十八
私が煌に駆け寄って彼の片手を頬を熱くして触っていると、煌はフフッと照れたような微笑みを私にくれた。そして、私の肩を反対側の片手で軽くたたいた後、その片手でポラリスの背から幾つか荷物を降ろした。ポラリスは煌が背中をポンッと叩くと私たちの前を通り過ぎて行った。私が触っていた片手はいつの間にか私の肩にあって、私を一緒に連れて、煌は游たちのいる外周りの廊下へ戻った。
「人気者だね」
煌が足を階段の2段目と4段目に置き、荷物の側面を手すりに付けて廊下へ置いた時、游さんは楽しそうの微笑んで煌に声を掛けた。煌はその返答に無言で嬉しそうに目を細めて微笑み、荷物をほどき始めた。
「みゃ~ミィっ!」
私が荷物の傍で中身をワクワクしながら待っていると、姫は階段と廊下の境まで走り寄り正座をなされると、1声、叫ばれた。
「アハハッ! 小夢にも人気だね」
游さんが楽しそうに笑いながらそう言うと、游さんの両隣にいる2名はそれが気に入らなかったようで…ハハハ!
「コイツはいつも違う物持って来るから面白がってるだけですよ! 俺とふざけ合ってるときの方がいい笑顔しますから!」
「私にはいつも町や村を歩いている際の姫君の表情と変わりないように見えましたが」
その後、しばし考え、能は眉間に皺を1本刻みながら言葉を続けた。
「…しかし、先程から、その。姫の発声する声が同じですね。何か意味があるのですか?」
游さんはその疑問に表情を変えることなく答えた…
「『ママ』って言ってるよー」
ゴフォッ!
案の定、煌は…可哀想に、盛大に吐くような息を1つした後、階段に青い顔をしてうずくまった。
「あーっはっはっはっは! いやぁ、夢ーちゃんは全く! 純粋だなぁっ! 良かったなぁ、煌っ! 良いご身分で! アーッハッハッハッハ!」
「……クフッ……あ…いえ、スイマセン、何でも……フフ……」
坦は笑うとは思っていたが、まさかあの生真面目人間の[[rb:能 > のう]]まで吹くように笑うとは思っていなかったので、私は驚くと同時に煌をかばった。
「もうっ! 笑いすぎですっ! 姫様も! 男の人なんです、『ママ』は可哀そうですよ!」
煌は怒る私に片手を上げて静止させた。そして涙目でまた、荷物をほどいて中身を整理し始めた。
「…ありがとうね、紫瑛くん。君くらいだよ、俺のことで夢ーちゃんを叱ってくれるの…あ~…長年ココに来てるけど、まさかそんな風に思ってたなんて…ホントねー、せめて、游の弟くらいに思ってくれたら嬉しいんだけど。年は一緒だけど、誕生日でいえば、ホラ、游の方が上だから…」
それを聞くと、游さんは姫の背中に向かって声を掛けた。
「そーなんだって。小夢、変えてあげてー」
「みっ!」
「じゃ、何で言うのかな?」
皆、注目したね。
「みゃーミィッ!」
「そうだね!」
「……」
「……」
「……」
「……」
…誰1人、何も言わなかったよ。
しばしの沈黙の後。
「あの。今度は何とおっしゃられたのですか?」
能が静かに、飲み物を飲んでいる游さんへ尋ねた。今度もまた、姫を除く全員が游さんへ注目した。
「ん。『煌ちゃん』だって。アレかな、俺が呼んでるからかな、すぐマネするから…それで良い? 煌ちゃん」
そう言って煌の方へ游さんが返答を願ったので、我々も煌の方へ目を向けた。
煌は目を見開いて真っ赤になっていたよ、アッハッハ!
そして、それを良く思わないのがいるのは、もう、君も知っているね? 彼は游さんへ悔しそうに心情を伝えたよ。
「え~…何かズルい~…ねぇ、游さん。僕も夢ーちゃんに特別な呼び方されたいですよ~」
すると…游さんが答えて言うには。
「ハハハッ、小夢は誰も特別な呼び方はしてないよ。…待ってね。小夢、こっち、向いてごらん?」
姫が游さんの方…必然的に、游さんの隣りにいる坦や能の方へも、向いた。
「小夢。この人はダレ?」
坦の肩をたたく。
「みゃーミィ」
「この人は?」
今度は能の肩。
「みゃーミィ」
「あっち向いてごらん?」
游さんが手の平を半回転させて、煌の方へ姫を向かす。
「荷物を持っている人は?」
「みゃーミィ」
その次、私も游さんの輝く黒い瞳に捕らえられて。
「その隣りの人は?」
「みゃーミィ」
そして最後に。
「じゃ、俺は?」
それを聞くや否や。
「キュキュッ! カロルルルルルル! ミューッミューッ!」
素早く游さんの方へと座り直り、頬を染めて両手を固くアゴの前に握った姫は、これまでにない高らかな軽い声で勢い良くお答えになった。
そうして、微笑んだ游さんは、我々を見渡してさわやかに答えた。
「ほらね。みんな一緒でしょ?」
…みんな、『游さんだけ違うじゃないか』のツッこんだ声を入れることもなく、ただただ格の違いに愕然としたね。
しかしそこで、何とか、1名。
「…ま、まぁ、その。どういう基準で夢ーさんのコトバが変化するのか分からないけど…そのうち、特別な呼び方をされるようになりたいかな…とにかく、『ママ』をやめてくれて良かった。
で。游。コレ」
煌は肩幅程の、普通の金よりも白く輝いている金色の金属の箱を持つと、階段の途中から游さんの方へ手を伸ばして渡した。
「ありがとう。見せてもらうね」
「一応、中に傷が付かないように布敷いといたけど…いや、秘密裏に持って来たから、箱も布も上等じゃなくて…それはごめん。白金(プラチナ)の箱しか手元になかったし、布なんか合成繊維だし。でもないよりマシだと思って…中、割れてないか確かめてくれないかな?」
謝る煌は申し訳なさそうな表情をして游さんを見た。私と坦は目を見開いて驚いた。
「おまっ…プラチナの箱が上等じゃないってどういう感覚だよ…どんだけ金持ってんだ……」
「スゴーイ! 僕、北境国に行ってみたいですー!」
游さんの周りの人物では、能だけが表情を崩さなかった。
「…えぇと、こ、『煌』…」
「ん? 何だ?」
「あ、あの……磁器の入れ物の方がまだ人に差し上げるには良かったのではと…ある程度強度もありますし、その白金の箱の中に布でも詰めて二重にして入れて持ってくれば衝撃も軽減するでしょうし…その…妓女(遊女、芸妓)への贈り物だとでもおっしゃってお取り寄せになって…これは一体どこで買った菓子折りの箱なんですか…」
「あぁ! そうか…! ありがとう、次からはそうするよ」
「お前らんトコ頭おかしいんじゃねーの? 何プラチナの箱菓子折りに使ってんだよ…」
煌と能の心の距離が少し近付いて、坦が静かにたしなめた後。游さんは箱を開けた。




