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二二



 (こう)が私たちの元から走り去り、森の茂みの中へ入って行った、その刹那。


 とてつもない音が、森から響いて来た。



 ギャアァァァ!

   ザカザカザカッ


 キィンッ カンッ サジュッ

   ガァァァ…そっちだーッ! 頼むッ!


 グォあ!

   ザシィイィィッ


 ザザザザッ…

   きさっ…ギィィィアァァァァ!


 ダシッ ザグッ バキィッ

   ウアッッギャァ―――ァァッッ!


 ザガザガザガ… 



 人の声。絶叫。断末魔。


 木木のざわめき。高く鋭い金属音。鈍い切断音。



 煌の姿は見えないのに、森の奥で血みどろの戦闘が繰り広げられていることは、その音によって伝わって来た。音は耳だけに伝わるはずなのに、私の目にも肌にも、煌が見ているであろう光景が伝わって来た。


 私は恐ろしくなって、横で座られている姫の腰にしがみついた。何かをつかんでいないと、聞こえて来る音に引っ張られて、あっち(・・・)に無理矢理引きずり込まれて引き裂かれてしまう、そんな恐怖が耳から入って来た。



 ギャアァァァ……

   アニキィィィ! グワァッ!


 ザグゥッ…

   ウッ… グアァ…


 ザッ…ザッザッ…



 体が震えて仕方がなかった。耳をふさいでも、叫び声や剣の当たる音というのは手の平をすりぬける、ということをその時初めて知ったね。…君たちは良かったね、平和な時代に生まれ育って。私はその平和を築くために先に生まれて、名誉な気持ちになるよ。


 片手で耳をふさぎ片手で姫の腰をつかむ、震えの()まらない私を、姫は優しく抱きしめられた。いつの間にか泣いてしまっていた私の涙を綺麗な桃色のソデで拭いてくださり、その後は覆いかぶさるようにして抱き締めていてくださった。…それで私は、幾分か落ち着いていられた。



 どれくらい時間が過ぎただろう。


 姫の温かい体に包まれて、震えも収まって来た私は、姫の着物から香る石鹸と太陽の匂いに、少しだが照れ臭くなってきていた。


 ――(のう)さんからも煌さんからも、『太保(たいほ)』って呼ばれて、姫を守ってって、頼むって、言われたのに――そんな風に、後悔し始めた。逆に姫に守られてしまって、とても申し訳ない、恥ずかしい思いに駆られた。


 それで、姫の腰を放して、覆いかぶさってくださっている姫の体の下で、上半身を起こそうとモゾモゾ動いた。姫はおそらく、まだ出してはならないとお思いになられたのだろう、余計に私を強く抱きしめられた。これまで守られるということが少なかった私にとってとても嬉しく、ずっとこのまま姫に抱かれて甘えていたかったが、それでもその気持ちを切り捨てて、拒否の意を示さずにはいられなかった。


「姫様、僕もう大丈夫ですから。のいてください、僕、太保ですから。姫様を守るんです、能さんからも、煌さんからも、言われてるんです」


 そこまで言うと、姫はゆっくりと、私の上の体を退けてくださった。


「ごめんなさい、僕…ちゃんとします」


 涙の跡を慌てて自分のソデで拭いて、姫のお座りになられている前へ座り直した。


 そこへ…



 ガザッ…



 煌が、森から出て来た。


 刀を2本、片手に持っていて、こちらへたどり着くまでに、その1本は自身の(さや)に納めた。


 ポラリスはそれを見るとまた元の場所へ戻って座り、静かに目を閉じた。



 怪我をした様子も、疲れている様子もなく、いつも通りの歩みで近付いて来る煌を見て、私はホッとした。微笑みさえこぼれて、煌を出迎えようと立ち上がった時。



 私は気付いてしまった。



 煌はなぜ、あんなにも赤や茶色を好んで着ていたのか。


 煌の顔にも、腕にも、手にも、髪の毛にも、返り血が付いていた。それを彼は、着ている物で拭いていた。着物は、よく見ると顔や腕などよりもはるかに汚れていて、銹紅(シューホン)色(極濃い赤茶色)がそれを上手く誤魔化していた。



 そう。


 彼は、自身が血まみれになってもそれを見た周囲の人物が不安を覚えないように、あえて血の色や血が乾いたときの色に似た着物の色を着ていたのだ。



 自身の皮膚に着いた血液を拭い去った煌の瞳は、獲物を狩った後の興奮した鷹の目というより、生が終わってしまったと悟ったまな板の上に寝かされた魚の目のように見えた。


 私が見つめていることに気が付いた煌は、泣きそうな微笑みを私にくれた。


「…ごめんよ」


 ――何で謝るの?――そう煌へ返したかったが、私のノドはなぜか、動かなかった。


 そんな私の横を、太陽の香りがフワッと通り過ぎ…


 濃い赤茶色に、透けた緑と青が上塗りした。



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