伯が人を信じない横暴な性格ということも手伝って、何を考えているのか、野心はあるのかなど、正確な情報がつかめず、王室としては不安に思っている」
「これは独り言ですが、その程度のこともつかめず、よくスパイをしていますね。転職をおすすめしますわ。あ、独り言ですが」
「ぐぎ! ふ、ふぅ……。ともかく、我々としてはキース辺境伯のしようとしていることや、その詳細な行動や発言内容を逐一知りたい。またおかしな動きがあればすぐに知らせてくれる『鈴』が必要だと思っている」
「のんきですねえ。そんなに不安なら暗殺して、王室から王弟でも送り込めばいいのではないかしら?」
「⁉ そ、そんな大それたことは。それにそんなことをすれば他の貴族の疑心暗鬼を招き、大きな不和をっ……!」
「ふふふ、もちろん冗談ですわ。それに独り言。何を本気にされていらっしゃるの?」
まぁ、前世で実際にあったことなのですけどね。
でも、国は安定しましたよ?
まぁ、そんな風に、別に殺さずともやりようはいくらでもあると思いますけれどもねえ。王家の娘を嫁がせて内部から操るなんて方法も古典的だけどとても効果的ですし。そういう少しの血と犠牲で、多くの命が助かる方法を断行するのが貴族の唯一の仕事だと習ったものですけれど、この世界では違うのかしら。
ま、いいですわ。
「ふふふ、お話は以上ですわね。よく理解できました」
「! そ、そうか。では」
「はい。退屈すぎて、あくびをかみ殺すのが余りにも大変でしたわ。本当に、首を刎ねたいくらいには。でも、面倒なのでさっさとお帰り下されば寛大にも許しましょう。出口はあちらですわ。それに、黒パンも柔らかくなりましたし、もう暇つぶしの用事も必要ありません。用無しですわ」
私は微笑んで言う。
「退屈だと! 国の平和を築くための重大な話だ! それに貴様にも利のある話だ。あのキースと言う男は横暴で人を人とも思わぬ最低の領主。そんな妻になるお前はきっとひどい目に遭う。だが、もし王室に情報を定期的に送ってくれるならば、貴様の身に何か危険が迫っても王家が後ろ盾になろう」
「あら、それは本当ですか?」
「無論だ。王家の威信に誓って」
「そう。そういうことでしたら、ちょっと相談してみますわ」
「は? 相談? 誰にだ?」
スパイの方の疑問に私は嫣然と微笑みながら答えた。
「もちろん、私の夫である、キース様にです」
「何⁉ 貴様、話を聞いていなかったのか⁉ そ、それに、さっきからおかしいぞ。情報ではお前は気弱な性格で、キース辺境伯からも酷い扱いを受けるはずだと報告を受けている。そんなお前が、どうして辺境伯に義理立てをする⁉」
「ふふふ、だからあなたは三流のスパイなのですわ。情報が古すぎて、腐り落ちた果実のよう」
私はふやけた黒パンを、そのスパイさんに見せながら、真っ二つに裂いて見せた。
どんな固いパンも、根気強くふやかせば、こうやって女の私でも簡単に裂くことができる。
「私はもうアビゲイル=リスキス公爵令嬢ではありません。昨日、結婚式を上げました。アビゲイル=シュルツ辺境伯夫人ですわ。うふふ、ひっそりとした挙式だから、知らなかったんですね。本当に質の悪いこと。命より大事な情報が、遅い、遅い」
私はおかしくて、どうしても口元が三日月のように曲がってしまう。
「ね? 人違いでしょう? 最初から、そう申し上げていましたのに。あなたは旧姓ばかりで呼ぶものですから、ずーっとヒントを差し上げていたんですよ? いつ気づくかなーって。なのに、気づかないんですもの。この世界の王室は下の下の下の下の下。ですわねえ」
「なっ⁉ 王室をまた‼ だ、だが、おかしいぞ! つじつまが合わない。そもそも貴様があの横暴領主に操を立てる必要は全くないはずだ!」
「まぁ、確かに。ふふふ、出会って早々に『お前を愛することはない』だなんて、拒絶されてしまいましたものねえ」
「そ、そうだろう。なら」
「でも、昨日の結婚式では誓いましたから」
「なに?」
スパイさんのキョトンとした表情に、私は目をニコリとさせながら言った。
「病める時も、健やかなるときも、いついかなる困難な時も、愛し合いましょうねって。今がそうじゃないかしら? 王室から夫を裏切るようにすすめられるなんて、こんな困難そうそうありませんわ」
私はウキウキとしながら言う。
なお、私の正面に座るドナは、言いつけ通り、一心不乱にパスタを食べて聞かないふりをしている。顔は真っ青だけれども。
「ま、待て! キース辺境伯に言うのだけは……」
「夫婦に秘密はない方がいいと思いません?」
「くっ! なぜだ! 情報と全然違う。アビゲイル令嬢は気弱で強く出れば絶対に言うことを聞くはずと報告にはあったのに!」
