水原雪乃の場合6
人の波に乗りながら新宿の街を進んでいく。新宿駅からの短い散歩だ。交差点を風俗情報誌の宣伝トラックがゆっくりと曲がっていった。日常的に見る光景だ。大きな目で瞳に¥マークが書かれた女の子のイラストもすっかり見慣れた気がする。
新宿駅からはモニュメントのようにそびえ立つデザイナーの専門学校のビルが見えた。蜂の巣のように編み目のあるデザイン。宇宙船のような曲線。近代美術を象徴するようなデザインだ。もし、今この瞬間に人間が消え失せたらきっと遺跡になると思う。
そんな馬鹿馬鹿しいことを思いながら私は歩を進めた。新宿の朝。そのゴミの掃き溜めのような街を。
「おはようございまーす」
私は自社ビルのエレベーターホールで上司の秋川さんに声を掛けた。できうる限り元気に清潔感のあるように努める。ま、無意味だとは思うけれど。
「おはよう」
彼女はチラっと私を一瞬見たかと思うとすぐに視線を前に戻した。この人は毎回こうなのだ。よほど私と話したくないらしい。少しするとエレベーターが降りてきた。ピコーンという電子音が鳴り扉がゆっくりと開く。
「サッサと乗ってよ。どんくさい」
「あ、はい。すいません」
ああ、また始まった。もし私が先に乗ったら「なんで先に入るの? 常識がないよね」っていうアレだ。一般的に言う八つ当たり。
それから秋川さんと一緒にエレベーターで私たちの部署のある五階に向かった。予想通り、彼女はため息以外口を利こうとはしない。
いつからこうなったのだろう? エレベーターが昇っている短い時間にそんなことを思った。確か彼女も私の入社当時は優しかったはずだ。「分からないことがあったら何でも聞いてね!」と笑顔で答えてくれたし、何よりこんなにため息を吐き散らかしてはいなかった。
もしかしたら私が何かしたのかな? と思うことはよくあるけれどどうしても思い当たることはなかった。いや、むしろ結構頑張ってると思う。始業時間よりだいぶ早く出社して掃除だってするし、言葉遣いだって気をつけているはずだ。これといって大きなミスをしているわけでもないと思う。
思えば幼少期からずっとこんな感じだった。養父母も姉もそうだったし、学校の友達も段々私から遠ざかっていった。そう考えると問題は私にあるのもしれない。ただ、どんなに考えてもその理由が分からないだけで――。
「水原さん。ちょっと」
「はい!」
朝礼が終わるとすぐに秋川さんに呼ばれた。
「あのね。明日サンプルのプレゼンあるでしょ? その準備しといてくんない?」
「はい! 分かりました」
プレゼンの準備。ようは力仕事だ。地味で淡々とした作業。
「絶対に今日中に終わらせてね。午後から倉庫使うらしいから必ず午前中に荷物出し終えてね」
「分かりました! 午前中にマネキンとテーブル全部出しておきます」
ああ、またお昼ご飯抜きか……。朝っぱらからそんなことを思った。
仕方ない。いつものことだ。そう言い聞かすとすぐに倉庫に向かった。




