11・嫉妬
控え室に戻った芽亜は隣に座るジェイドの様子をそっと窺った。
解毒薬を服用した後、ジェイドはコートを脱ぎシャツの前を開けさせ、夢から覚めた様な顔でボーッとしている。
「ジェイド?大丈夫?」
「……あぁ」
怠そうに返事をするジェイドに「待ってて、直ぐ戻って来るから」と言いタブレット片手に立ち上がった。急いで本部に行って来なければ。
「……俺も行く」
不機嫌に立ち上がろうとするジェイドを手で制止する。
「駄目。まだ具合良くないでしょ?私は大丈夫だから」
お願いだから言う事を聞いて。ジェイドの両肩を押して元通りに座らせる。そして身を翻そうとした瞬間、芽亜は強い力で後ろに引っ張られた。その勢いのまま、ジェイドの胸に倒れ込む。
「もう、ジェイド!」
芽亜は抗議の声を上げた。ジェイドはその頭に顎を乗せ、後ろから指先で目尻を優しくなぞるついでに唇を首筋に押し当てる。
「あぁ、少し傷になってるな。痛むか?」
先程自分が噛み続けていた場所を確認し、チロ、と伸ばした舌先で舐めた。
「ひゃうっ!」
飛び上がる芽亜を抱き締めて押さえつけると、軽々と体勢を入れ替えた。
押し倒された形になった芽亜は身体を強張らせ、必死にジェイドを押し返そうと試みるがその身体は微動だにしない。
「俺を連れて行かないと、襲うぞ」
温度の無い目で見つめられながら脅され、芽亜は渋々頷いた。
◇
今回は二度目だからか案内の仮面は居ないが、特に迷う事なく目的地に向かう。少し歩いた所で、ジェイドが急に顔を顰めた。
「薬品の匂いがするな」
「うん、この角曲がった所に医務室があるの。昨日も怪我した相手の人が治療してて――」
あ。もしかしてこれマズい展開になるんじゃ。
案の定、興味深そうに医務室を覗いたジェイドから素人の芽亜にすら感知出来る殺気が放たれる。
「あー、お姉さんにおじ……じゃなくてお兄さん!」
其処にいたのは包帯だらけのリカルド少年。彼はきちんと学習していた。賢い子である。ジェイドは足音荒く少年に近付き、その胸倉を掴み上げた。
「このクソガキが……!えげつない手を使いやがって!」
「ちょっとー、ボク怪我人なんだよ?それに勝敗がついた後で相手に暴力振るったらお姉さんが失格になっちゃうから、止めた方が良いと思うー」
これ見よがしにうるうると目を潤ませながら訴える少年に「死んだら暴力受けたかどうか証言なんて出来ねーよなぁ!」と怒鳴り散らす大人気ないジェイド。
(案外良いコンビかもしれない、この二人)
芽亜はため息を吐きながら、尚もギャアギャアと揉める二人を引き剥がし「お大事にー」とだけ言い医務室を後にした。
◇
正面に本部の扉が見えて来た。ガチャリ、と扉が開き中から一人の少女が現れる。リカルド少年のパートナー、確か「マリア」と呼ばれていたか。
敗戦後の手続きに来ていたのだろう少女は、芽亜達を見つけると「あ!」と言って走り寄って来た。
「医務室の前通ったよね?リカルド、何か迷惑かけなかった?」
「存在が迷惑だった」
即座に答えるジェイドの足を思い切り踏んで黙らせた。痛ぇ、と呟くジェイドを放置し芽亜は少女に向き直る。
「あの、私メアって言います。えっと、マリアさんでしたよね?」
「そっか、自己紹介してなかったね。アタシはマリアネラ」
マリアネラは快活な笑顔で手を出して来た。握手を求められていると知り、慌てて芽亜も手を伸ばす。
「アタシ達、リカルドの傷が治ったら彼の故郷のギーズベリーって所に行くの。良かったら遊びに来て。あの子、あんなだから友達いないみたいで」
「だろうな」
「ジェイド!」
じゃあまたねー、と笑いながらマリアネラは手を振り、医務室で待つリカルド少年の所に走って行った。
◇
芽亜は扉の前まで進み、ノックをした。予想に反して返事が無い。もう一度、今度は強めにノックする。
「……どーぞ」
