10.刺激に満ちた素敵な城下町ね
10.刺激に満ちた素敵な城下町ね
「本当にお供も連れずに行かれるのですか? 危険ではないでしょうか、お嬢様」
「あら、でもいざという時はドナ、あなたが守ってくれるんでしょう?」
「私を試されているのですか? それくらいのことは致します。ですが、不届き者が複数人の場合、私一人でどれほど時間稼ぎが出来るか……」
「つまらない答えねえ」
私はそっけなく言いながら、内心少し上機嫌になって答える。
可愛らしいものだ、従順な部下というものは。私の命が世界で一番大事だが、だからと言ってドナを犠牲にしてまで守るほどのものではない。一番大事と言ってもその程度のものだ。
でも、
「安心して、おかしな場所に出入りしたりはしないわ。少し服を見たいのと、食事をするくらいよ。だって、結婚式でキース様に許可を頂いたもの。好きにしていいって。これから、なんでもしほうだいよ」
「お嬢様の胆力には頭が下がります」
「どうして? 夫の言葉を好意的に受け取っただけなのに。おかしな子ねえ」
私は嫣然と微笑む。子、と言ったが、ドナの方が年上だ。だが、私が二周目ということもあって、自然とそう呼んでしまう。ドナも特に違和感を覚えてはいないようだ。
さて、
「どう? 村娘に見えるかしら?」
「肯定しても、首を刎ねたりはされませんか?」
「あはは♪」
ドナの返事を気に入って、私は声を出して笑ってから外出することにした。私がいないことに気づいて、家令や他のメイドたちは慌てるだろうが、好きにして良いと言った夫の言葉を実践しているだけなので、最終的にはキース様に苦情が行くかもしれない。
そう思うと、ちょっとお可哀そう。そう思いながら、やはり微笑みがこぼれてしまった。
さあ、城下町へと向かいましょう。
ドナと二人で連れだって歩く。
公爵家からはふんだんに義母や義妹たちが大切にしていた宝石や貨幣、それから小切手なども、持参金として持ってきたので、かなり手元に資産はある。
軽く買い物をする程度では、全然なくならないほどの額だ。
公爵家が荷物チェックもせず、沢山の持参金を好意的に持たせてくれたことに感謝しながら、私は色々な服飾店を見て回った。
もちろん、お城に呼んでもいいけれど、こうやって町娘としてお店をめぐるのは楽しいものだ。ドレス以外にも気楽な服が欲しい時が令嬢にはあるのである。ただ、
「貧しい場所ね。余り服の種類がないし、お客さんも少ないわ」
市井の人々が入るような服飾店に入ったが、大した服は売ってなかった。仕方なく2,3着、無難なワンピースなどを購入してお店を出た。
お店から出ると、横道にたむろしている浮浪者のような男がこちらをちらりと見るのが分かった。
「治安も良くなさそうですね。失業している者も多そうです」
「重税を課しているのかしらね。それとも、魔物が多すぎて、商業の発展が難しいのかしら? 資源もなさそうだものね」
「こんな辺境の地では発展は難しそうですね」
「そんなことはないわよ。普通に発展させることは出来ると思うけれど?」
私はあっさりと言う。
「え?」
「例えば魔物を捕まえて戦わせるような催しを行うとか、捕らえた魔物を兵隊として使えるようにするとかね。ま、そんなつまらないことよりもお腹が減って来たわ。そこのレストランで食事をとりましょうよ、ドナ」
「えっ、は、はい」
私はドナと一緒に、少しこじゃれた雰囲気のレストランへと足を踏み入れたのだった。
中は閑散としていて、ポツリポツリと兵士姿の男性がいるだけだった。
警邏の兵士か何かだろうか?
領主の妻である私の姿は、結婚式がひっそりと行われたこともあって、一般人はおろか、兵士たちも知らないだろう。だから、特に顔を見られても驚かれたりはしない。
奥の方の席に座って、お互いに料理を注文した。私は熱いものが苦手なので、冷製スープとパンにした。パンは黒パンだ。がちがちに固い。
「お、お嬢様、かみ切れますか?」
「そのためのスープじゃない。ふやかせば何とか、ね」
「そんな。お嬢様ほどのお方が食べるものではございません。私の注文したパスタと交換されては……」
「だーめ。私の楽しみを奪わないで頂戴。ああ、固い固い。歯が折れてしまいそうだわ」
前世で拷問で歯を抜かれたことを思い出すほどね。
「ふふ、拷問の訓練になるのよ♪」
「また物騒な冗談を」
ドナは呆れ顔だ。
「そうね。食事中にはしたなかったわ。ごめんなさいね」
今世でも自由奔放に振る舞って、どうせろくな死に方をしないでしょうから、牢屋に放り込まれた時に披露するジョークにしようと考えた。
それはともかく、固いパンでも食事を抜かれ始めた前世と比べれば、食べられるだけましだ。というより、あの時は切実にこの黒パンを望んだものだ。だから、黒パンは大好物なのだ。ちょっと、令嬢っぽくなくて困るのだけど。
と、そんなやりとりをしていた時である。
「アビゲイル=リスキス公爵令嬢様ですね?」
いつの間にか、私の後ろの席に座った兵士然とした男性が、私にだけ聞こえる声でそう問いかけた来たのである。
「いいえ、違いますわ。人違いです」
私はかみ切れない黒パンをもう一度、スープにひたしながら、あっさりとそう答えたのでした。
後ろの兵士が少し焦ったような挙動をするのを感じる。
でも、そんなことより、私には目の前の黒パンの方が大事ですから。
しかし、人違いだと言ったのに、その兵士はしつこく話しかけてきたのでした。
やれやれ。こんな目立たない場所でこっそりと接触を図ってくる人間なんて、大体、どういった素性の方か想像がつきますけれど……。
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