クリスマスとトムアンドジェリー
再び始まったクリスマス会。さっきと同じように賑やかで、けれどもさっきよりも穏やかだ。
宴もたけなわというところで、智宏さんにカクテルを差し出す。
「これは……?」
「『トムアンドジェリー』です。昔からクリスマス・ドリンクとして親しまれてきたホットカクテルなんですよ。考案したのは19世紀のバーテンダー、ジェリー・トーマスで」
「おーい、またマスターのカクテルマシンガントークが始まったよー。」
「高井さん、しばらくお口チャックで。」
そんなぁー、と言いつつ智宏さんの隣に座る。ゆらゆらと揺らめいて溶ける湯気がほのかに立ち上るグラスを傾けると、小さな吐息の後に笑みが滲んだ。
「甘い……。」
「ねえパパ、なあにそれ?あまいの、むぎものみたい!」
「いや、これは……」
「そう言うと思って、むぎちゃんのも作ってきたよ!」
丁度良いタイミングでゆかがカウンターの奥から戻って来る。抱えたトレーの上には、智宏さんと同じ色のドリンクが3つ置かれていた。
「食後のホットミルクセーキです。」
「ゆかさーん、僕らは大人だからむぎちゃんパパと同じのがいい。」
「だめ。あんたらプレゼント渡す前から飲み過ぎなのよ。ちょっとそれでお腹を休ませなさい。」
ええー、と口を尖らせる2人。しかしむぎちゃんから「おそろいだね!」と言われた途端ふにゃふにゃに相好を崩していた。分かりやすい。
「ほっとしました。」
声のした方を見ると、両手でグラスを包み込んだ智宏さんが穏やかな笑みを湛えていた。
「気に入ってもらえたなら何よりです。」
「いえ、そうじゃなくて。あぁ、いや、それもなのですが。」
グラスを見つめていた智宏さんが、顔を上げてこちらを見る。
「娘の本音が知れて。僕ひとりでは、絶対に聞き出せなかった。向き合っていた、つもりだったんですけどね。」
「向き合う、ですか……。」
むぎちゃんたちの方を見る。そこには料理を終えたゆかも交えた4人の、和気あいあいとした空気が流れている。それを眺めていると、不意にぼんやりとした、けれどもきっと大切な何かが頭に浮かび上がってきた。これは智宏さんに伝えなくちゃいけない。そんな気がして、ぽつり、ぽつりと丁寧に言葉を紡ぐ。
「誰かと向き合いたいのなら、『向き合おう』という意識は時に邪魔になるのかもしれません。」
「え……?」
伏し目がちになっていた智宏さんが、再び視線を上げる。
「見守ること。手伝うこと。楽しむこと。一緒に遊ぶこと。ただ、傍にいること。そうした安心と穏やかさの宿る豊かな日常の積み重ねが、きっとたくさんのむぎちゃんをみせてくれるのではないでしょうか。」
そこまで語ってハッと気付く。何を偉そうに言ってるんだ。パーティーの空気にあてられて、ちょっと酔っているのかもしれない。
「子育てなんてしたことのない、ただの若造の一意見ですが。」
慌てて付け足してちらっと智宏さんを見る。彼の瞳がじわりと潤んで見えた。
「いえ、そんなことはないです。」
手元のカクテルを傾け、ゆっくりと息を吐く。
「むぎのためになることは何でもしてあげたくて、むぎのことを知りたくて。」
「僕は、僕が自然じゃなくなっていたのですね。」
静かな夜が訪れる。寝息を立てている仁君と奈央ちゃんに、「何が『僕らは大人だから』よ……。」と溜息をつきながら、ゆかがブランケットを掛けてあげていた。
「今日はありがとうございました。」
智宏さんが頭を下げる。それを見たむぎちゃんもぺこりと頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。ね、ゆか?」
「うん、みんなが楽しそうで、私も嬉しかったです。あっ、そうだ。」
そっとこちらに歩み寄りながら答えたゆかが、膝をついてむぎちゃんと目線を合わせる。
「パパも元気になったことだし、他に欲しい物とかない?」
「ううん、だいじょうぶ。」
「ほんとに?えんりょしなくていいんだよ?」
「ほんとだよ。だって」
むぎちゃんはゆかの後ろで寝ている2人をちらっと見ると、両手のプレゼントをぎゅっと抱き寄せて
「もういーっぱい、もらったから!」
静かな声で、だけども心いっぱいの笑顔を咲かせてそう言った。




