秋川千鶴の場合16
「まずは話の整理をしましょうか」
笹原部長は私が今回呼び出された経緯を知っている体で話し始めた。阿吽の呼吸のように私も「ええ」と応える。この人は昔から変わっていない。
「秋川さんが新聞広告の件で田辺くんに問題提起してくれたのよね? それで田辺くんは担当さんに連絡したけど不在だった……。ということでいいかしら?」
笹原部長は事実だけを切り取って要約した。間違ってはいない。かなり正確な情報だと思う。まぁ、内情を広報部の二人が脚色していなければの話だけれど。
「概ねそれで間違いないです」
「そう……。じゃあ秋川さんが先方の都合考えずに連絡しろって言ったっていうのは本当?」
「……嘘ではありません。でもそれには理由があります」
「どんな理由かしら?」
それから私はコトのあらましを説明した。いかに新聞広告の掲載位置が大事かについて、いかに田辺さんが男尊女卑的な主観で流そうとしたかについて。
笹原常務は私の話を時折相づちを打ちながら聞いてくれた。一方、広報部の二人はずっと無表情だった。決して怪訝な顔はしない。まぁ、怪訝な顔などできるずがないのだ。役員がいて、且つ私の論理は正しい。
女性下着メーカーとしての倫理を考えれば彼らの正当性などあってないようなものだと思う。たしかに広報部としては取引先にクレームを入れるのはあまり気乗りしないだろう。同じ会社員としてその辛さは十二分に理解できる。しかし、その辛さを差し置いても女性の気持ちは大切にすべきなのだ。顧客は女性であり、その女性に不快感を与えればやがて業績は悪化する……。と私は思う。
「――という訳です。ご理解いただけましたか?」
私は誇らしい気持ちで女性下着メーカーの在り方について語った。少し青臭いかもしれない。でもこの価値観を捨ててしまったら何のためにここで働いているか分からなくなってしまうと思う。それぐらい私はこの仕事に誇りを持っているのだ。
「なるほどねぇ……。秋川さんの言いたいことは分かったわ」
ああ、さすが笹原常務。女性の味方だ。さっさとこんな野郎どもを叱り飛ばして。そうして下着メーカーとしてのプライドを守ってください。口には出さない言葉が頭に浮かんだ。
しかし……。笹原常務の口から出た言葉は私の望んだものとは違った。違いすぎる。一八〇度反対の言葉。
「でもねぇ。こればっかりは難しいのよ。ほら、広告掲載費って誌面の場所によって変わるじゃない? しかも今回は割と大きめの広告だったしね……」
笹原常務はそこまで話すと広報部の資料を私の前に差し出した。
「これは?」
「今回の広告掲載の大まかな概要よ。実は今回の広告掲載は営業部からの打診だったの。何でも広告主が急に降りたとかでウチに格安で掲載の話が降ってきたのよ」
「はぁ……」
私は空気の抜けた風船のような返事をした。笹原常務は続ける。
「ま、簡単に言うと今回の広告掲載は棚ぼたで安かったから打ったっていう理由なの。だからねぇ……。秋川さんの言いたいことも分からなくはないけど……。ね」
そこで笹原常務は一呼吸置いてから「だから今回はこのままにしてあげて」と付け加えた。
私は黙って「そうですか」と応えた。それだけ。それ以上何も言えなかった。最悪だ。




