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10・思わぬ苦戦

 

「大丈夫ですかー?」


 コンコン、と個室の扉を叩く音。

 それに応える事も出来ないまま、芽亜はトイレの中でグッタリとしていた。酔い止めを飲んだにも関わらず、ルードルートの郵便局内にある転移室に姿を現した瞬間、芽亜は口元を押さえ近くのトイレに転がり込み、盛大に嘔吐する羽目になった。頭の中がまだグルグルと回る。

 そう言えば、初戦の相手ラヴィニアも何だか顔色が悪かった。緊張のせいかと思っていたが、ひょっとしてアレもコレのせいだったのでは。


「お客様ー?」

 気づかわし気な女性局員の声に「はい……」と何とか声を出し、芽亜はゆっくりと立ち上がった。

 先程よりは、楽になった気がする。ヨロヨロと個室から出ると、心配そうな顔の女性局員が立っていた。


「すいません……」

「お客様、医務室へご案内致しましょうか?転移酔いはよくある事ですから少し休まれては如何でしょう?」

「いえ、大丈夫です……。ありがとうございました」


 あまり悠長にしてもいられない。もう転移魔法陣を使うのは嫌だ。芽亜は丁寧にお礼を言い、表で待っているジェイドの元へと向かった。


 ◇


 飛空艇に戻り、シャワーを浴びるとすっかり気分は良くなった。

 今回の事を踏まえ1泊分の着替えを用意して鞄に詰めていると、ジェイドがズカズカと部屋に入って来た。



「メア、もう大丈夫か?」

「うん、もう平気……ってちょっと!ノックもしないで入って来ないでよ!」


 また鍵かけるの忘れてた!家に居た時には部屋に鍵かける習慣なんて無かったから。慌てながらも素早く室内を見渡す。マズい。ベッド脇に下着を脱ぎ散らかしたままだ。

 芽亜は鞄を脇に置きに行く風を装いながら、さりげなくベッド下に下着を蹴り入れて隠した。


「何でだよ。ちゃんとお前が服着た音聞いてから入って来たんだから、別に良いだろ」

「……服を着た音を、聞いた?」

「それよりお前、シャワー出てからちゃんと身体拭いたのか?タオルが擦れる音がいつもより短かかっ……痛っ!」


 芽亜はヒールを全力でジェイドの頭部に投げつけ、渾身の力で叫んだ。


「出てって――――!!」



 ********



 翌朝。芽亜とジェイドは蒸気列車の中に居た。


「転移使えばギリギリまで寝てられるのに」とブツブツ言っていたジェイドは、腕組みをしたまま熟睡をしている。芽亜はタブレットを開き、ジェイドのステータス画面を開いた。

 どのパラメータを上げておくべきだろうか。

 私達は初戦だったけど、相手は2回目だった。今回も相手が場数を踏んでいる可能性がある。

 少し考え、芽亜は600Pを消費し、魔防を2上げた。次に耐性の付与に取り掛かる。


『眠り』『麻痺』『石化』は初期の耐性なら付いている。まだ何とかなるだろう。

『毒』に対しては腐食毒の耐性は最高ランクのものを既に付けているが出血毒はまだ付けていない。

 後は媚毒の耐性もまだ無い。言わば魅了の効果のある毒だけど、ゲーム内でもこれを使われた事は一度も無かった。


「今回は出血毒耐性にしておこうかな?」


 芽亜は残り600Pを全て使い、ジェイドに出血毒の耐性を付けた。

 右手の小指の爪が淡く光り、出血毒耐性の紋様が薄っすら刻まれる。耐性ランクが上がると共に紋様は深く濃くなっていく。


(よし、これで良いか)


 事前準備を全て終えタブレットを閉じると、眠るジェイドにもたれかかり、芽亜はそっと目を瞑った。



 ********



 芽亜とジェイドは向かい側に立つ相手を見つめた。勝気そうな顔をした褐色肌のラテン系の少女。細かく編み込まれた長い髪には色彩豊かな飾りが幾つも付けられている。

 昨日のラヴィニアは西洋系の顔立ちだった。今更ながら、あの神は一体幾つの国から少女達を此方に連れ込んだのだろうか。


 少女の傍らに立つパートナーはその髪飾りに負けず劣らずの鮮やかさを誇る大きな翅と耳の下から伸びる長い触角を持つ、可愛らしい顔の昆虫族の少年。少女と並ぶとまるで姉と弟の様に見える。