中から聞こえた機嫌の悪そうな声に、芽亜は首を傾げる。
「失礼しまーす……」
室内には黄金仮面と銀仮面。何やら不穏な気配が漂っている気がする。
「あの、手続きに来たんですけどー・・」
「その前に。キミはちょっと出て行ってくれるかな」
黄金仮面がジェイドを指差す。「ここは”花”以外は入室どころか近付くのも禁止なんだよ」
「・・お前か。昨日メアの顔に触ったのは」
ジェイドは右耳をピクリと震わせ、前に進み出ようとする。
「うわぁー凄いね。堂々と無視して来たよ」
黄金仮面は苛々と、机を指でコツコツ叩く。其処には飄々とした何時もの姿は無く、芽亜は訳の分からない不安に駆られた。
思わずジェイドの腰に抱き着き「お願い、外で待ってて!直ぐに戻るから。ね?」
上目遣いで必死に訴える芽亜と黄金仮面を見比べ、ジェイドはフッと肩の力を抜いた。
「・・わかった。何かあったら直ぐ呼べよ」
芽亜の頭をポンと叩くと素早く顎を掬い上げ、頬を一舐めするとジェイドは大人しく出て行った。
◇
ゴードは内心、謎の不快感に苛まれていた。芽亜の頬をこれ見よがしに舐めて行ったあの男。
そして芽亜本人も困った顔はしているものの、全く嫌がる素振りを見せていない。
不快な気分のままに仮面を脱ぎ捨て、机に乱暴に放り投げると「メアちゃん。規則守ってくれないと失格にするよ?家に帰れなくなっても良いの?」と紅い髪を苛立たし気にかき上げた。
正直、芽亜は”本部にパートナーが入ってはいけない”と言う規則を確認していなかったのだが「申し訳ありません」と素直に頭を下げた。
ほら早く貸して、と忙しなく手を出すゴードに恐る恐るタブレットを手渡す。
「今回は逆転勝ちだからね、かなり高ポイントだよ。後、二回戦以降から賞金も出るから確認しといて。それにしてもキミって結構強かな子だよね。あの場面で媚毒に狂った男を誘惑するなんて。何処で覚えたの?前の世界でもそういう事してたの?キミ、年齢の割に考え方とか大人びたトコあるし、今までもそうやって色んな男に、」
「ゴード様!!」
銀仮面ことティリンガストの制止の声にゴードはハッと我に返った。
慌てて目の前を見ると、酷く傷付いた表情の少女が青褪めた顔で立っている。
「あ・・」
ごめん。そう口にする前に少女はタブレットを引ったくる様に取り返し「・・ありがとうございました」と呟くと俯いたまま、逃げる様に部屋を出て行った。
思わず伸ばした手を力無く降ろし、しょんぼりと項垂れる上司に「ゴード様。いたずらに人間を傷付けるのは良い行いとは言えません」とやんわり諫める。
何と言うわかりやすい上に子供じみた嫉妬だろうか。
それでも頑なに少女への恋心を認めないであろう上司をどう慰めたものか、ティリンガストは一人思案を続けていた。
********
ジェイドは扉の外で静かに待っていた。芽亜が心配だったが、万が一失格にされてしまっては彼女が国に帰れなくなってしまう。
(それにしても)
あの黄金仮面は説明会場に居た奴だった。奴を見た時に耳輪を付けた右耳が痛んだのは何故だろう。
それにコツコツ、と机を叩く音を聞いた途端、内なる敵意が急速に凪いでいくのがわかった。
奴は一体何者なのか。
考え込んでいる内に、扉が開き芽亜が姿を現した。心なしか顔色が悪い気がする。
「メア?」
そっと抱き寄せ、どうした、と目で問い掛ける。
「ん、何でもないの。今回は逆転勝ちしたから昨日よりポイント高かったんだ。でも、毎回こう上手く行くかなって不安になっちゃって」
そうか、と芽亜の手を引き歩きながら、ジェイドは少女をそっと見下ろした。恐らく原因はそれではないだろう。ジェイドの耳をもってしても内部の声は全く聞こえなかった。だが芽亜の身体に誰か触れた形跡は無い。しかしそれ以上は問い詰めるのを止めた。芽亜がどことなく落ち込んでいるように見えたからだ。
