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二一



「…ハァ。(ゆう)はこのまま女官(官職を得て王宮で使える女性。最高位は『内司(ないし)』。官職を得ていない、いわゆる奉公人は『宮女』)も置かないでいるつもりなのかな…()ーさん1人で着替えも髪も何もかもするの、きっと大変なんだろうと思うけど…そのへん、どうなの? 聞いてない? 紫瑛(しえい)くん」


 (こう)は特に真っ赤になることもなく姫の髪を櫛ですいていた。…いつもは気絶するくらいの距離なのに、こういうときはなぜか平気だったね。理由は未だによく分からないのだけれど。あれかねぇ、集中しているだとか、姫のご尊顔が見えていないから、などという理由からかねぇ? …まあ、話を続けようか。


「聞いてないですぅ…あんまり、宮殿に仕える人を増やしたくないみたいで…あっでも、姫様には歌陰(かいん)さんや歌陽(かよう)さんがいますからっ! 女性しか無理な相談だったらあのお2人が助けてくれますから! 官職は得ていませんけど、あの2人はほぼ姫様付きの『女官』ですよ! でも、きっと、姫様は女官じゃなくって『トモダチ』っていう方が好きですよね」


 すると姫は私の方へ向かってニコリッと微笑んだ。私は姫の気持ちをくんで発言できたことを誇らしく感じた。


「そっか。そうだね、夢ーさんはオトモダチがいいね。いいよ、俺がいるときは、俺が夢ーさんの女官代わりになってあげるから。服も選んで買って来てあげるし、装飾品も持って来てあげる。…入浴のことは流石にできないけど、ご飯作るのも手伝ってあげるし、掃除も手伝ってあげる。いつでも言ってほしいな。何せ、『ママ』って呼ばれてしまったからね、甘えてくれていいから…ハハハッ」


 煌がおもしろげに笑ったのを聞いて、姫は眉をハの字にして頬を(あか)く染めて、すねたような表情をしてチラリと後ろを振り向いた。


 …その表情を見て、煌も一瞬でポッと頬を赤く染めた。



 ……何だろうね、煌は…そんなに頻繁に顔色を赤くしたり戻したり…毎日鍛錬しているからその一環で出来るようになったんだろうか? 一種の特技だね。いや、悪いことじゃないよ。すごいと思ってね。



「か、か、かわいっ……な、ナニ? 俺、悪いコト、言った? どうしたのー」


 姫は私の方へ向き直ると、手話で、煌に伝えるべき内容を教えてくださった。


「え。にゃに? あっと、何? ごめん、呂律が…」


「『もうママって思わないもん』と言ってますよ?」


 私が教えると、煌は困ったようににフフッと笑い…


「…あ。ごめん、そっか、そうだね。えっと、どの髪飾り着ける? 選んでね」


 姫の髪を左右の上方2つに分けて一旦くくると、そこから三つ編みを編んでいった。


 姫はしばらく箱から出した全ての髪飾りを見ていたが、寂しそうな表情で見るのをおやめになった。私はそのことを、姫の三つ編みで精いっぱいの煌に伝えた。


「煌さん、姫様、どれも気に入らないみたい…」


 それを聞くと、煌は三つ編みをしていた手を止めて、姫の表情と散らばって置かれている髪飾りの群を順に見た。そうして、「あぁ!」と気付いた声を出して自身の後頭部を触った。


「あー! 鈴が欲しいんだね。夢ーさん。そうでしょ」


 その声を聞くと、姫は嬉しそうに2、3回うなずいて両手を祈るように組まれた。煌は片手で自身の両目ををふさぐようにして悩んでいる様子を見せながら答えた。


「うぅ。何で1動作1動作そんなカワユイッ…俺これ以上耐えられるかな…?


 うん。いいよ、鈴、付けてあげるね。


 でも…あれはねー。本当は違う目的の物だから。もうそろそろなくても良いんじゃない? 鈴に似た飾りを今度考えて作って来てあげるから」


 煌は立ち上がって荷物の中を確認し始めた。その間、優しく説得するように姫へ語り掛けていたが、それでも、姫は困った顔をされて(こうべ)を横に2回振られた。私は背を向けていてその状況を見られなかった煌へ、姫の動作を伝えることにし、そのついでに疑問に感じる気持ちを解消することにした。


「煌さん。姫様、首を横に2回振ってます。


 …姫様がいつも髪に着けている飾りの鈴って、本当はどんな目的の物なんですか? 猫用ですか?」


 煌は荷物の中から針金に通された大き目の銀色の鈴をいくつか持って姫の背後に正座をして座ると、私の方へ顔を向けて答えてくれた。姫は煌の姿を顔で追って、背後に座った後も、それまでしていた正座を崩して煌の方を見つめておられた。


「…これは、実は『狼避け』と言われてる鈴なんだ。山道を行くとき、これを鳴らして歩けば寄って来ないと言われている…まぁ迷信だよ。銀で作られててね。魔除けも兼ねて。


 …俺が夢ーさんと初めて会った時、夢ーさんは髪を結ってなくって。俺も、その場に何も、髪を結える物を持ってなくって。でも、何かで結った方がいいと思ってね。即席だけど、持って来てた、それと同じ狼除けの銀の鈴と、その鈴を留めている針金で簡易なカンザシを作って。それでどうにか結ってあげたんだけど…