「へぇ、蝶型か」


 珍しいな。面白そうに呟くジェイドとは裏腹に、芽亜は微かな不安に襲われた。

 昆虫族の中でも蝶型と蛾型は数多くの状態異常魔法を使いこなす。魔法だけでなく、その翅から放たれる鱗粉にも注意しなければならない。


「今回も魔法は使わない方が良いのか?」


 芽亜は悩む。昆虫族は火炎に弱い。勿論真っ先に耐性は付けているだろうがジェイドの魔力なら貫通する事すら可能な筈だ。万が一防がれてもかなりの大ダメージは与えられると思う。


(でも、やっと2回戦だし……)

 まだ手の内を見せるには、早い気がする。


「うん。出来れば使わないで」

「了解」


 ――ジェイドと蝶の少年が前に進み出る。


「よろしくー、狼のおじさん」

「誰がおじさんだ。ぶっ殺すぞガキ」


 ジェイドの大人気無い対応に「怖ーい」とクスクス笑う少年。


「リカルドくーん!頑張ってー!」


 観客席から女性陣の黄色い声が飛ぶ。ファンの娘達だろうか。5日後と翌日、といった日程の組み方から薄々察してはいたが、”花と剣”はペアによって対戦回数にどうやらバラつきがあるらしい。

 このペアがもし連日の日程を組まされていたとしたら、今回が6回戦目と言う可能性もある。

 何よりもファンが付く程だ。芽亜達よりも場数をこなしているのは間違いない。


「ジェイド!やっぱり、」


 魔法を使って。そう言おうとした瞬間、合図の火柱が消えた。ジェイドが矢の様な速さで飛び出して行く。


 ◇


 ジェイドはアーサー戦と同じく、開始直後に猛スピードで蝶の少年に迫った。

 右手の爪を一瞬で伸ばし、少年の腹部目がけて切りつける。翅を切り裂く手応えを感じたが、胴体には僅かに届いていない。舌打ちをしつつ、左の爪を間髪入れずに振り下ろす。少年の翅が切断され、地に落ちると同時に、場内から悲鳴が上がる。

 驚愕の表情をした少年の首元に爪を突き立てようとした瞬間、ジェイドは己の心臓が大きく脈打つのを感じた。


 ◇


 リカルド少年は全身にびっしょりと冷や汗を掻いていた。人狼の敏捷性が優れているのは知っている。だがこれは幾ら何でも早過ぎだろう。前々回の戦いで同じく人狼に当たったが、今回のこれは桁違いだ。


(マリアネラの言う通りにしておいて良かった)


 リカルド達は”花と剣”が始まってから、初戦で1日インターバルがあっただけで後は只管ひたすら連戦だった。戦いを繰り返す内に、パートナーの少女は片翅だけでも防御を強化しようと言い張った。しかし物理防御の低い蝶型の自分はそもそも、接近されたら終わりなのだ。

 防御を強化する事に意味があるとは到底思えなかったが、結局は少女に押し切られ、右翅に物理防御の最高ランクの紋様を入れた。


 それが功を奏した。

 前回の相手は爬虫類種の大蜥蜴型。長い鞭の様な尾の一撃は鋭い上に重たく、まともに喰らえば蝶の翅など散り散りになってしまう。


 警戒して距離を取っていたが、放った魔法を硬い鱗に阻まれ接近を許してしまった。横薙ぎに払われた尾の攻撃に、咄嗟に右翅で体を覆った。激しい衝撃と共にリカルドは後方の壁に叩き付けられたが、翅には傷一つ付いていなかった。


 ただ、今回はその極限まで防御を高めた翅を切り裂かれた。強度があったお陰で胴まで爪は届かなかったが、右翅は切り落とされてしまった。


(危なかった……!)


 リカルドは拳で滴り落ちる汗を拭い、深呼吸を繰り返した。

 後は切られた衝撃で飛び散った鱗粉に含まれている、”毒”が効いて来るのをゆっくりと待てば良い。


 ◇


(っ!?何だ?)

 ジェイドは突如として激しい動機に襲われ、堪えきれず胸を押さえて跪く。特に痛みは感じないが、徐々に身体に熱が籠って来ている気がする。


「おじさーん、大丈夫?ほら、お姉さんが心配してるよー?」


 少年の無邪気な声に、反射的に後ろを振り向き芽亜を見た。途端に全身の熱が増し、頭がボーッとして来るのが分かった。


(これは”媚毒”か……。クソッ!ガキの分際でこんな手使ってきやがって!!)


