七
さて。
能と坦の奇妙な鞘当てが終わった翌日。
坦は虎退治の準備を朝早くからしていたようで、私が起きた頃にはもう、彼の離宮の明かりはとうに点いていたよ。
しかし、それで、ここからすぐに虎退治の段に入るわけではないんだ。
実はね、みんな知らないんだが…もう1つ、事件があったんだよ。
それを、まずは教えてあげよう。
坦がまだ準備を整えているだろう時。
私は、游さんが被害者の奥さんの所へ、坦の虎退治が始まるまでにお葬式の手伝いを少しだけしに行く、というので付いて出て行くことにした。姫も一緒に行く、と言っていたしね。やっぱり、王族だけで歩いていく、という行動に不安があったし…当時虎について良く知らなかった私は、游さんたちが道で虎に襲われないか心配だった。
本当は坦が不安じゃないか、1人で怖い思いをしていないか、幼いながらに心配していたから、残っていたかったのだけどね。幼かった時、私は西境国の役人頭だという妙な責任感があったから。自国の王族の身の安全は役人だから最優先だと考えて、その結果の同行だった。
それでだ。
昨日の皆はもう、坦の指定した、退治をする場所…虎がいた、という山を出てすぐの開けた場所なんだがね、そこにいるかな、と、こう思って。
それでそちら側を通って奥さん家に行こうか、と言ってね。
山の方へ回って歩いていた時だ。
山の斜面を、うなりながら転がり落ちて来たモノがあった。
「ぅあぁぁ゛……!」
あぁいう瞬間、人間は視界の中の物を何なのか判別出来ないもんだね。
自身が逃げようとするか、近くにいる大切な人物を庇おうとするかして、何が襲って来たかは二の次になるんだねぇ…!
私たちの場合、游さんが私と姫様を右手と左手にそれぞれ抱えて、後ろへ飛び退いた形になった。
その状態を理解するまでにも、私はしばしかかった。
游さんは飛び退いた直後、膝をつくようにしゃがみ、それから私たちを自身の背後へ隠すように立たせ、自分も立ち上がった。そして落ちて来た物体へ警戒しながら近付いた。
游さんは物体へ近付くにつれ、速足になった。そうして、慌てた様子でしゃがみ、その物体を抱きかかえると、私たち…特に私へ向けて大きな声を掛けて来た。
「医師と薬師を! 俺は蘇さんの所へ行ってるから!」
「あ、は、はいッ!?」
驚いた私がすれ違い様に游さんのかかえるその物体を注意して見ると、それは道士の男性らしかった。
私には、見覚えがあった。
最近、この男性はこの国に住みたいと私の所へ住民票を書きに来ていた。前に居た国は東境国。私は最近の故郷がどうなっているのか、尋ねてみた。変わっておりませんよ、と笑って答える彼に、そうでしょうね、と答え返したことを覚えていた。
そして職業は『道士』と書かれていた。私は道士がこの国に来た理由を知りたかった。私はその当時あまり関わったことがなかったので、道士といえば、儀式やお祓い、葬祭関係の仕事などをしていた記憶だけだった。鬼(幽霊)を追い駆けてきたんですか、と幼い子どもらしい突拍子もない質問をした私に、彼は少し笑って、修行をしに来たんです、と言った。東境国は発展していて、中々自分を厳しい状況に追い込めないから、畑作業を手伝い、山や川で獣を追って、精神的にも肉体的にも強くなりたいからだ、とも言っていた。
そんな立派な心意気の男性が、山からいきなり転げ落ちて来た。何か、大変なことが起こる予感がした。




