菱沼浩之の場合9
焼き鳥とビール。あとはいをりさんが追加したもつ煮込み。そんな色味が地味すぎる料理が卓上に並んだ。見た目に反して味はかなり良い。
「ぷふぁー! このために生きてるって感じるよ」
「ですね」
いをりさんはオッサンみたいな感想を言うと上唇についたビールの泡を拭った。
「占コミの収益どうよ?」
「悪くないですね。先月はこれぐらいです」
僕はそう言いながらパーにした右手を掲げた。福沢諭吉ご一行様。人数にして五〇人。なかなかの収益だと思う。
「はぁーん。すごいじゃん。なかなかの高給取りだと思うよ」
「そうですね……。同世代ではかなり良い方だとは思います。まぁ、きっちり税金払うのでかなり減りますけどね」
当たり前だけれど占い師は個人事業主なのだ。当然のように納税の義務が発生する。中には潜りでぼったくってる占い師もいるけれど、それはかなりリスキーだと思う。税務署は納税者を決して逃したりはしないのだ。追跡者のようにどこまでも追ってきて追徴課税を要求するだろう。
「そろそろ税理士頼めば? 君にとってリーダーはすっかり本業なんだしさ」
「ですねー。今んとこは簿記の知識だけでやれてますけど……。そろそろ限界かも」
「そうだよー。ただでさえ忙しいんだからさぁ。餅は餅屋だよ。税金は税理士に丸投げした方がいいよ」
そう話すいをりさんは妙に嬉しそうだった。まぁ当然だろう。二年前、彼女は『税務署が来るぐらい稼げたら良いね』と冷やかしていたのだ。その思いが叶いかけているのだから嬉しくないわけがない。
「いをりさんの方は? どうですか最近?」
「ん? ああ、相変わらずだよ。食うには困らないけど贅沢は出来ない。そんな感じ」
「本当に相変わらずですね……。いをりさんならもっと稼げそうなのに」
「まーねぇ。でも必死に働いて大金貯めても使い道無いからさ。ほら、私って服にも家にも金かけないじゃん?」
金が掛からない……。というのは半分本当で半分嘘だと思う。たしかに衣食住に関して彼女はそこまで贅沢しているわけではないだろう。服だってユニクロやguなんかのカジュアルブランドだし、彼女の家は控え目に言って安普請のボロアパートだ。食事だってこうして飲み屋に来たとき以外は質素だと思う。
でもそれ以上に彼女は散在している部分があるのだ。主に石とカードと化粧品。まぁ石とカードは仕事道具だからいいとして、彼女の化粧品への情熱は常軌を逸していると思う。(情熱=化粧の上手さってわけじゃないのが残念だけれど)
「将来とか不安じゃないんですか?」
僕は何の気なしにそんな質問を彼女にした。返答は……。まぁ予想通りというか、何というか……。
「まったく不安じゃない! てか前にも言ったけど不安だったらこんな商売してないよ。だって占い師なんて不安定だし胡散臭いし世間様から見たら怪しい宗教となんら変わんないと思うよ? それをやってる時点で不安なんてとっくの昔に捨ててきてるんだ」
「そうでしたね。愚問でした」
「そうだよー。愚問、愚問。人の心で商売するって決めた時点で不安なんて捨ててきたんだからさ」
いをりさんはそう言うとジョッキに残ったビールを飲み干した。
「菱沼くんもさぁ。リーダーなんて商売してるなら不安とかは置き去りにしたほうがいいよ? じゃないとあいつらの相手なんか務んないだからさ」
不安は捨て置け――。久しぶりに聞いたな。と僕は思った。彼女は僕なんて相手にならないくらいのクライアントと向き合ってきたのだ。そんな彼女の言葉だから吐き捨てるような汚い言葉でも不真摯だとは感じなかった。
おそらくこれは彼女の……。もっと言えばリーダーとしての処世術なのだ。クライアントに対する理解。共感ではなく理解が必要。という戒めだ。
共感することが悪いとは言わないけれどリーダーにとって共感性は邪魔になることがあるのだ。クライアントの中には共感を糸口にリーダーを食い荒らす奴もいる……。人の心を踏みにじって、ただただ自分の自尊心を埋めるだけの奴もいるのだ。まぁ……。そういった人間はほんの一握りだけれど――。
気がつくとテーブルの上の焼き鳥の皿が空になっていた。無意識に二人して四五本平らげたらしい。
「あー、旨かった旨かった。今日はご馳走様ぁ」
いをりさんは膨れた腹を擦ると人なつっこい笑顔を浮かべた。




