表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
99/452



   *

   *

   *

  蓮水鏡

   *

   *

   *



――風がお前を()ぜても


  雨がお前を震わせても


  お前はお前


  ならば


  お前はいかようなときでも


  私の心をくめるはず


  さあ


  私は今、どのような景色を見たがっている?


  私に対するお前の気持ちが本物ならば


  見せられるはず――



「…君、だけだ! 君だけだ! 俺が血まみれで歩いて来ても、作ったカンザシを持っていても、何もしていなくても、変わらず目の前にやってきて、微笑んで抱き締めてくれるのは! 俺の周りはみんな、俺を恐がる! (あが)める! 期待する!


 …ごめん、さっき放れないと死ぬと言ったのは、嘘だ! 俺は…君に、こうしてもらえる度、生きていく力が湧く! やめないで…どうか、やめないでくれ! 俺の、もう、融かせない程に凍ってしまった心を、君の体で温めてくれ! 君のことを考えている時だけが、俺の、人間として残っている最後の美しい心の領域なんだ!」


 泣きながら(こう)()をきつく抱きしめた。



 煌。幼名(ようみょう)、『(めつ)』(中国漢字では『一』の下に『火』と書く。不吉な名前を幼児に付けることに因り、その子どもに凶事が及ばないようにするためである)、(あざな)は『煇元(きげん)』(『煇』は輝くと同じ意味、『元』は長男を示す)、北境国(ほっきょうこく)9代目国王。


 8代目南境王(なんきょうおう)(たん)の実父)に「願う通りの息子を作れるのであれば、北境(ほっきょう)の煌王ほど嫡男に欲しい男児はいない」と言わしめた、四境(しきょう)最強の男である。


 実母は王である父の正妃(皇后。皇后は『貴妃』、『徳妃』、『賢妃』、『淑妃』の4名で、各1名が定員。煌の母親は『貴妃』。後宮の中では女性にそれぞれ呼称と階級が付けられ、定員数も存在する。皇帝の相手を務めることが出来るのは、この内、上位121名まで)で、煌を産んだ直後に死亡した。先王である実父も煌が幼い頃(いくさ)で死亡した。


 先王は約2000人の美女を後宮に囲い、約30人の子を持ったが、皇后の子で嫡男だと王に認められ、先王が亡くなった後も皇后らの中で唯一の子であった煌は産まれながら王になるべく育てられた。


 臣下の者や国民からの期待は幼い頃から大きく、王となる前から英才教育を施され、煌も能力が高かったためか、全ての期待に応え、全てを頂点まで極め、臣下からも国民からも厚い信頼や尊敬、畏怖の念を集めた。


 しかし、その反面、期待を裏切ることに怯えてしまい、臣下の求める絶対的な王の姿、国民の求める負けることのない王の姿、に固執し、自分本来の姿を押し殺し、隠して生きることとなる。



 北境国は他の3国とは環境が全く異なる、言葉通りの『黄金郷』である。


 どうやってこの土地が成立しているのかは分からないが、山岳地帯以外の平地や盆地などの土地では金の混ざった大地に、ダイヤモンドの岩。その他の天然石も崖を削ったり湖のほとりに行けばいつでもゴロリとつまずく程に出て来る。植物の代わりに鉱物の結晶が生え、当てなく掘っても石油や石炭、天然ガスがなどの資源が出て来る。


 その他、鉱物資源と呼ばれる物には不自由をしたことのない国である。



 しかし、その分、『生物』と呼べる資源は少ない。


 植物はその鉱物で出来た土地に根付かず、高い山中の一部に土壌のある土地があるので、そこでいかにも貧相な木や草花が数種類、育っているだけである。


 動物もそのような土地では生きていくことが出来ず、次第に姿を消し、昆虫でさえ少ない。



 そのような中、野生馬だけはなぜかたくましくその土地で数を増やした。


 天敵となる肉食獣が少なかったこともあるが、北境国(ほっきょうこく)で生まれた馬は足も体も強く大きかった、ということが生き残れた主な理由である。常の生息域を北境国としつつも、連なる山を越え、他の国へ牧草を求めて通常の家畜馬の倍以上の長距離を走って移動できるためだ。北境の馬は1日に500キロは走れると言われているゆえんである(家畜馬の走った距離の内、残っている最長記録は1日約284キロ)。


 北境国の野生馬の中には1日1000キロを走る馬が時折おり、その馬は竜馬(りゅうめ)(優れて立派な馬)として珍重される。煌の捕らえた野生馬ポラリスもそのような竜馬である。加えて、滝を駆け上がって来たことや、後ろへ恐がらずに走れること、火を恐れないこともあり、速さや力に加え、跳躍力も賢さも兼ね備えている、竜馬中の竜馬である。



