菱沼浩之の場合17
チェリーとの短い船旅はとても楽しかった。彼女は人間社会に博識で、僕に様々な話を聞かせてくれた。それはまるで本当に人間の家族と一緒に暮らしているかのようだ。彼女の語り口にはそんな雄弁さがあった。そこには野性味の欠片ものない。あるのは人間を自身の身内として考える。そんな感覚だ。いや、もしかしたら彼女自身も人間でいるつもりなのかもしれない。そう錯覚するぐらい彼女は人間じみている。
「もしこれからも水族館で暮らすなら人間について知っておいた方がいいわよ? 彼らは私たちよりずっと感情的で自分勝手なの。ほんの少し機嫌損ねただけですぐに暴力的になるしね」
「そういうもんかな」
「ええ、本当よ。なんて言えばいいかしら……。そう、彼らは感情の動物なの。現実的な利益よりも自分の気持ちとかメンツを大事にするわ。そのためなら彼らは自分で死ぬことがあるらしいわよ? 私たちからしたら狂ってると思うけどね」
命を粗末にする生き物、それが人間なのだ。と彼女は言った。それと同時に最も死を恐れる生き物でもあると。矛盾しているけれど彼女の言わんとすることはなんとなく理解できた。人間はそんな風に矛盾した生物なのだ。彼らの言葉を借りれば万物の霊長。地球上で最も高度に進化した生命体。
話を聞いていて思ったけれど、どうやらチェリーは人間が好きなようだ。飼育員が好きだとか、水族館の観客が好きだとではない。あくまで種としての人間。それに彼女は興味があるらしい。
「もし私が人間の言葉を話せるなら彼らに色々聞いてみたいわ。なんで自殺するの? とか。なんで生みたくもないのに子作りするの? とかね」
「ハハハ、それが出来たいいね。僕も話せたら聞いてみたいよ」
「でしょ? 本当に人間って面白いんだから」
チェリーはそう言うとキャキャっと笑った。動物的な笑い。僕たちイタチ科の笑い方だ――。
大洗港に着いたのは翌日の夜のことだ。フェリーに乗り込んだときと同じように荷台が激しく揺れる。
「着いたみたいね……。もうお別れね。……本当に寂しくなるわ」
「そうだね……。もう会えないかもしれない」
「うん。おそらく二度と会えないんじゃないかしら? あなたみたいに珍しい生き物はもう移動しないだろうしね。まぁ、元気でね」
チェリーは名残惜しそうに言うと悲しそうな笑みを浮かべた。僕も同じように微笑み返す。あまり上手く笑えなかったけれど。




