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12・回りだす歯車

 

 翌朝、芽亜めあは”銀の鴉”の飛空艇を後にした。芽亜の好みに合わせて料理を作ってくれた料理人のデクスターは芽亜が船を降りる事をひどく残念がっていて「また戻って来て下さいね?」と言いながらアップルパイを持たせてくれた。


「メアちゃん、荷物全部持って行かなくても良くないかい?日程の空きが長い時には飛空艇こっちに泊まるんでしょ?」

 昨夜遅くにアイカーと共に会合から戻って来ていたレンが困った様な笑顔で言う。

「ったく、強情なお姫様だなぁ。アイツの面倒見るこっちの身にもなれってんだよ。ただでさえメアメアうるせーのに」

 アイカーも憮然とした表情で文句を言っていた。


「ごめんなさい」

 荷物に関しては、芽亜の荷物はほとんどが衣類であり、どれも置いていけなかったのだ。芽亜は頭を下げながら、レンの後ろで不貞腐れているジェイドにチラリと目を向ける。今日の出発を認めさせるのに、随分骨を折った。出発を焦ったのには訳があり、勿論宿探しの心配もあったがカルナックへ行く前にネリとゆっくり話す時間も欲しかったからだ。


「ジェイドー、また明後日にね?闘技場の前で待ってるから」


「通信機は持ったか?朝と昼と夕方と夜に連絡入れるからちゃんと出ろよ。出なかったら即連れ戻すからな。後、シャワーや風呂の後は時間かけて身体拭けよ?お前昨日も適当にやってただろ。それから――」

「いやいやいや、ジェイドもう良いから」

 レンがお決まりの如く割って入り、ジェイドを制止する。


「ウチの母親みてぇ……」

 ボソリと呟きながら顔を見合わせ、肩を竦めるクリストルとサフィール兄弟は「護身用に」と細身の短剣をこっそりとくれた。サフィールが改造を施し、柄の根元に填まっている青い石を押すと刃が飛び出す仕様になっているソレを、芽亜は鞄の奥底にしっかり仕舞い込んだ。


「では、皆さんありがとうございました。さようならー」


 芽亜はヒラヒラと手を振り、”銀の鴉”のメンバーに見送られながら飛空艇を後にした。



 ********



「よし、じゃあ僕達は仕事だよ。侯爵家の警護にはアイカーとサフィール、他の選抜は任せる。近衛の武術指導はジェイドとカータレット。ここは二人でよろしく。セラエノには僕とクリストルにテトラ。ジェイドが抜けたら王都にはテトラを向かわせるから、こっちは多目に人数を連れて行こう」


 はいはい皆急いでー。レンの号令で三々五々持ち場に散って行くメンバーを見届けながら、レンはふと不安に襲われた。先程の芽亜の言葉。彼女は”さようなら”と言った。言い方としては軽い感じであったし、深い意味は無いのだと思う。

 実際デクスターと新作ケーキの試食の話などをしていたし、ただ単に”またね”を丁寧に言っただけなのだろう、彼女はジェイド以外には常に敬語だったから。

 妖精族とのハーフであるレンはこういうふとした違和感を非常に気にする傾向がある。

(いや、考え過ぎだな。ジェイドが朝から鬱陶しいからだ、きっと)


 妙な不安を振り払う様に頭を軽く左右に振り、レンはリーダーの顔に戻ると仲間の元へと向かった。



 ********



 芽亜は大きな鞄を2個も抱えたまま、ネリの占い屋に向かった。

 こんにちはー、ネリさーん?」


 大きな声で呼び掛けるも返事が無い。居ないのかな?

