十
さぁ。
大変だよ、ここから少し。
物語が大きく揺らいでいくよ?
私たちが静かに2つの女王を見つめていると、廊下の角からアッケラカンとした声が響いて来た。
「やぁ!
あっ! 慧ちゃん! おかえり! 仰暁さんも。久しぶりぃ」
その声を聞いて、まず、1番に反応したのは慧だった。振り向いたと同時に、微笑んで游さんと対峙したよ。
「游さん! ただいま戻りました。お久しぶりです、壮健そうで何よりです!」
それに続いて、仰暁も…
「游くん。どうも」
姫に向けると同じ微笑みを游さんへ向けた。
「やー。
メンバーが全員そろってるねェ! じゃあもう、自己紹介は終わったのかな?
良かった、仲良くできてるみたいだね。
能ちゃんは慧ちゃんとは同じ理系分野出身だからね。きっと話も合うと思ってたんだ。ホント良かった」
ニコリとして言い放つ游さんに、慧は反論したそうな表情をしたが言葉は発しなかった。
と。そこへ。
游さんの後ろから聞いたことのない声が響いて来た。
「游サマ。ねぇ、見えない…」
それを聞くと游さんは慌てて振り向いて、場所を空けるように横へ動いた。
髪飾りによって頭の上で1つにまとめられた、美しい黒髪。
整った、優しそうで気品のある上品な顔立ち。薄く施された化粧。淡い桃色の頬と口紅。
ほっそりとした体形に、細い腰。
その体を荷花紅色(桃色)の生地に鸚鵡緑色(緑色)の葉っぱの柄の入ったエリぐりの広い女性用旗袍(清代の貴族女性が着ていたワンピース。チャイナドレスのエリをなくし、緩い腰回りにした状態)を着て、その下に乳白色のスネまでのパンツをはいていた。クツは汚れていたけれども、綺麗な装いに見えた。
姫とは違った、スレンダー美人、というのかね、美しい女性がそこにいたよ。
年齢は游さんや、私の周りにいる友人たちと変わらないように見えた。
「どなたですか?」
流石と言おうか、丞相の能は、王宮に初めて入って来た顔を警戒して質問を投げかけた。
その質問には、游さんが答えた。
「このコね、東境国から来たんだって。
こっちの国に住みたいらしくて。
眠龍山付近の国境で重たい荷物を持って立ち尽くしてたの見つけて、それで連れて来てあげたんだー。
前はやってなかったけど、ほらー、最近、紫ーちゃんが住民を記録してってるじゃない?
で、紫ーちゃんの部屋行ったんだけど、いなかったから。
きっとこっちだろーなーと思って。
昨日慧ちゃんたちが来るって言ってたような気がして」
よく見ると、游さんは片手で大きな荷物を持っていた。その荷物は彼の、持った手側の背中へ回されていた。大きな荷物なのに重たいそぶりも見せず、あまりにも平然としているから、私はその時、荷物のことに気が付くのが遅かった。
しかし、そのことよりも。
私には聞き捨てならない言葉を見つけ、ムッとしなくてはならなかった。
明日慧が来る、そう言ったはずだった。確実に。だから『言ってたような気が』する、なんて言われるなんて、とんでもなかった。
…これは言っておかないとね。
言っておいたよ。フフ。
「言いましたっ! きちんとっ! だからここにいてほしかったのにっ! 折角、…うー……慧様、が来るのに!」
クックッ…
フフン
私が背の高い友人の間を避けて游さんの目の前まで歩いて行き、キンキンとした声で怒った時。私の背後からは、いつもの気持ち悪い含み笑いの声と、冷ややかに鼻で笑う音が聞こえてきた。
その声に私が気をとられていると。游さんの横にいた女性が、私の前へズイッと出て来た。
「なぁに、この子。游サマは王様なんでしょ? 何で怒れるの?」
――游『サマ』って――珍しい言葉に、私は堪え切れなくなってクスリと笑ってしまった。
そのサマを見て、女性は更に怒ったようだった。
「どうして笑うの? 游サマ、ねぇ、この子は何? 何で王様の游サマに失礼なことできるの?」
「アッハッハ!」
何と、その直後、游さんまでおかしそうに笑った。
「やー! 紫ーちゃん、これはねー! …これは、っぃよっく分かるよ! アッハッハ!
ハッハッハッ!
いやぁー、ゴメンゴメン!
君の国じゃあオウサマがどういう扱いを受けているのか分からないけどね、西境じゃ、身分とか階級とかないんだよ。
だから俺はサマ付けで呼ばれてなくってねー。君も呼び捨てで良いから。
フフッ!
でも、ありがとうねー。
久しぶりに国の中でそんな風に呼ばれて、ちょっと偉くなった気分がしたよ。
君はイイコだねー!」
そう言って游さんは背後から手を伸ばして、女性の頭をなでた。
……
私は、反射的に庭の方を振り向いた。
…他の友人たちも振り向いていた。
視線の先は…
そぉう。
游さんのことがダイスキな…
姫だ。




