二三
「ダメだっ、俺に触ったら! 汚れるからっ! 折角綺麗なのに!」
煌はそう言って姫を怒ったが、姫は煌を放さなかった。
「ダメだ…頼む、放れてくれ! 俺は、もう、君を受け留められる程、清らかじゃない! 見ただろっ!? 見た目も、中身も、もう、血まみれなんだ! どこをどう刺せばいいか、それしか考えられない! 戻って来たからって、そんなに嬉しそうに抱き締めちゃダメだ! 君の緑の髪が俺の赤い血で真っ黒になっていくのは、俺が許せないんだよ! …これ以上そうしてたら、俺は俺を赦せないから、自分のノドを裂く! 俺に、自殺させたいならそうしててくれ! されたくないなら、今すぐに放れてくれっ! 汚れが染み込まないうちに! 頼む!」
それでも、姫は動かなかった。じっと、煌の胸に頬を当て、両手で腰をつかんで放さなかった。
煌が言葉にも、次の動きにも詰まっている時に…森から何かが駆け出して来た。
「煌さ…」
ドズッ…ぐあ…ぐおぉ…ゲフォッ…くぞぉ…呪っでやる……ぐふぅぅ……
「見るな紫瑛くんっ! 後ろを向いてくれっ!」
「ハイッ!」
…ドザァ……
私が「煌さん、後ろっ!」と言い切る前に、煌は振り向かずに腕の振りだけで後方へともう1本持っていた剣を投げた。伸ばされた右腕が姫の背中から半円を描くようにしなやかに動き、後方で止まった。その手の平の先に、森から出て来た、人らしき陰が見えた。あの瞬間、私には、その陰が煌の体と腕で隠れて見えなかった。その陰の状態を確認する前に、煌から後ろを向けと言われ、そうしたので、その陰がどうなっていたのかは分からない。…音的には、どこかに刺さった音だったと思う。ポラリスは動かなかった。このくらいの手合いの数なら心配することもないと思って動かなかったのだろう。
沈黙。風と、風が木木をなでで奏でる葉のカサカサとした音だけが、この場で唯一の音だった。
何度かカサカサとした音が流れた後、宮の壁の方向へ向いている私の背中へ、煌が泣き出しそうな声を当てて来た。
「嬌太保っ…あなたが、今の王宮内では西境王の代理で権限があるッ…頼む…この、王女を、…このっ、綺麗な、綺麗な、泣かない王女をっ…今だけ抱擁し返せるささやかな許可を俺に与えてくれっ…」
…誰が、断れるかね?
…誰が、止められるかね?
私は、後ろを向いていても声が煌へ届くように、大きな声でその切願に応答した。
「きょっ…許可しますっ!」
バサッ!
私の言葉を発してすぐに、服がかぶさる音がした。
私は、両手を祈るように結び、目を閉じた。本当は耳もふさぎたかったが、それではたぶん、逆に煌に気を遣わせてしまうと思い、やめた。…どうにか、私がいても、2人きりの状態にしてあげたかったのだよ。
風の音だけは変わらず、木の葉を奏でていた。