 ね。だから、それは、オンナノコが髪に飾る用の物じゃないんだよ。飾っちゃいけないってこともないけどね」


「でも姫様は鈴の髪飾り、お気に入りでほぼ毎日着けてますけど…」


「…そーだねー、気に入っちゃったんだろうねー。俺も責任感じるよ、まるで卵から生まれた小鳥みたいだ、初めての物事を大切にするんだね…俺は嬉しいけど、複雑だよ…游は俺のしたこと、どう思ってるんだろう…」


 そう言って煌は、片手を額に当てて困った。私が姫を見ると、姫は少し照れたご様子で手話で語られた。


「…へー……『煌ちゃんが近くにいるような気がするの。游が、煌ちゃんは武術に優れた人だよって言ってたの。煌ちゃんと一緒にいるって思うから、1人になっちゃっても怖くないの。守ってもらえてるって思って。ちょっと遅くなっちゃって、暗い夜道を戻らなきゃならないときも、転んだらって怖い気持ち、しないの。フラつかず、まっすぐ歩けるの。だから、煌ちゃんの鈴、ちょうだい』だそうです。でも姫様、僕は煌さんも強いですけど游さ…」


 「んも強いですから、煌さんの鈴はやめて游さんの持ち物をもらってそれで何か作ってもらいましょうよ」までの長い言葉は、私には喋らせてもらえなかった。


「うっわあぁぁぁぁあッッッ! 何ソレッ! 何っ、ソレッ!? 何、今日は吉日!? ダメだ、今日は帰ったら即いつもの日記に書こう…記念日にしよう…俺だけの…! 帰りにイチゴのケーキ買わなきゃ…1人、暗い部屋でお祝いするんだ、『煌、おめでとう、毎日鍛えてたのと綺麗な物作る趣味が報われたねっ』会を1人でやるんだっ! ケーキ食べてる所を臣下にバレないように、1人で暗い部屋でやるんだ…フフフ…ああぁぁぁぁぁ幸せぇぇぇぇぇぇ!


 夢ーさん! どれでもいいから、選んで! どれでも今からこの鈴付けてあげる! これからも付けてあげる! ううん! もう、付いてる状態のを作って来てあげるっ! よろしくっ、よろっしく俺と一緒だと思ってください、お願いしまっすぅぅぅぅぅぅぅ!」


 煌はダッパァッと涙を流しながら、両腕をクロスさせて自身の腕をつかんで震えていたかと思うと、すぐに、土下座をするように正座のまま頭を下げた。私は煌が密かに日記を付けていることを知って、やっぱりきちんとした人だなぁと感心してたね。


 姫は最初困った顔をされて笑っておられたが、手元にある2つの髪飾りを煌にむけて差し出し、下げた煌の頭の上にソッと置かれた。赤い山茶花(さざんか)の花びらが紅玉(こうぎょく)(ルビー)で出来ていて、緑の葉も葉のように細工された孔雀石(くじゃくいし)で出来ていた。煌は両手で頭の上の髪飾りをつかむと、涙の渇き切らない顔で起き上がって、手早くだが丁寧に銀の鈴を組み込んだ。花と葉、赤と緑の間に、違和感のないように鈴は収まった。その山茶花の髪飾りをじっと見て、煌はホゥッとため息をついた。


「俺の国の首都の名前の一部だ。『サザンカ』…知ってて選んでくれたの? あぁ、何て運命深い…これは俺が君が赤い服を着て俺の横で立っていてくれたらいいなって想像しイヤあぁぁぁぁぁぁ! 今のは聞かなかったことにしてっ! ちょっと待って、もうすぐ結えるから、そうしたら着けてあげるね!」



 …赤い服…そうだね、煌はプロポーズまであともう1歩だったね。


 赤い色は王(桃源郷では皇帝と王を同視するので、皇帝に当てはまることは王にも当てはまる)が夏に着る色であると共に、人が『良き日』に着る色…節(お祭)の時とか、誕生日やお祝いの時とかね。そして…結婚式の時にも着る色だね。


 そう。


 煌はきっと、婚姻の儀式の際のことを思い描いていたんだろうね。


 …そう言えばいいのにね。


 少なくとも、良い雰囲気になったのにね。



 さて。


 煌が立ち上がって座っておられる姫の両左右の髪を三つ編みに編み上げ、片方の三つ編みの束を巻いて団子状にしていた時。急に、煌は腕を動かしながら表情を変えた。階段の下に座っていたポラリスも首を上げた。



 それまでの温かで楽しい煌の雰囲気は飛んでしまって、目つきは鋭く、何かを探っているような、そんな緊張した空気になった。


 煌は森の方向へゆっくりと背を向けるように体を移動させ、ブーツの端を階段の角に当て、手は姫の髪にあるものの視線のみ足元へ落とし、足場を確認した。そして…私と姫に向かって、小さい声で伝えてきた。



「すまん。ネズミだ。駆除して来る。


 (きょう)太保(たいほ)、王女を頼む」



 そう言ってしばしの沈黙の後、煌はいきなり、それまで着ていた外套を外し脱ぐと同時に階段を蹴って、森の方へ駆け出した。足音も聞こえない程の速さだった。ポラリスは立ち上がり、いつ呼ばれても走って行けるよう、煌の消えた方向を見詰めて少し前傾姿勢を取り、耳を立てていた。



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