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「………」


 (のう)は呆気にとられて、声を出すことも、動くこともできなくなったようだった。


「……あ? 聞こえとんのか?」


「え……あ……」


「ハッキリ言わんかい! あぁん?」


 そこで能はやっと、半分正気を取り戻した。


 …無理もない。私も初めて(たん)のこの性格を知ったときは気絶をしかけたものだ。あの見た目と声で性格と口が悪いとは、誰が予想できるだろう。


 …まぁ、彼の真意を知った今では、何ともないし、坦も普通の話し方をしてくれるから。


「………な、南境(なんきょう)の方言は、ちょっと…聞き取りにくくて……も、もう1度」


 能は何とか言葉を絞り出した。信じられないので、もう1回、確認しようとしたのだろう。坦の言葉を。


「チッ! 使えんオトコや! これで丞相かいぃ!


 ……ハァァ……タクッ……


 …標準語で言ってやるよ。


 あのな、俺が姫を落とす予定だから、お前、邪魔なんだよ。他に女紹介してやるから、近付くな」


「は、はぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」


 そこで能は十割、正気に戻ったらしい。


「い、いや、そのっ…私が、何でっ……」


「そーだよ! 姫様は游さんのなの! やめてくださいっ!」


「……あーもうッ………!」


 坦はガックリと頭を下げ、腰に両手を当てて困っているらしい動きをしたあと、パッと私に飛び付き、抱きしめるように頭を抱くと、ワシャワシャッと私の頭を片手で乱暴にこすった。


「ヤァァァ! 髪! やめてくださいッ! 折角まとめたのにィィィ!」


「うるさいー! 大きいお兄ちゃんの話に、小さいコは入ってきちゃダメなんですぅー!!!」


 そう言って、私を肩ごと抱きしめるように持つと、坦は自身を中心にしてコマのように回った。遠心力で私の体は浮いて、私自身も頭がグラグラしてきた。


 頃合いを見計らって、坦は動きを止め、私をゆっくり下に降ろし、仰向けに転がした。


 私は目が回って動けなくなった。ただ、幸い、聞くことはできた。体を起こせなかったので2人の立ち位置や動作は分からなかったが…


「さてと。ややこしいのはこれでカタが着いたから…腹割って話そうぜ、『能ちゃん』」


「くおぅぅ…その、呼び方は、や、め、て、頂きたいぃぃぃぃ…!」


「あぁ。そう。俺にとっちゃどーでもいいんだけど。ま、じゃ、『能』。


 お前、こないだ見た感じ、惚れてるだろ」


「う、く、く……」


「俺、離宮から見ててよー。『あっ!ヤベェッ!』って思ったワケよ。同じ敷地内に2人もいちゃ、奪い合いになるじゃん。で、さ。お前、後から来たんだから、先にいる俺に譲れよ」


「ゆ、譲るも、何もッ……」


「あのなァァ…あのコは、ライバル多いんだよ、マジで。これでも俺はやっと、『ほぼ幼馴染』っていう地位でもってここまでやってきたんだ。いちお、游さんからの信頼も厚いしー。フッ! あとは既成事実だけかなーと思って時期を待ってるう、ち、にぃぃぃ…何だよ、お前が入り込んで来るって! 俺の立てた人生設計が! お前、責任とって身を引け! そうしたら何とかブレを修正できるんだ! アイツのウワサ流して、コイツの弱点ついて…」


「は、はぁぁぁぁぁ!?」


「腹割って話せ! まずお前、認めろよ! で、身を引け! 言っとくが、お前より俺の方が顔も才能も上だからな!」


「な、に、を……! 確かにお前は綺麗な顔も音楽の才能もあるかもしれんがっ! 地位まではっ! 地位までは同等とは言えんだろう! いくら游さんとはいえ、無職の留学生との結婚を許すとは思えんッ!」


「あっのっなぁぁぁ…俺は游さんの婿養子になる予定だオラァ! 職なんか関係ねーんだバカがぁぁ! んで俺の顔と才能を認めるんじゃなくて、てめェの気持ちを認めた上で敗北宣言しろっつってんのぉォォ! 早く言えよ、分かってんのかぁぁぁぁ!」


「はぁぁぁぁぁッッ!? もうここまで言い争ってるんだから認めたも同然だろうがぁぁぁぁ! 言わせるなぁぁぁぁぁ! アホがぁぁぁぁ!」


「そんなん知るかぁぁぁぁぁ! ハッキリ言った方がより敗北感デカいだろうがぁぁぁぁぁぁ! それでショック受けてトラウマになって手出しできんようになったらシメタもんだろうがぁぁぁぁぁぁぁ! 言えや、ごるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「そうだと思ったから言わないんだろうがぁぁぁぁぁぁ! お前も手の内見せすぎだろうがぁぁぁぁぁ! 私を排除したいのか、共闘してライバル蹴落としたいのかどっちだぁぁぁぁぁ!」


「ハァッハァッハァッ…そ、そうだな…ハァッハァッハァッ…」


「ハァッハァッハァッ……」


「………ハァッ……」


「………」


「………さっき夢ーちゃんが淹れかけてたお茶あったっけ…まだあったかな……飲む?」


「……えーっと。坦殿が取りに行くなら。私は紫瑛を見ててやらんと」


「うん。俺、行く。あ。『坦』でいいから。俺も『能』って呼ぶし」


「そうか」


「うん。じゃ、行って来る。逃げんなよ」


 タタタタ…


 遠ざかる足音が聞こえて来た。その次に、近付く足音が聞こえてきた。


 カツカツカツカツ…


「紫瑛、大丈夫か?」


「うぅ、う…ダメ、ですぅぅ……」


「ハァ……」


 私の横に、おそらく、能がしゃがんだ。


「………君が何かと口ごもって紹介しない理由が分かった。見た目とは違うものだな。しかし…」


 そこでフフッという笑い声が聞こえた。


 顔を見ておけば良かったと、今でも後悔しているよ。能は、あの時、一体どのような表情であんなに軽く笑ったのだろう…



「やはり良い音を出していたのは、良い人物だったよ。アイツ、ツッパッているがそう演じているだけだ。…『腕がないヤツが幸せにできるのか』と一言も言わなかった。私を対等に扱っている。……綺麗だ」



 静かに降ってきた能の言葉に反応できないほど、私はまだ、つぶれていた。



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