十九
「わぁっ! 綺麗! ありがとう、煌ちゃん!」
游さんの手元の箱には、綺麗な、黒の玉がたくさん詰められていた。色は全て同じ。どれも球で、大きさも同じ物が多いが、中には少し大きめの物、楕円形の物、金の飾り彫りがなされている大きな物も見られた。
「細工師にでも頼んで、自由につないでもらってくれ。色々入れておいたから」
「ありがとう! 大変だったね、こんなに綺麗な物。別にどんなのでも良かったのに。こんなに綺麗な物だと、集めてたら疑われたんじゃない? よく秘密に出来たね」
「ハッハッハ! 何でもないことさ、俺も冕(スダレのある冠)の旒(スダレ部分)を切ったんだ。それで次無くしたとき用に2セット持って来いって怒鳴ったんだよ。もしどうしたか聞かれたら妓女(遊女、芸妓)にでもやったって答えるから、気にしないで」
「アハハ! 煌ちゃんの臣下も大変だね。これは何ていう石なの?」
「全部天然の黒水晶(別名モリオン。魔除け、邪気払いの効果を持つ石の中では最強の物)だ。装飾を施す細工師も、浄化の儀式を行わせた道士も、最高の人物に頼んだ。心配はいらないよ。…游の国だから緑色が良かったと思うけど(西境国の国色は緑)、魔除けって意味で、他の国でも使われてるし…えーと…」
少し照れてその先を言わない煌を見て、游さんは笑いながらその心情を当ててみせた。
「アッハッハ! オーケイオーケイ! 煌ちゃんは俺と同じだから! オソロイが良かったんだね、分かった分かった! 嬉しいよー! 今度は大事にするね!」
それを聞くと煌は照れたまま片手で後頭部を掻いた。坦はまたため息をつきつつ煌へ言葉を発した。
「もー…だからやめろよ、その女子っぽいの」
「あ。そうだ、『女子』っていえば…」
坦の言葉を聞いて、煌はまた荷物の方へ振り返った。そして、いくつか物を取って布でまとめてくくり、片手で握ると…
「ん」
姫の方へ握った片手を突き出した。顔は姫とは反対の方向へ向けていて、表情は読み取れなかったが、おそらく赤くなっていることは間違いなかった。顔から湯気が出ているような気がした。
布の中身は、私には分かっていた。先程町で何人かの女性から、商品のお礼にともらった花だの、お菓子だのだった。
突然の贈り物に、姫は一瞬目を見開かれたが、少し頬に赤みを差して困ったような表情で微笑んだ。
煌の腕は重くもないだろうに小刻みに震えていて、姫が布を持つとすぐに手を放した。
姫が受け取った後も、煌は向こうを向いたままだった。
「キュー」
「煌ちゃん、小夢が『どうも』ってー」
姫の言葉を游さんが訳して、振り向かない煌に向かって教えた。
「…いや、その。俺からのじゃないから。町の人があげてって言ってたヤツだから」
煌と姫の2人のやり取りをムスッとした表情で見ている人物もいたが、游さんはそんなことを気にしない様子で立ち上がった。
「あっ、じゃー、俺、ちょっと抜けるね。また戻るよ。畑の邪魔になってる大きい石をどけるの手伝ってくれって言われてるんだ。帰らないで待っててくれる?」
それを聞いて、能も立ち上がった。
「すいません、御供させてください。その後で良いので、その周辺の畑の作付け計画を教えてください、もっと効率化できるかもしれませんので。それでは、あの。こ、『煌』。一旦失礼します…」
私はそれを聞くと慌てて立ち上がった。
「僕も行きますっ!」
目を輝かせて言う私に、能は首をゆっくり横に振った。
「調査は私だけで足りる。君には後で報告しよう。君は、お客人の相手をしてくれ。君は太保(王の話し相手、相談役)を兼任している。何かあったら君が王の代理として判断してほしい。