「人が変わったのかもしれませんね、ふふふ、もちろん、冗談ですけど」
ただの真実ですし。
私は黒パンを片方を咀嚼する。柔らかくなって、するりと嚥下できた。
目の前の、顔が真っ青な獲物にも同じ運命をたどってもらうことにしよう。
「ただ、どうでしょう。せっかくお友達になったのですから、時々会って頂けませんか? どうせ、この辺境伯領にとどまって王家に情報を届けていらっしゃるんでしょう?」
「そ、そうだ。だが……」
「もちろん断ってもらっても結構ですが、私は村娘で、あなたはただの友達。それなら夫に言う必要もなくなりますが、いかが? それに、ねえ? 情報収集をするために、ただの村娘と接触してはいけないんですか? それではスパイごっこも出来ないでしょう?」
「わ、分かった。お前はただの村娘で、俺はただの町人の友人同士ということだな。キース辺境伯とは何の関係もない……。くそ、だが、本当に貴様は一体……何者なんだ……」
「だから村娘なのでしょう? あなたが言ったじゃありませんか? それで、あなたの名前は?」
「…………セ、セシルだ」
「そうですか。私は、そうね、バーバラということにしておきましょう。す・え・な・が・く・よ・ろ・し・く・ね? セシルさん。ふふふ。追って連絡を入れるわ。よくここには来るのでしょう?」
「あ、ああ……」
「ふふ、楽しみだわ、今度、王都の様子なんかを聞かせてくださる? ああ、大丈夫よ? た・だ・の、世間話、なんだから。私は村娘、あなたは友達。その程度の関係なら、夫に言うほどのことではないわ。だって、夫には好きにしていいと言われているのだから、当然友達を作るくらい自由なはず。もちろん」
私は嫣然と微笑みながら、
「スパイでしたら、別ですけど」
「あ、ああ。そうだな。は、ははは……」
「ふふふ」
私はその後、いくつか事務的なやりとりをしてから、別れた。
彼はなぜかげっそりとした表情で、出て行ったけれど。
私は残り半分の黒パンをゆっくりと咀嚼する。
食べられるものがあるだけでもありがたい。感謝しかない。
「お嬢様、本当にすごいですね……。王室のスパイとやりあうなんて。でも襲われでもしたらと気が気ではありませんでした」
「こんな公衆の面前でそんなことを出来る器の男には見えなかったわ。それに、あんなのおままごとよ。もちろん、彼にとっては違ったかもしれないけど、ね。それにしても、パスタの味はちゃんとした? 下らない用事で声をかけて来られて迷惑なことよね」
「いえ、それは別に……。しかし、良いのですか? あのような約束をされて。もしキース様に秘密で王室の者と接触していることがばれたら相当の罰を与えられるんじゃ」
ドナが心配そうに言う。
それに対して私はキョトンとして、
「何を言っているのよ、ドナ」
「え?」
今度はドナがきょとんとした。
「私がいつセシルのことを愛する夫に報告しないって言ったの? バーバラは言わないと言っていたけど、私は、そんな約束一つもしてないわ。それにね、ふふ、新婚熱々のカップルの私たち夫婦が、隠し事をするわけないじゃない」
「なっ」
ドナが驚愕の声を上げた。
「まあ、これで王都や王室の情報が、ある程度手に入るかしらねえ。辺境だとどうしても情報が手に入りにくいから。これで幾分マシになるでしょう」
「お、お嬢様、さすがです。そこまでお考えに! キース様もお喜びになりますよ!」
ドナが喜びの声を上げる。
しかし、
「うーん、それはどうかしらねえ」
一方の私は苦笑する。
「え?」
「あのおバカで可愛いキース様に情報収集の意義が分かるとは思えないのよねえ」
「ええ? ではアビゲイル様はどうして先ほどのようなやりとりをあの男とされたのですか?」
「あら、そんなの決まっているでしょう」
私は嫣然と微笑みながら、
「目の前に間抜けな獲物が飛び込んできたのよ? 食べて下さい、とばかりにね。ふふ、だから美味しく頂いただけ」
ドナは唖然としながら、
「さ、さすがお嬢様です、ね。で、ですがですね」
青い顔をしながら言った。
「条件反射で、王室に喧嘩を売るのは、ちょっと……。いえ、だいぶ心臓に悪いので、なにとぞおやめください……」
「あら、そう?」
私は首をコテンと傾げてから、
「善処するわ」
心にもない返事をして、食後のティーを注文したのだった。
そして、この日を境に王国の情報を得たアビゲイルは、キースの野心を利用しながら権力をほしいままにし、やがて大きな騒乱を産み落としていくことになるのだが、そんな中でも彼女は笑い続けた。
彼女はただ自由に生きることが楽しいだけだったから。
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