十九
その夜。
最後の報告会が行われた。
結論を言えば、孫 彰が一連の事件の犯人だった、ということだった。
…我々の会話は聞いておくかい?
そうか、じゃあ、話そうかな。
その日、月は明るく、雯月殿の装飾にある、月にかかる模様の雲(雯)も細かな所まで光り、映えていた。
私と坦は調査から帰って来てすぐに雯月殿へ入った。そこには能が足を組んで椅子に座り、玉座までの階段に座る游さんと静かに言葉を交わしていたよ。
「遅れましたか?」
そう問う坦に、游さんは首を横に振っった後、心配そうな表情をして私たちを迎えた。
「大丈夫だった? 襲われたりしなかった?」
「ハイッ!」
「ご安心を。攻撃はおろか、出会うことも、姿を見ることもありませんでした。…街中で調査ついでに孫 彰のことを聞いたら、どうやら、周囲にはまだ激しく動けないことを宿屋の部屋でアピールしているようです」
続けて坦は、報告を早々と開始した。
「ではこのまま、俺たちの報告を始めますね。
よろしいですか?
…はい。では…
まず、能に頼まれた、『ボールの切り口』。ビンゴですね! 鍛冶屋に見せたところ、これまでの小動物の腹を切り裂いた刃物と同一の物である、と証言してくれました」
私も少し、付け加えた報告をした。
「必要であれば、呼べばどこでも来て詳しく話してくれるそうです」
それを聞くと、游さんは静かにうなずいた。少し、悲しそうだった。
「そっか…」
能も坦に続いて報告した。
「蘇氏の宿屋にて、『宿屋の狩猟用の武器倉庫』と『窓枠』を調査しました。倉庫では、弩(クロズボウ)が2点使われた形跡があり、弩用の矢も十数本消えていました。孫 彰の泊まっていた部屋の『窓枠』には、通常、こんなところに付くはずのない、靴跡の汚れも確認しました。
そのまま、孫 彰の持ち家周辺で『身辺調査』や聞き込みを行ったところ、彼は山に修行に入っているらしいのですが、護身用と称しいつも武器を持って入って行く中、何故かメスも持って入っていたことが分かりました。
目撃者は近隣住民で、証言が必要であれば、呼び出しにいつでも応じるそうです」
「そう、かー……」
游さんは、瞳を閉じ、とても悲しそうな、辛そうな、表情をした。それから、ポツリポツリと、ゆっくり話し始めた。
「…東境国の知り合いに『孫 彰』という人物のことを聞いてみたんだけどね。彼は南境国から入国してきたらしいよ。それから…東境国でも野良犬や野良猫の惨殺死体が彰さんの居住区周辺でよく見つかっててね。近隣住民からの不安の声が大きいから、近々、付近で調査をしようとしてたみたい。
……苦しいね。
俺は、こんな……
何かの、事故だと思いたい。
もしくは、治る病気だと、思いたいよ。
…はぁっ……」
人が好きで、嫌うことが嫌な游さんは、心の底から悲しそうに言葉をつづった。
しかし…
「分かった。
明日の朝、彰さんに質問して…それで、もう…決断するよ。
みんな、ありがとう。
今夜はゆっくり休んで。
明日の、朝の辰時正初刻(午前8時)に、ここで待ち合わせしよう。
それで、みんなで蘇さんの宿屋へ行こうか。
俺はこれから公式の書類を作って、処分内容を考えるから。
これで解散して」
深いため息と共に、游さんは腕を組んで目を閉じた。
私たちは游さんの精神を心配しつつ、静かに解散したよ。
…あぁ。
姫はいらっしゃらなかったのかって?
…そうなんだ。
その日に限って姫は差し入れにいらっしゃらなかった。私は游さんに、雯月殿を出る直前に姫のことを聞いてみたよ。ライラのことで疲れているんだろう、と游さんは言っていたよ。それで、坦や能も、心配しつつ、游さんへ姫への労いの言葉の伝言を頼んで…そうして、游さんを残して、私は扉をゆっくりと閉めたよ。
それで…さあ、最終対決の、次の日。
私たちは時刻通りに雯月殿に集まって、孫 彰の養生している蘇さんの宿屋へ向かったんだ。
そりゃあねぇ!