……
…紫瑛。いいかな? 『太保として』姫を守ってほしい。坦とは違うから、まさか私の危惧するようなことは起こるまいと思っているが。それでも、彼は危険だ。…いいかな? 見張ってくれ。くれぐれも。くれぐれも! くれっぐれも!! くれっっぐれもっ、2人っ切りに、しない、よ、う、に~…頼む」
妙に力を入れて依頼する能に、私は声では返事をせず、ゆっくり1回うなずくしか出来なかった。
私がうなずいた後すぐ坦も立ち上がり…
「俺ももうバイトの時間だから。行くよ。紫瑛…煌もまさか子どもの前で何か物騒なことを言うこともねぇだろうけど、見張っとけよ? 何か妙なコト言い出したら髪の毛引っ張ってやれ。あ。むしり取ってやってもいいから」
私の「子どもって言わないでください!」の言葉に「おーゴメンゴメン」と簡単に謝りながら、坦は庭に声を放った。
「ライラー! 一緒に来るー? 『ゴハン』くれるかもよー?」
すると、いつの間に仲良くなったのか、ポラリスは木の長い枝を咥えて後ろ向きに走っており、ライラはその枝にじゃれるように前足でひっかいたり腹を見せて転んだりして遊んでいた。坦の声に気付いたライラは慌てて坦の方へ走って行った。ポラリスもそれに付いて、持っていた木を捨てて走り寄って来た。坦は地面より高い位置にある宮の外回りの廊下の手すりから身を乗り出してライラの頭をなでると、ポラリスの首元辺りもチョリチョリと掻いた。
「うん。やっぱりいいな、ポラリス…フフッ、変な踊りさえなけりゃな、ハハッ! じゃ、煌、俺も行くから。戻って来てもいたら、また話そうぜ。今度はサシ飲みじゃなくって能も入れて飲み会やろう、その話でも。ライラ、行くぞ! 游さん、能も。先、行くよ」
坦がライラと一緒に走って消えると、ポラリスは煌の傍へ来て腰を下ろした。ポラリスが座るのを見た後、能は「参りましょうか」と游さんに話し掛けた。游さんは「うん」と言った後、煌の方へ顔だけを向けた。
「煌ちゃん。小夢、今朝から君を待ってたんだ、髪を結ってほしいって。煌ちゃんは髪結うの上手いもんね。お願いしていいかい?」
煌は折角元に戻った顔色をだんだんと赤くさせながら、無言でうなずいた。
「そっか、よろしくね。じゃ、能ちゃん、行こう」
「はい」
そうして私と煌と姫以外、その場から退場して行った。
煌は、少し引いてはいるが、まだ少し赤い顔で優しそうに姫へ向けて微笑んだ。
「えっと、ここでいいの?」
「みゃー!」
それに嬉しそうに答える姫を見て、煌は更に赤くなって視線を姫から外した。それから手すりの横にある荷物の中から、丁寧に折りたたまれ中に何かが入っている布の袋と、また白金の小箱を出した。しかし今度は、その小箱は美しい装飾が施されていた。金で描かれた枝に赤や緑や青の宝石で出来ている木の実。そこにまた金で繊細なタッチの小鳥が2羽描かれている。それを両手で持って姫の横…とは言っても、彼は姫との距離が近すぎると時折だが呼吸困難になっていたので…ひと1人分を空けたくらいの距離に正座をして座ると、また赤みの抜けない優しい笑顔で語り掛けた。
「…見る? 紫瑛くんも」
これまでになく幸せそうに微笑んでそっと箱を渡す煌に、姫も嬉しそうに微笑まれ、受け取られた。煌は姫が笑った瞬間を近くで見てしまって、今の頬の赤さに更に赤みが加わった。
私はこのゆったりとした優しい時間にいられることを嬉しく思いながら、姫の傍へ駆け寄って、自身の顔が姫の肩に当たる距離で座り、姫と一緒に小箱を覗き込んだ。