 ジェイドは込み上げる欲望のままにフラフラと芽亜に近寄り、「ど、どうしたの?」と困惑するその顔をベロリと舐め上げる。

「ひゃっ!?」


 思わず後退る芽亜の腰に手を回し、逃げられない様にガッチリ捕まえると今度は首筋に噛み付いた。

 場内から、先程リカルド少年が翅を落とされた時とは違った風なざわつきが沸き起こる。

 ジェイドは甘噛みを続けながら、空いた手を下方に持って行きスカートの裾から指を滑り込ませ、太腿をつ……となぞり始めた。


「や、やだジェイド!止めてってば!どうしちゃったの!?」


 手を押し留めようと必死にもがくが、男の身体はビクともしない。そこに少年の楽しそうな声が掛かる。


「あのね、“媚毒”って魅了と同じだって思ってる人が多いんだけど全然違うんだよ。まぁ全然って事も無いかもだけど、媚毒は正確には”媚薬毒”。つまり狼のおじさんは今、お姉さんにあーんな事やこーんな事したーい!……って気持ちで一杯になっちゃってる訳」


「お姉さん、早く降参した方が良いよ?こんなに大勢の人が見てる前で、恥ずかしい事されたくないでしょ?」


 少年は天使の様な可愛らしい顔でニッコリと微笑んでいた。

 芽亜は内心で歯噛みをした。まさか媚毒がこんな厄介な代物だったなんて。ゲームの時は「花」と「剣」は画面の中と外に分かれているから使い所が無かった。現実だとこういう事になるのか。


 ――ジェイドの荒い息が首筋にかかる。しつこく噛まれ続けているせいで、鎖骨の辺りにまで溢れた唾液が流れて来た。思わず首を逸らすと、此方を見ている少年と目が合う。その、瞳に宿っている感情を見て取り、芽亜は瞬時に思いついた作戦を実行した。


「……羨ましい?アナタとアナタの”お姉さん”じゃこんな事出来ないものね?」


 芽亜は必死でジェイドを押し返しながら、敢えて少年を煽った。彼の表情を見て、その秘めたる感情に賭けてみる事にした。


「は?何だよソレ」

 思った通り、不快そうな顔をした少年は苛立たし気に芽亜とジェイドに近づいて来た。


「リカルド、近付かないで!」

 パートナーの少女はリカルドを引き止める。

「平気だよマリア」

 少年は少女に優しく微笑み返しながら片手をポケットに突っ込んだ。

「お姉さん、解毒薬持ってる?媚毒ってあんまり重要視されてないから解毒薬も扱ってる所少ないんだよねー。降参してくれたら、ボクのあげるけど?」


 少年は尚も近付いて来る。芽亜は横目で少年との距離を測った。この距離なら確実に倒せる。

 芽亜はジェイドを押し返す腕を緩め、逆にギュッとしがみつく。そのまま耳元で「ねぇジェイド、こんな所じゃ嫌。メア、お部屋に戻りたい……」と甘い声で囁いた。

 ジェイドの動きが止まる。首筋から顔を上げると息を荒げたまま芽亜の頬を撫で、愛し気に見つめた。芽亜もジェイドをじっと見つめる。そして駄目押しにもう一言添えた。


「……だから。あの子を早くなんとかして?」


「しまっ……!」

 リカルドが己の失敗を悟った時には既に、自身の身体は斜めに切り裂かれた後だった。


 ◇


 リカルドは担架で運ばれながら芽亜に向かって薄紫の丸薬を放り投げた。

「お姉さん……それ解毒薬だから、おじさんにあげて……」


 芽亜は少年を倒した後も未だ、自分から離れないジェイドの口の中に強引に解毒薬を捻じ込んだ。


「ありがとう、リカルド君」

「ううん……」


 ――芽亜はこの場面で言うべきかちょっと悩んだが結局それを口にした。

「あのねリカルド君。こんな時に言うのも何だけど、ジェイド……彼はまだ23歳なの。それなら”おにいさん”じゃないかな?」


 リカルド少年はキョトンとした顔をする。

「その位の歳だろうなって思ってたよ……?でも、二十歳過ぎたら普通おじさんでしょ……?」


 何て手厳しい。芽亜はチラ、と少年のパートナーを見た。少女は氷の眼差しを少年に向けていた。「……リカルド。アタシは18歳だから、後2年で”おばさん”だね。そしたらお別れしなきゃ」


 そう冷たく言い放ち、プイッとそっぽを向いた。少年は弾かれた様に上体を上げ悲鳴を上げる。

「嫌だよマリア!マリア以外の女は二十歳になったらババアだけど、キミだけは違うんだ!」


 呆れた様に肩を竦め、さっさと歩いて行く少女。その後ろ姿に「マリア行かないでー!」と叫ぶリカルド少年の声が虚しく響き渡っていた。



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