 北境の人人は必要なとき野生馬を捕まえ、食用の他、衣類にも利用し、運搬、軍用などの作業用にも使用した。馬は生活の一部ともいえる身近な動物となった。そのため、馬に関する技術や知識は子どもでも詳しい。



 現在南境国(なんきょうこく)で家畜化されている馬はこの北境国から移動してきた馬を捕え、南境国で飼育しやすいように改良したものである。しかし飼育しやすく改良したものの野生馬本来の力強さや速さは失われ、戦争でも北境国の馬の働きにはなかなか及ばなかった。ただし、南境国でも馬は人間の衣食住へ深く入り込んでおり、その知識、技術は北境国を越えている。



 だが、馬がいたとて、人が生きていくには、衣食住を行うために他にも大量の植物や動物が必要である。


 北境国では山岳地帯以外の土地で植物を育てるのは困難を極め、生き物も家畜化し飼育することはなかなか難しいことだった。


 険しい山岳地帯で死に物狂いで育てるか、他国から奪うことでしか生きられない。


 そのため、北境国の王は代代、生かしていても国の食糧を浪費するだけの人材であると判断した場合、容赦なく処刑した。


 子どもであれ、女性であれ、年よりであれ、分け隔てなく、命を奪った。


 そうでないとこの国では働かない者を養える程の食い扶持がない。


 それゆえ、北境国の国民は皆、自身を鍛え、何かに優れるようにし、何かに役立つ仕事をしている。


 役に立たなくなった者の中には国家のために殉死を願い、自殺する者もいた。


 (のう)が『命尽きるまで』を強調して言ったのは、不必要になった自身を殉死させることなく、不必要とされても役に立つことを探して生きれる所まで生きて国家のために尽くす、という意味を含んでいる。



 そのような厳しい国であるがゆえに、この国の国王は、国民が不満をつのらせて反乱や地域の分裂が起こり1つのまとまりとしての国が崩れ弱体化して他国に滅ぼされることを危惧して、国民の希望も尊敬も畏怖も一身に集める絶対的な存在でなくてはならなかった。


 王が弱いと国民の心が離れ、1つにまとめられない状況下では政治も戦争も上手くいかなくなるためである。



 歴代北境国国王の中、煌は最高の王であると称えられた。


 心の震えるような詩歌を8歳で作り、その同時期、武芸では大人も負け、馬を扱わせればどこまでも速く、遠くまで走らせる。


 そして…不要となった人物を慈悲なく処分することが出来、自身の兄弟姉妹でさえも必要がないと考えれば処断をし、今まで見たことも聞いたこともない残虐な方法で敵を蹴散らす。


 悲しい表情を見たことはなく、いつも不敵に笑っており、敵将の首でさえも、まるで魚を釣ったときのような雰囲気で持ち帰り、適当に床へ投げ捨てる。


 強くて恐ろしい王に、臣下は酔いしれ、国民は希望を抱き、誰もが期待した。



 だがその反面、煌はだんだんと1人でいる時間が長くなっていった。



 ある時、煌は、馬でどこまで遠くに行けるか試したくなり、国の関門をどんどん開けさせて真っすぐに馬を駆けさせた。


 色々思い悩み、1人切りで風を切って遠くまで行きたかった。


 それで、臣下の誰も、共にはしなかった。来る、と言った者は叱責し、待機を命じた。



 遠く、遠く…


 国境まで、煌は来ていた。


 国境警備の者が()めるのも聞かず、煌は国境の門まで開けさせて、外に出た。


 初めて来る山の中は、北境国とは少し雰囲気が違っていた。



 北境国の山々はどこも険しく木木も草花もあるとはいえ、少ない。


 しかし、煌が今出て来た場所は、降りて少し行くと見たことがないほど木木が揺れ、草花も高く生い茂っている。


 なだらかな場所もあり、小さな川もある。


 川に沿って少し歩くと、花畑に出た。


 一面の花畑に初めて出会った煌は、感激して馬を降りた。


 降りて数十歩、花畑の真ん中に人が寝転がっているのが見える。


 誰かと声をかけると、山菜を摘みに来た者だと、ノンビリとした声が返って来た。



 それまで煌はどの人物に対してからも恐れ多い、もったいない、といった態度を取られてきた。


 しかし、その時、彼は同格の扱いを受けた。


 近付いて見ると、自分と似た年齢の、女性のような顔立ちをした少年が山菜の入った籠の横で空を見上げていた。


 少年はニコリと笑って起き上がると、籠の中から竹で作った水筒を差し出す。


 何となく受け取った煌は、飲んでみる。


 すると、とても甘い、美味しい果実の飲み物が入っていた。


 北境国にこのような飲み物はないと思い、出身国を聞くと、その少年は西境国(さいきょうこく)だという。



 …名前は『(ゆう)』だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