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 タタタタ…


「何かお湯だけあった…やっぱり間に合わなかったんだなー…俺淹れたから、あんまし美味しくないかもしんね。ハイ!」


「え。何コレ」


「ストロー…え。こうした方がいいのかと思って……」


「……いや、間違ってないけど。お前、よく気が付いたなと思って」


「…俺も色々見て来たからなー…おーい、紫瑛(しえい)、お前、飲むぅ?」


 その声を聞いて、まだ気持ちが悪い私は、仰向けになったまま手を上げた。


「…しょーがねーなぁ…」


 近付く足音と、何かをコトッと置く音が耳元で聞こえた。ストローを私の口許まで傾けると、立ち上がり遠ざかっていく音も聞こえた。


 だんだん、ハッキリとは聞こえてきていた。デール(モンゴルの民族衣装)姿の(たん)は元より、(のう)(ゆう)さんを追いかけるのに必要だという理由で官僚の衣装に合わないブーツをはいている。どちらのブーツの音か分かるほどに、私の頭の揺れは止まってきていた。足音は坦の方だと認識できた。…まぁ、よく考えれば、体の影もなくお茶を置ける人物は坦しかいないがね。


「…えーと…俺、どこまで…あ。そうそう。お前、(あきら)めろよ。ちゃんと言え、『私は美青年で最高のアーティストたる坦様に敵いませんので諦めます』ってな」


「……あのなー……こんな不毛な会話、やめよう? な? あのー、こんなことを言うのも何だが、その…こればかりは私もどうしようもないから…」


「……ハーッ…」


「……あの。……ちょっと、紫瑛がそこにいるから…ボカシボカシ言うが、真っ向勝負をするから。…いや、その…私はちょっと…自分で言うのも何だが、硬い考えをするところがあるから。たぶん…そういう勝負しか出来ないから、一応安心してていい」


「……ボカシ過ぎてて分かんねぇよ。あー、何? つまりぃ、無理矢理カンケイ持って自分のモンにするとかはしないってこと?」


「ちょ…あの、まあ、それで合ってる」


「……はあー…なら、まだ余裕あんな……焦ったー! 何せお前、来た日に抱き着かせただろ。手が早いのかと思って」


「だーッ…あのな! あれは游さんの指図だから。見てたなら分かるだろ?」


「いやお前。すっげぇ嬉しがってたから」


「……くっ………言うなよ」


「はー……俺も早く今以上の仲になっとかねぇと、また親父に違うトコ行かされるかもしんねぇからなー……会えなくなる前に、何とか良い方向へ決着をつけたいんだよなー…ハァー……」


「…そう言えば、お前、留学生の身分だっけ。父親に留学先を決められてしまうのか? 私はそんな裕福な家庭で育ってないから良く分からんが、そういうものなのか?」


「ヘッ!? フッ、フフッ、お前。何言ってんの? え? ハハッ! え。そいつ(紫瑛)から聞いたんじゃねーの? 俺のこと」


「え。『留学生』。『アルバイトで学校の先生と、楽器の講師』。『離宮に住んでる』」


「プッ! ……クハハハハッ! アーハッハッハッハ!


 おい紫瑛! お前っ、クハハッ、お、俺を、(かば)ったのか! ア――ハッハッ! あんなに俺に毎日いじられてんのに! 真面目なヤツだなぁっ! ハハハッ! ア――ッハッハッハ!」


「…え……」


「ハッハッハッハ! ……フフッ……フゥ………


 ……


 (のう)


 俺はな。『留学生』なんかじゃない。游さんがそう言ってるから、この国のモンがそう認識してるだけだ。


 そこの紫瑛は分かってたと思うぜ? 東境国(とうきょうこく)出身だからな。


 ……


 ………


 …いいか。


 俺はな。


 『人質』だよ。


 ここ西境国(さいきょうこく)と俺の国南境国(なんきょうこく)が戦争をしないためのな。


 游さんの叔母が俺の親父の大勢の嫁さんの内の1人になったんだよ。


 だから親父は代わりに俺を游さんにくれてやったのさ。…戦争はしないっていう約束を反故(ほご)にして、もし怒ったモンに殺されちまっても痛くも痒くもない、ヤワな人質として最っっ高の、この俺をな。


 もう何回も他の土地へ、行かされては連れ戻され、行かされては逃げ延びて。


 …この国が俺の移動人生の終わりになればいいのに!


 ……ハァッ………」


「……(たん)…?」


「……教えてやるよ。


 『坦』ってのは、標準語圏のヤツらの前で使う用の名前だ。文字通り、『平坦』とか『優しい』とか『緩やか』って意味のヘーボンな名前さ。


 …俺の本名は『ツェツェグボロル』。『花水晶』だ。


 8代目の南境王の息子だよ。


 (くらい)は兄弟中18番目だから、王位を継ぐ権利はカスほどもねぇけどな」


 私がやっとのことで体を起こした時、能と坦が王座に続く階段の2段目に並んで腰かけているのが見えた。能が目を閉じてゆっくり頭を下げようとするのを、坦が首を横に振りながら肩を持って無理に体勢を起こし上げ、そのまま能の肩に片腕を乗せてお茶を一息に飲んでいる最中だった。


 飲み終えると、坦は私にいつも見せる、イタズラっぽいキシッとした笑顔を能へ見せた。


「王子様扱いすんな。じゃないとそれっぽく振舞うぞ?」


 その言葉を聞いた、坦に肩を組まれた状態の能は、返事の代わりにフフッと諦めたように優しく笑っていた。



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