菱沼浩之の場合10
外に出るとすっかり夜だった。街灯のぼんやりとした灯りが目にジンジンと染みる。
路上でアコースティックギターを弾く若い女性がいて数人の観客が投げ銭していた。井の頭公園の隅っこで行われる路上公演。なかなか良い声だ。どことなく好きなバンドのヴォーカルの声に似ている。
「路上ライブかぁ。私も若い頃はやってたな……」
いをりさんは懐かしそうな顔で言うとタバコに火を付けた。
「それは初耳です」
「うん、今初めて言ったもん。ま、あれは一〇代の頃だからかんなり昔だよ。あの頃はねぇ。けっこう本気でバンドやってたなぁ……」
いをりさんはどこか遠い目をしながら吸い込んだ煙を吐き出した。余程懐かしいのだろう。
「いをりさんって多芸なんですね。まさか音楽にまで手を出してるとは思いませんでした」
「多芸か……。そうね、そうかもしんない。バンドやって、作詞作曲して、あとは……。作家の真似事も多少はしたよ。割とクリエイターみたいなことは好きなんだ」
そして今は占い師。かなり自由奔放な人生だ――。
「菱沼くんはこれから本格的に占いで食ってくつもりだよね?」
「まぁ、そうですね。今のところは」
「ハハハ、変わんねーなー。そうやって煮え切らないところ」
「そうですかね? ま、ぼちぼちやっていきますよ」
僕たちはそんな話をしながら吉祥寺の脇道をぶらぶらした。暗がりと雑草。あとは鳥の声。そんな真夜中の入り口のような路地を進む。
「そういえば私の友達んちこの近くなんだ」
「そうなんですか? じゃあ僕の家からも近いんですね」
「うん。てか君の家遊びに行った帰りに知り合ったんだけどねー」
実に彼女らしい。いをりさんはとかく行きずりで友達を作るのだ。かく言う僕もそんな中の一人だと思う。
「へー。なんかいをりさんの友達とご近所さんだと思うと妙な気分ですね」
「ねー。ほんとに! ……。良かったら紹介しようか?」
紹介か。どうしようとコンマ一秒くらい考えた。そして「じゃあ、せっかくなんで」と答えた。
自分でもよく分からないけれど、その『友達』と会ってみたくなったのだ。いをりさんが運んできた縁。理由はそれだけで十分だ。