「ネリさーん……」

 名前を呼びながら、以前案内された奥の部屋に向かい、カーテンを開けた。


 ――ネリがテーブルに突っ伏して居眠りをしていた。手に、灰の入った小さな小瓶を握り締めている。

(この瓶は……)


 瓶を見ながら芽亜は思う。ネリさんは、どうしてパートナーさんを灰にしてしまったんだろう。

 嫌いになったのかな。でも、それならどうしてこんなに大切そうに”彼”の残滓を持ってるんだろう。考え込む芽亜の前で、ネリがうーん……と唸りながら、フラフラと起き上がった。


「あー誰?ごめんなさい、お客様?アハハ、すっかり寝ちゃって――」

「ネリさん、突然ごめんなさい。えっと芽亜です。以前お世話になった……」


 突如ネリがガバッと立ち上がり「あー!!メアちゃん!久しぶり!」と派手なリアクションで芽亜に抱き着いてきた。


「もー!どうして初戦の後来てくれなかったの?あ、連戦だったんだ、それはお疲れ様。で?今度は4日後?ふむふむ、それで会いに来てくれたのね。ん?その大きな荷物はどうしたの?」


 矢継ぎ早に喋るネリに圧倒されながらも、芽亜はある程度まで説明をした。ネリは「待って!お茶とお菓子用意しておくから!」言いながらと芽亜に”本日お休み”の札を手渡した。

 そして「これ表にかけたら上に来て」と言い残し一足先に二階へと駆け上がって行った。


 ◇


「あー、成程。転移酔いか。確かにそれならカルナックに宿借りた方が良いかもしれないわね」

 ネリは先日も振舞ってくれた独特の香りのあるお茶を淹れながら、「どうぞ」とスコーンの様な焼き菓子を出してくれた。芽亜もデクスターに貰ったアップルパイをネリに渡す。

「あ!アップルパイ!私大好きなんだ」

 ネリは嬉しそうにアップルパイをフォークで突き刺した。


「ねぇネリさん。ネリさんは決勝まで残ったんですよね?泊まる所どうしてたんですか」

 ネリに聞きたかった事の一つがこれだった。これからカルナックで宿探しをする上で、経験者の話を聞いておきたかった。


「あー、うん。パートナーが吸血鬼だったし、ずっとミランドラって街に居たの。通称”常闇とこやみの街”。吸血鬼族が多く住んでて、パートナーの生家が其処にあるの。闘技場のあるカルナックからは遠いけど、私は転移酔い無かったから」


 芽亜はチラ、と小瓶を見ながら、意を決して尋ねた。

「あの。ネリさんはどうして、その、パートナーさんを」

 灰にしたんですか。とはどうしても口に出せなかった。


 ネリは沈黙する。

「す、すいません、私……!」

 その様子を見て慌てる芽亜に向け、ネリはポツリと呟いた。

「ねぇ。メアちゃんはジェイドの事好き?」

「あ、えっと……」

 唐突な質問に芽亜はひどく戸惑う。


「それは、まぁ自分の好きな造形にした訳ですから。嫌いな訳は……」

「そうじゃないの。そうじゃなくて、例えば、この先ずっと一緒にいられるかどうかって事。”花と剣”で負けたらどうなるかは知っている?」


 知っているどころかそうならない為に芽亜は必死なのだ。


「元の世界には帰れず、この世界で暮らすしかないんですよね?」


 うん。とネリは頷いた。

「異世界に来た時点で、帰れない可能性は考えていた。家族の記憶から私の存在が無くなっている事も悲しかったけど、少なくとも家族を悲しませる事だけは無いんだと、そこだけは安心をした。ただ一つ耐えられなかったのがパートナー。私を愛している彼に、耐えられなかった。彼の事を造り物としか思ってなかったから」


 小瓶を握り締めながら寂しそうに笑うネリに芽亜はおずおずと言う。

「それは、間違ってないのでは?だって、実際に私達が造ったじゃないですか。ジェイドは私に好意を見せてくれますけど、それも自分が造った感情だと思うと、私も彼の想いを受け取れません……」

「それは違う!」

 いきなり大声を出すネリに、芽亜は驚きその顔を見た。黒と茶の、色の異なる瞳には涙が湛えられている。


「違うんだよメアちゃん。私達は確かに彼らを性格も含めて設定した。でも、台本を造った訳じゃないでしょ?”このタイミングでこの台詞を言う”様にした訳じゃないでしょ?私達は彼らの”基盤”を造っただけに過ぎなかったの。彼らの感情は、彼らだけのもの」


