それぞれの戦い(エーゼル) 35
エーゼル達が聖樹を祀る神殿へと差し掛かると、そこには撤退組の集団が神殿前に集まっていた。
(どうやら何かあったらしい。嫌な予感に限って的中するのだから不思議だ)
「何があった。状況を説明して欲しい」
捲し立てたい気持ちを抑えて、エーゼルは集団の前に移動して聞く。
「里の外壁の外が毒の沼と化していて外へ出られないのです」
エーゼルの質問に答えたのは婚約者であるペレサだ。
それを聞いたエーゼルは事態を正しく理解した。
外へ出られないから守りの固い神殿部へと集まって来た。
そういう事らしい。
確認の為に風の精霊を飛ばすと、里の全域を囲うように幅20m程の濁った泥沼が広がっているのが確認出来た。
(レイシィが動いていたか……どうにも行動を起こすのが遅かったようだ)
「若様、どうします?」
「どうするもこうするも作戦は中止するしかあるまい。逃がすべき者達が居る中では最期の手段としか使えん」
若い身空でありながら、エーゼルは世の中とは思ったように事が運ばないものだと理解しているエーゼルは当たり散らすでもなく淡々と状況を受け止めていた。
内心では舌打ちしていたが、それぐらいは仕方の無い事と言えた。
「さて、諸君。状況は想像以上に最悪なようだ」
『…………………………』
正面からぶつかっては勝てないから里諸共道連れにする策を取ったのだ。
それを理解していない戦闘員はいない。
「少しでも多くを生かすには時間が必要になる。それを覚悟して貰いたい。狩猟部、警備部の者達は引き続き我と共に迎撃に当たれ。神殿部の者達は騎士達の進行を阻害する為の障壁展開を頼みたい。他の者達は聖樹の幹を掘り進めて貰いたい」
「エーゼル、最後の指示はどういう事なんだい?」
エーゼルの意図を理解できていない者達の代表として里長が聞く。
「聖樹は強力な結界が張れる。聖樹の内側に入り込めれば、籠城も可能な筈だ。無理矢理急成長させて大きくなった聖樹には虚がある筈だ。そこを掘り進めてより多くの者達が入れるようにして欲しい」
エーゼルは混乱を避ける為に敢えて言わなかったが、ギリギリまで聖樹の内側に非戦闘員のエルフ達が入ったら当初の予定通り里諸共の自爆を決行する算段だ。
聖樹の内側であれば結界に守られて膨大な魔力の起爆の影響を受けない。
入り切れなかった者達については申し訳ないが切り捨てると決めた。
それがエーゼルの考え付いたより多くを生かす為の最善であった。
「分かった。そうするしかないようだね」
「ああ。その為の時間は稼ぐが、迅速に行動して欲しい」
いつまで持つかは全く保証できない事をエーゼルは言外に告げる。
エーゼル達の背後で作業に取り掛かる音が聞こえて来る。
「それにしてもあの騎士に連中やけに遅いですな」
「確かに。こちらとしては都合が良いが、何かあったのかもしれないな」
撤退組から事情を聞いている間に現れてもおかしくない筈なのだが、未だに騎士達の一団は姿を現していない。
その事実に対し妙だと感じさせられる。
騎士達の方は接着剤の影響で狭い道につっかえて足止めを喰らっていた。
その間に黒いオークとの戦闘を監視していた偵察員が合流して報告が行われていた。
「済まないが、もう一度頼む」
報告を聞いた部隊長は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえて言う。
「残してきた騎士達は全滅!黒いオークはエリクシルを所持している可能性が大です!!」
「聞き間違いでは無かったか。エリクシルと言ったが……本当なのか?」
懐疑的な思いが全面に出ている。
「断定はできませんが、アレは伝説に語られる至高の回復薬エリクシルかと思われます!」
「そのように判断した根拠を聞こう」
「文献にあった通りの濃縮された魔力により赤い輝きを放ち、重症を一瞬にして存在しなかったかのように消す。更に言えば腹に刺さったままになっていた剣が抜け落ちるという上級ポーションですら絶対に不可能と言える現象を目にしました。仮にアレがエリクシルでなかったとしても非常に高度な回復薬であることは間違いないでしょう」
嘘を言っている目では無いし、本人も戸惑いを感じている様子ではあるが正気みたいであった。
「……本当にエルクシルだとしたら。今追っているエルフ達全員よりも高値が付くぞ」
エルフを求めるのは比較的に資金に余裕のある者なら誰でも該当する。
商人、冒険者、貴族、高位の魔術士、娼館等、用途はそれぞれ違うにせよ需要は多い。
だが、エリクシルを求めるのはその殆どが王族若しくはそれに近しいだけの力を持つ大貴族となる。
あらゆる怪我や病を治すというだけでも常に病死や暗殺の危機を抱えている王侯貴族にとって喉から手が出る程に欲しい代物であるというのに、それに加えて絶頂であった頃の姿に若返らせるという効能まであるのだ。
求められない訳が無い。
求める人種が人種だけに価格が青天井なのだ。
そこに少し裕福なだけの人種が入り込める余地などない。




