二十
「わぁ!」
小箱の中には、色々と髪飾りや装飾品が入っていた。
姫は小箱を床に置くと宝物を見つけた冒険家のように嬉しそうに微笑み、私の顔を見られた。私も姫に対して微笑み返すと、姫は今度は小箱の中から、髪飾りを1つずつ手に取って眺められた。その姿を、煌は幸せそうに目を細めて見ていた。
「これも、いつもみたいに作って来たんですか?」
姫に1本のカンザシを渡されて細かい細工に感激した私が興奮気味に煌へ尋ねると、煌は少し照れたように答えてくれた。
「そう…」
煌は手先が器用でね。自身で腕輪や首飾り、果てにはカンザシや髪飾りまで作れていたんだよ。それも、とても細工が細かくて絶妙な色合いで、美しかった。本職も顔負けしたろうね。ただ、彼はその当時、そのような趣味を自国では決して見せたりしなかったから。当時、本当に、私たち友人間だけのヒミツだった。
「姫様、店にある髪飾りは絶対買おうとしませんもんね。煌さんのじゃないとダメですね」
そう伝えると、煌はもっと頬を赤くした。
「…俺も、夢ーさんのためにしか作ってなかったから。使ってもらえて嬉しいよ。もちろん、紫瑛くんやここの他のみんながもし欲しいって言てくれるなら喜んであげるけど」
そう煌が言うと、姫は少し残念そうな顔をなされて、カンザシを持った手を下げられた。
「あっ…! いや、その。夢ーさんが、その。他の人にあげないで欲しいんなら、その。そりゃあもう、君のためにしか、その。あ、あげないから。も、元々、き、君を、考えながら作ってた物で。あ、あの。色々、その、着てた服とか、思い出して…その。あっ、思い出すって言っても、そのっ…変な想像とかはしてなくてっ…いやっ、変な想像って、その、それは言葉のアヤでっ……」
少し足を開いて正座をしていた煌は、両ひざに固く握った拳を付けて湯気が出ている真っ赤になった顔を下に向けて必死に姫への返答と言い訳を繰り返していた。私はその姿を見てかわいいと感じてしまって、フフッと笑った。
クスクスッ…
私の声につられたのか、姫も少しお笑いになられた。
「ひ、酷いなぁ、俺はその、これでも必死なのに…き、嫌われたくなくて…」
そう言って、まだまだ赤い顔だが、さっきよりかは赤みの引いた煌は、その顔を上げて首を少しかしげて困ったように微笑んだ。姫はそれを見て私の方を向かれ、手話で「ちょっと通訳をお願い」とおっしゃられた。
「はい。煌さん、姫様の言葉を通訳しますね? 煌さん、姫様が煌さんの胸に文字を書いてたらときどき真っ赤になって気絶したみたいになって、そのあともう姫様の方へ向いてもくれなくなるじゃないですか?」
私の文句を聞いて、煌は自身の額に片手をつけて肩を落とし、ため息をつきつつ返答した。
「フゥ…それは…面目ない。うん、頼むよ。平気になりたいとは思うんだけど…長い付き合いなのに、どうもその、近すぎなのと、その、体に触られて…たまらなくなるというか…堪えられないというか…」
「はーい!」
『かわいい』という言葉を聞いて姫も少し頬を染められたが、すぐに元の楽しそうな表情に戻って、手話を始められた。しかし…この、第一声が、これまたよろしくなかった。煌を殺しかねない言葉だったんだよ。折角煌の顔色が元に戻ったのに、失敗したなぁ。私ももうちょっとオブラートに包んで言えば良かったんだがねえ。なにぶん、幼かったからねぇ。
「えーと。『私も煌ちゃん、かわいくて好き』ですって」
「ぐぉあっ!」
そう言って煌は正座のまま胸に両手を当てて前に上半身を倒した。――案外体柔らかいんだなぁ――と煌がもだえる姿に慣れていた私は冷静にただただ見ていてしまった。
「こ、殺す気か? 紫瑛くん…直訳はちょっと…」
「えっ…だって、どう表現したらいいんですか? 本当にそう言ってますもん」
それを聞くと煌はガバッと上半身を起こした。やはりこれも案の定だったが、首まで真っ赤に染まっていた。その赤さのまま、片手を額に置いて慌てた様子で煌はブツブツとつぶやき出した。
「う、うそ…ちょっと…ど、どうしたら…こんな、急展開があるとは…まだ交換日記が始まってもいない段階なのに、イキナリ、こ、交際を…? い、いや、こ、婚約、なのかな…? これは、段階としては、どうなの? アリなの? ゆ、游ちゃんに何て言おう…」
クスクスッ…
姫はその煌の姿を見て、今度は恥ずかし気に頬を赤く染めて、首を横に2、3度振りながら軽くお笑いになった。そして…
「あ。わーい! 姫様、『紫ーちゃんもかわいくて好き』って! 僕も姫様大好きですー」
