二十
獣に食い荒らされたような惨状だったよ。
彼の遺体の近くの机の上で、遺書が見つかった。ことの犯行を細かく書いてあったよ。
うん。
私は一応、読んだよ?
でも…もう、やめておこうか。
君には刺激が強過ぎる内容だから…
……
………
…そう、だ、ねぇ……じゃあ、なるべく怖くないように話そうか。
…まぁ、簡単に言うとだね、彼は、姫の体を探求したいために、他の生き物を対照として殺害したらしい。
孫 彰が、まだ東境国に住んでいた時。彼は本職である道士としての精神力を鍛えるため、眠龍山に修行に入った。山の中腹付近に着いた時。彼は、ある魅惑の風景を目にし、霊感を得た。らしい。
そう。
その時、丁度、端午節(旧5月5日、現代で言えば6月辺りに行われる祭。ヨモギを門に刺して魔除けを行ったり、河で竜の頭の形を付けた船の競争が行われたり、ちまきなどごちそうを食べたりする)で、西境国では竜子節(竜の子孫を祀る祭。端午節の起源と言われ、竜を拝み、祝い、供物を捧げ、水の力を称え豊作を願う祭)からの名残か、巫術の入った儀式も行われていた。その儀式で巫女役を務めるため、姫は龍胎湖を過ぎて少し登った所にある小さい滝と、滝から流れる川で沐浴(水で体を洗い清める行為)を行っていたらしい。
孫 彰は、そこで初めて西境国の玉と言われる女性を目に映してしまったらしい。先に来ていた修行者と間違い、近付いてしまったようだ。
人1人が入る程の幅で流れ落ちる滝に、そこから静かに流れる、足首までの深さの、浅い川。そこに姫はペタンと座っておられたらしい。緑から段段と青に変わっていく髪は、水に濡れて艶やかに光り、川の光を反射した瞳の奥では鈍く金色の瞳孔が輝き、肌はなまめかしい色に光って、それはもう、仙女がいるのかと思った程だったらしい。バシャリと音をたてて姫が肩に水を掛ける度、水に溶けていくかと思われる程、髪も肌も透き通るようにきらめいて、孫 彰は震えたらしい。
余りに驚愕しすぎてつい凝視してしまったが、ハッとして謝罪した後、ひざまずいて赦しを請い、頭を砂利に磨れるほど下げたようだ。その時、孫 彰はやっと西境国の王女だと気が付いたらしい。しかし姫はそこで叫びもしなければ慌てもせず、変わらない無表情のまま、沐浴を続けたらしかった。
…いやぁ、そういうトコロ、姫には昔からあったよ。…でもアレだね、下着を干してる所を見られるとなぜか怒るんだよね。…きっと、そのことは歌陰さんか歌陽さんが、見られたらいけないもんだ、怒れ、と根気強く教えたんだろうと思ってるよ。見ようとするヤカラが多くて困る、そこまで細かく護衛する時間ができない、と、私の前で愚痴っていたから。…それなら他のことも教えてあげてほしかったけれども。
あぁ、話を戻そうかね?
それで…それで、だね。
孫 彰は、自身が獣医師ということもあり、興味に抗えず、いけないとは思いつつ、姫が立ち去るまで頭を上げて体の全てを見てしまったらしい。そして、これ以上の完璧な生物がこの世に存在することはない、と悟ったらしい。その直後に…
この究極の生物の体内も究極の美しさなのか確認したい、いや、それが自分に与えらえた使命だ、中を見たい、何としても見たい…という思いに駆られたらしい。
究極生物の体内が他のどの生物の体内とも違う、ということを確かめるには、その、『他の生物の体内』を先に見ていなければならない、と思ったそうだ。その後、姫を追って西境国に入る前から、時間があれば色々な動物の体内を確認したそうだ。
西境国に入った後も、幾らか続けて。そうして、人間の体内も確認したくなって。1人の狩人の頭を殴って気絶させたそうだが、流石に、その頃はまだ、人間を殺すのに抵抗があったらしく。気絶させたまま転がしておいて、こっそり南境国から持って来ていた、生物に致命傷を与える目的で自身が改良した虎挟みを使ってショック死させたらしい。どうやって殺害したか、詳しくは言わないよ。君に教えるのは可哀そうだから。…まぁ、暴れないようにした人を虎挟みに当たるように落とした、とでも言っておこう…
しかして、人間の体内を見た孫 彰は、自分が究極生物かどうかを確かめる器に達したと考えたらしいね。そして、ここまで自身を高めたからには、この使命をもう誰も邪魔してはならない、邪魔する者は消えて良し、とも考えたようで…
…もう、人を殺傷する恐怖がなくなってしまったんだろうね。
私と坦を狙ったことについても細かく書かれていたよ。…やはり、能の言った通り、宿舎の窓から外に出て倉庫に入り、そこにあった弩(クロスボウ)を使用したらしい。私を射れば坦が出て来るとも思ったらしい。どうやら、私を坦の何かしらの大切な人だと思ったらしいね。愛弟子とでも思ったのだろうかね? 全く、不名誉なことだよ、ハッハッハ! そう、虎を恐れて逃げたことも書かれていたよ。
…あぁ、そうだそうだ。
順を追わなくっちゃね。
山から落ちたのは、やはりカムフラージュだったらしい。まだ西境国に来て日が浅かった彼は、こともあろうに、私が歩いている姿を見て、山から落ちようと思ったらしい。役人の私の前で山から落ちれば、カムフラージュのレベルも上がるだろうと。そう思ったらしい。…あと、小さい子どもを騙すこと程楽なものはない、とも書かれていたよ。…うん。良く分かったね。そうだよ、当時、それを読んだ私は憤慨した。遺書を破る勢いで怒ったもんだ。游さんが何とかなだめてくれたよ…いやぁ、役人なのに私情を混同して怒ってしまった、恥ずかしい思い出の1つだね……
襲われた話は失敗だったとも、書かれていたよ。まさか、虎が菜食主義だとは思わなかったらしくてね。そこから少しずつ自身を擁護するための行動計画を立てたらしい。
ライラを助けたことはしゃくに触ったらしい。菜食主義でさえなかったならばカムフラージュが上手くいったはずなのに、と。で、本当は、皆が見てさえいなければ見殺しにでもしようか、とも考えたらしいんだけど、ここで恩を売っておいた方が今後また疑われにくくなって動きやすくなる、と思って、嫌嫌ながらも助けたらしい。
…で…
…自分の崇高な行動への周りの無理解に絶望して自殺をしたらしい。
孫 彰は山の近くに家を構えていたから。野犬だか何だかにその死体を食い荒らされたようだよ? 因果応報だね。
…さぁ、これで一応、事件の解決は成されたよ。
犯人死亡、という残念な結果だけれども、これで国を揺るがす脅威はなくなったのだよ。
どうだったかね?
…ん?
……
………
…………アッハッハ!
そうかね、そうかね!
事件よりも、やはり君は、坦の虎退治の方がおもしろかったかね!
そうか、そうか。
…よしよし。
じゃあ、少しだけ、おまけを話してあげよう。
これも、一応、坦の虎退治の物語にはつきものの話だよ。親が子に、物に頼らず心で対話することの重要さ、努力や挑戦することの大切さ、相手を思いやることの素晴らしさ、なんかを教えるためのね。簡単には、『王が坦を褒めたたえた』という内容なんだけどね。これも聞いたことがあるだろう?
だけど、その話にまつわる、私たちの具体的な会話は聞いたことがないでしょ。
聞かせてあげよう。
さぁ、ストローのお茶をもう1杯、いかがかね?




