『Bar at takai』にようこそ
「ついにこの日が来たんだね。」
「うん、どきどきするね。」
「もう、待ちくたびれましたよ。」
厳しい冬を越えて、あちらこちらで春が少しずつ顔を出し始めたこの頃。健とゆかと仁は、店を見上げるように立っていた。その視線の先には、白い布が垂れ下がっている。布からつながった紐の先には、わくわくした顔の奈央が立っていた。
「待ちくたびれさせて悪かったわね。あたしにできるベストを尽くしてたら、時間がかかっちゃったんだもの。仕方ないでしょ。」
「納期を守るのもプロの仕事だと思うけど?」
「何よ、そう言うあんたは卒論、期限に間に合ったんでしょうね?仁先生。」
「うぐっ、ちょっとはみ出たかも。」
「まあまあ、別に急いでたわけでもないし。」
相変わらずのいつも通りの2人を健が宥めていると、後ろから足音と元気な声が聞こえてきた。
「すみません、お待たせしました。」
「じんくーん!なおちゃーん!みんなー!」
智宏とむぎが駆け寄ってくる。奈央が膝をついて飛びついてきたむぎを抱きとめると、背中の大きな鞄が揺れた。
「あっ、かわいいランドセル~!黄色にしたんだ!」
「うん!パパにおねがいしてかってもらったの!どう?」
「すっごく似合ってるよ!とってもかわいい!」
「わあ!パパとおんなじこといってるー!」
えへへ、と花が咲いたように笑うむぎの後ろで、智宏が照れたようにはにかむ。
「むぎがみなさんに見せるんだって張り切っちゃって。まだ学校、始まってもいないのに。」
「いえいえ、張り切っちゃってもらえて光栄です。ねえ、仁君?」
「全くその通りですね!百点満点、いやー素晴らしい!眼福、眼福。」
「ちょっとキモいかもそのノリ。」
「どうして?」
和やかで賑々しい雰囲気に交ざって、草木を鳴らす柔らかな風が吹くと、店にかかった布が少し急かすように舞った。
「奈央さん、役者は揃ったよ。」
「あっ、そうだった。つい忘れてたわ。」
膝をポンポン、と払って、奈央が再び紐を握る。
「この度は、お集まりいただきありがとうございます。こうしてみんなにお披露目を見てもらうこと、少し緊張するけれど、今のあたしにできることと、感謝の気持ちをいっぱい詰め込みました。最初に依頼してもらった時はびっくりしたけど、同時にすごくありがたくて、きゃっ!?」
ビュオッ、と突然風が吹き、掛けられた布が大きくはためく。あと少し舞い上がれば、中が見えてしまいそうだ。
「奈央ちゃん、もうめくれそうだよ!」
「ええっ!?あぁもう、せっかくいい話してたのに!いくよ?3、2、1!」
奈央が紐を引っ張ると、ふわりと布が舞い上がる。中から現れたのは、朱色がかった透明な立体に、店名の書かれたピカピカの看板だった。全員が目を釘付けにしてうわぁ、と声とも息とも言えるものを漏らす。
「え?ど、どうかな。みんな?」
心配そうな奈央の呼びかけで、我に返ったように全員が拍手を送り始めた。
「すごーい!これ、なおちゃんがかんがえたの!?きれー!」
「ええ、とても綺麗です。それに、不思議とこのお店の居心地の良さを感じる気がします。」
「すごいよ奈央ちゃん!これは宣伝担当としても、心から自慢できる見栄えだよ!」
「それだと今まで見栄えが悪かったみたいだけど?でも、本当に素敵。ありがとうね、奈央ちゃん。」
拍手と賞賛、感謝を伝えられて、奈央の顔がほっと綻ぶ。その時ふと、歓声の輪の中に店主が居ないことに気がついた。健はただ、じーっと看板を見続けている。
「あの、どうかしましたか?もしかして、何か問題が……。」
「えっ?あぁいや、問題ってわけじゃないよ?ただ……。」
「ただ?」
「その、あそこがちょっと近く見えるなって、思って。」
「あそこって?」
健の指差した方へ視線を向ける。当然その先にあるのは看板だ。一列目に『Bar』二列目に『atTakai』と書かれた……。
「『バー・アッタカイ』に間違われないかなって。」
時が止まったような静けさが訪れる。あれだけ吹いていた風も、まるで空気を読んだかのようにピタリと止む。けれども次の一瞬にはどっと笑いに包まれていた。
「あははっ、何それ、奈央ちゃん、もしかして凡ミス?」
「ち、違うわよ!嘘っ、だってほら、ちょびっと隙間があるでしょ!?ちゃんと見て!」
「はは……確かに、そう見えるかもしれないですね。もしかしたら、初見のお客さんは見間違うかも。」
「ねー、アッタカイじゃだめなの?このおみせ、あったかいよ?」
「そうだね、むぎちゃん。だめじゃないよ。奈央ちゃん、さっきも言ったけど問題ってわけじゃない。寧ろこれがいいと思う。」
もう一度、看板を見る。穏やかな陽の光は透明な看板に差し込んで調和し、黄色や橙色へ様々に表情を変える。どの表情も優しく、あたたかい。集まったみんなと新しい看板が、幼い頃に見た風景と重なる。
「だって僕たちはこれからも、あったかいバーをつくっていくんだから。」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。このお話は一旦、ここでおしまいになります。
39の日に投稿しようと思ってたのにうっかりしてて、こんな時間になってしまいました。
読んでくれたあなたの心に届いて、あったかい気持ちになれてたらいいな。
またのご来店、お待ちしております。続く、かも?