 だから、ジェイドは貴女に本当に恋をしているの。それは決して造られたものじゃない。

 私は手遅れになるまで、それに気付けなかった。


 ネリは顔を伏せたまま、大きく溜息を吐いた。

「……私の話は今日はここまで。貴女は賢い子だからきっと気付くはず」


 ――芽亜は酷く混乱していた。

 そんな話聞きたくなかった。だって、そうしたら私、彼を受け入れてしまいそうになる。

 ううん。それだけは駄目。私は私の存在を取り返さないといけないんだから。


 そんな芽亜の葛藤も知らず、「そうだ!」とネリが軽快な声を出す。

「メアちゃん、カルナックでの宿なんだけど、一つ紹介出来る所があるわよ?」

「え、何処ですか?」

「転移魔法使ったって事は郵便局行ったよね?そこから森側に歩いて行くと”エーベル”って紅茶屋があるの。ほら、今飲んでるお茶もスコーンもそこの。そのエーベルの2階に空き部屋があるんだよ。お店の主人は私の友人だから、格安で泊まれると思うよ」


 ネリは便箋と封筒を引き出しから取り出し、何やら書付を始めた。

「これ、紹介状ね。それと、友人の名前はウィーナ。空き部屋って言っても、私が訪ねて行った時に泊めて貰ったりするから綺麗にしてあるよ。結構広くてシャワーも付いてるし。近くに温泉もあるから湯船にも入れるわよ」


 ネリは書き終わった手紙を芽亜に「はい」と手渡した。

「私も友人に会いに時々カルナックへ行くの。その時は寄らせて貰うね?」



 ********



 芽亜は昼前にカルナックに到着したがそのまま駅のベンチに座っていた。

 宿泊先のエーベルに向かう前に、済ませておかないといけない事があったからだ。


 ――羽織っていたジャケットの上着から通信機の着信音が聞こえる。


「はぁい」

<メア、今何処にいる?一人で大丈夫か?やっぱり迎えに行ってやろうか?>

 もう、ジェイドったら過保護過ぎ。お父さんよりひどい。

「今、カルナックに着いた所。これからネリさんに紹介して貰った宿泊先に行くの」

<ネリ……?あの占い師の女か?>

「そう。あ、私もう行かなきゃ。お昼の連絡はこれで良いよね?じゃあねジェイド、お仕事頑張ってー」

<おい待て!メア!>


 まともに相手してると絶対に長くなるから。芽亜は通信機をオフにすると、さっさと目的地に向かって歩き始めた。


 ◇


「わー、可愛いお店!」

 紅茶屋”エーベル”は煉瓦造りのお洒落な外観で、お客が引っ切り無しに訪れている。

 芽亜もお客に紛れて店内に入り、キョロキョロ辺りを見回した。

「いらっしゃいませ」


 背後からかけられた可愛らしい声。芽亜は声の方を振り向いた。茶色の髪に琥珀色の瞳をした若い娘が此方を覗き込んでいる。


「あの、ウィーナさんいらっしゃいますか?私、芽亜と言います。ネリさんからの紹介を受けたんですが……」

「ネリの?あぁ、ウィーナは私。それで何か?」


 芽亜はネリから預かった紹介状を渡した。その場で開封して読み始めたウィーナから目を離し、店内に並べられている紅茶やお菓子類を眺める。どれも美味しそうで、何よりもとても良い香りが漂っていた。芽亜はお菓子に釘付けになっていた為に、手紙を読んだウィーナの驚愕の表情には気付かなかった。


(うーん、こんな美味しそうなお菓子の上に住んだりしたら絶対太っちゃいそうだなぁ)


 次に飛空艇に戻る時に、ここの紅茶とスコーンを買って行こう。デクスターさんが同じもの作ってくれるかもしれないし。


 ――ウィーナは複雑な表情をその顔に乗せたまま、物珍しそうに辺りを見回す芽亜をじっと見つめ、そして静かに目を伏せた。



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