私は、意気込んでいたよ。
人のお腹を裂いて。游さんをあんなに悲しませて。ライラまで!
犯人だと決定出来たら、即座にスネを蹴っ飛ばしてやろうと、前日に回し蹴りの練習をしていったくらいだよ、君!
宿屋に着くと、宿屋の皆さんはまだ早い時間なのに、朝食の用意や後片付けなどであわただしく動き回っていた。私たちは速足で歩く従業員の方に断りを入れて、孫さんの部屋に行くことを伝え、歩き出した。私は坦に背中や衿をひっぱられながら、部屋まで肩をいからせてズンズンと歩いた。
…ところがね…
「えっ?」
「あっ…」
「しまった! 勘付かれた!」
そう。
孫 彰は部屋にいなかったんだ。
慌てて蘇さんを探して聞いてみたよ。そうしたら…朝、朝食を持って行った頃にはもう影も形もなかったそうだった。治ったと思って、特に気にもかけなかったらしい。
坦は顔色を青くして、游さんへ指示を仰いだ。
「游さん! これは…先を越されました! どうしましょう!?」
それに、冷静に返答をしたのは能だった。
「落ち着け、坦。
…追跡してみよう」
「…そうか、それほど遠くへは行っていないはず…
…山か!
クソッ、この山が北境との国境の山だったら! そのまま北境国へ逃げてくれたかもしれないのに…国内にしか位置していない山だ…
この山で山狩りをしようか、この近所の人に、協力してもらって…」
「いや。
この事件を深く知らない近隣の住民にいきなり事情を説明すればパニックを引き起こす可能性がある。収集のつかない事態になって、もし、山ではなく付近に潜伏していただけだったら、逆に相手を逃げやすくしてしまう。
それに、一般人への危険も伴う。
相手は、君や紫瑛を襲う程、人を殺傷することに慣れてきている。
この国の一般人の人人は『戦闘』を知らん。怪我人が出る恐れがある。
ここで動ける人間は我々だけなんだ。何とか、我々に加えて最小限の…冷静な判断の出来る人数で包囲網を組みたい。
…そうだな。
坦はこの周辺を見張っていてくれ。
游さんは、冷静に話を聞いてくれて、それでいて、戦闘も出来る方の、人材を集めて欲しい。
紫瑛、君は私と、何か…逃亡先の情報を得られるよう、孫 彰の住まいへ向かおう。まさか、もう、自分の住居で潜伏するなどということはしまい。
手伝ってくれ。私の代わりに物を動かして欲しい」
「ハイッ!」
「分かった、見張っててやる」
「俺、金さん(腹を虎挟みで裂かれた人物)ちの周辺に行ってくるよ。あそこらの人は、話も良く分かってるし、狩人も何人か住んでるから」
能の話を聞くと、皆はそれぞれ返事をし、動き始めた。私は能に頼りにされたように感じて、誇らしく胸を張った。
「任せてくださいッ!」
「紫瑛、無理は、ダメだからな。
皆、気を付けてくれ。
坦、君昨日は狙われていたことを忘れずに!
游さんは、今の所、人を呼ぶだけに留めておいてください、動員した捕獲団には入らないように!」
「え~…そこは、許してくれないんだ…」
「当たり前です!
人を集めるのを頼むことですら、私の中では譲歩した依頼です!
ではお願いします!」
そうして私と能は、孫 彰の住んでいる家へと走った。
そして、そこで…
残念なことに、我々の探索も、調査も、終焉を迎えた。
「……!」
「……嘘っ…能さんっ! 何コレッ……」
「…紫瑛、君は見ない方がいい。
外へ…
そうだ、坦と游さんに、伝えて、連れて来てもらえないか?」
「はい…」
孫 彰は……
……自宅の中で肉の欠片となって発見された。