(仕方ない。話題を変えるか)
ジェイドは努めて明るく話しかけた。
「そう言えば、あのガキの故郷って言ってたギーズベリーはシルク製品が有名なんだよ。今度洋服買いに連れてってやろうか?」
「本当!?あ、でも、シルクなんて高いんじゃない?今回から賞金が出るらしいけど、無駄遣いは出来ないもん」
――芽亜は洋服や靴に並々ならぬ拘りを持っている。
洋服の話題には食いついてくると思った。ジェイドは芽亜に気付かれない様にホッと安堵の息を吐いた。
「いや、そんなでも無いよ。夜会用のドレスをオーダーで作った時も20万G程度だったらしいからな」
アイカーの妹が確かそう言ってた。
何という事の無い様に喋るジェイドに芽亜の眦が引き攣る。
「十分、高いじゃない!」
「別に大丈夫だよ。俺が買ってやるから」
「えー本当?じゃあ思いっ切り高い服買って貰っちゃおうかな?」
芽亜の機嫌が上向きになったのを横目で確認すると、ジェイドは小さく笑みを浮かべた。
◇
飛空艇に戻り、ゆっくりとシャワーを浴びた後、だらしないとは思ったが裸のままでベッドにゴロリと寝転がる。仰向けに寝そべったまま、タブレットを起動する。次の日程は4日後。
ルードルートに戻るか近場で宿泊するか迷ったが、結局一度飛空艇に戻って来る事にした。
賞金を確認する。しめて12万Gの入金があった。
これなら、このお金でカルナックに宿を借りた方が効率が良い気がする。ジェイドは転移魔法で移動出来るからこのまま飛空艇に残って貰って大丈夫だろう。
芽亜はそれを伝えようと、部屋着にしているワンピースを急いで着るとジェイドの元へと向かった。
◇
「駄目に決まってるだろ」
ジェイドの取り付く島もない態度に芽亜はむくれた。
「だって、日程がバラバラなんだもの!万が一連戦が続いたらどうするの?列車で移動するのだって疲れるし……」
「転移魔法に慣れろ」
「無理!」
食堂で揉める二人に、他のメンバーはやれやれと言った様子で顔を見合わせている。
いつも真っ先に割って入るレンや、妹と重ねて見ているのか芽亜に甘いアイカーの両名は会合で留守にしている。
「じゃあ日程が6日以上空いた時には帰って来るから。勿論ルードルートに飛空艇が停泊してる時だったらね?お仕事でどこか遠くに行く事だってあるでしょ?って言うかもう1週間停泊してるし、そろそろお仕事入ってるんじゃないの?」
「入ってますよ。王都でクラーリッツ侯爵家の警護、同じく王都で近衛隊に武術指導、ちょっと遠出の仕事でセラエノ聖教国で暴徒の鎮圧に手を貸す。とザッとこんな感じですね。正直ジェイド、貴方がいないのは痛いです。ここはメアさんの言う通りにしたらどうでしょうか」
紫髪の豹型獣人、テトラが丁寧に説明をしてくれた。仕事を持ち出されると弱いのか、ジェイドが微かに眉根を寄せる。
「ねぇジェイド。私とは待ち合わせすれば良いじゃない」
何だかデートみたいでしょ?と耳元で小さく囁く。
「なっ、何言って」
ジェイドは真っ赤になって怒りながら、パタパタと尻尾を振っていた。
「じゃあ私、これから荷物まとめて明日の朝一番でカルナックに行くね。泊まる所探さないといけないし、お金も取りに行かないといけないから」
芽亜は軽やかに身を翻し、全員に向かって丁寧に頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございました。レンさんとアイカーさんには後日お礼に伺いますね。それでは一先ず失礼致します!」
「お、おいメア!次は4日後だろ?なら明日はまだここに居ても……!」
オロオロと芽亜の後を追って食堂を出て行くジェイドを呆気にとられた顔で見ていた”銀の鴉”の面々。
「……まるで大型犬ですね」
ボソリと呟くテトラの言葉に、その場に居た全員が大きく頷いた。