煌の方から「フ―――――――…ッ…」と、深くて長くて…暗い、落胆した声の混ざった息が聞こえた。私が煌の方を見た時には、煌は色の戻った顔を横へ向け、目を閉じて拳を作った両手を両膝に乗せていた。その姿を目の前にして、顔の赤みがなくなった姫は煌へ、私を介して言葉を送った。
「えっと。『でも、みんなの中で1番何も考えないでゆっくり一緒にいられるのは煌ちゃんだけ。みんなかわいくて好きだけど、煌ちゃんだけはかわいいのと、そのままの私でいさせてくれて、みんなとちょっと違った『好き』。游に1番似てる』って言ってます」
私のその通訳を聞いて、煌は目を開け、また頬を…かすかにだが赤くして、ゆっくりと姫の方を向いた。鷹の黒い瞳はキラキラと輝いていたが、若干、寂しそうにも見えた。しかし、それでも今までと変わらず、熱い視線を姫に送っていたよ。男性らしい、燃えた瞳だった。
…坦は女性を口説くときは兎に角優しく、長く話し掛けて、長く見つめて微笑んで、口説いている時点では体をあまり触らないようにしているらしいんだけどね。煌は乱暴に口説くらしいね。…こんなことを君に話して良いのか分からないけれど。体を無理矢理引き寄せて「俺の物になれ」、といったような、言葉も端的で、瞬間的に燃えた瞳で見つめて、相手が肯定的な返事をするまで体を離さないような、そんな迫り方をするらしいね。
だけど、煌は、姫に対してはそんな迫り方を一切しなかったよ。先にも言った通り、姫の前では、煌は飾ろうとする自分を砕かれてしまうらしくて。本来の、純粋で、臆病で、可愛いらしい物や美しい物を愛する温かく子どもっぽい部分が出てしまうらしいね。おそらく、煌程の精神力の持ち主であれば、砕かれた後ももう1度仮面の自分を構築することは可能だったと思うがね。…したくなかったんだと思う。彼は、それが嬉しかったんだろう。本来の自分で、想う人と一緒にいることを望んだんだ…
それで。
煌は、かすかに赤みを差した頬のまま優しく微笑んで、姫へ尋ねた。
「…『何も考えないで』ってことは、君も、みんなの前で飾ることがあるの? 俺はいつも、君は自由な人だと思っていたけど。周りが君に注目しているのに無表情のときがあったり、裙(スカート)姿なのに足が見える程動いたり、人前でも游に飛び付いたり、俺に…何でもない時に近付いたり、触ったり、笑い掛けたり、喜んでくれたり…俺にも、させたり。王女として生きにくいと思うけど、俺はそこがステキだと思っていたんだけどな。いいと思うよ、もし、飾っていたんなら、それは、取り払って。飾る辛さは、俺は、十分知ってるから」
「えっと…『ありがとう、私は、ほぼ、何も考えてないの。貴方の思っている通り。でも、飾らなきゃいけないときがあって。私にも役割があるみたい。みんなから比べたら、とてもささいな役割。そうしないとみんなが悲しい顔するときがあるから、何でもない顔する、役割。泣かない、役割。まだ、今は、これくらいしか自分の役目を分かれないけど。…あなたの前なら泣ける。だから、気を遣わないでいられるの。いつ泣いても、貴方なら平気だもの。きっと、赦してくれる。慰めて、くれる』だそうです」
姫の手話を訳すため、私は姫の方を向いていて、それまでの煌の状態を確認していなかった。言葉を訳し終わった後、煌の方へ視線を向けて見ると、煌は目を見開いていて、段々と頬を染めていく所だった。下唇を少し噛んでいて、何かがこみあげて来るのを押さえている様子だった。話し始めたときにもその徐徐に濃くなっていく紅潮は止まらず、煌は頬を真っ赤にする経過をたどりながら話した。
「そうか…君は…俺と同じ思いをしてる時があるんだね。やっぱり王族だから。ごめんよ、色々言って。君が苦しい思いをしているのかと思って、自由にいてほしいと思って言ったことで。でも…その、嬉しいよ。飾っていたことがあって、嬉しい。…イケナイくらい、嬉しい。俺の気持ちを分かってもらえるなんて。前よりもっと、その…その……こうして平然と話しているのが、本当に奇跡なくらいだ……紫瑛くんがここにいてくれるおかげかな、ありがとう」
「え。僕ですか? 何でですか? あっ…えっと、『ねぇ、早く髪を結って、ママ、ううん、煌ちゃん』って」
クスクスッウフフッ!
「もー…『ママ』は! う。いや。あの。『煌ちゃん』の響きは、すごく、いい、ので。…そのままで。できれば、もっと呼んでほしいくらいで…あっ、でも、今はやめておいて! ちょっと堪えきれるかのボーダーラインにいるから、俺の精神。死ぬから。恥ずかしくて」
クスッ…
「…じゃ、『煌ちゃん』が結ってあげるから。紫瑛くん。ちょっと俺、夢ーさんの後ろに立っていい?」
「はい、どうぞー」
そうして、煌はたたんだ布から櫛や鏡、紐やピンを出して、姫の髪を結い出した。




