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 …と、そんな、『生物』それ自体に着目した動きのある中。


「『レーギーナ』…雌ですか。雌でここまで大きいとは…雄はもっと大きいのですか?」


 (のう)が驚きながら一言を放った。


「…ほぅ…


 『レーギーナ』から推察を?


 確かにそうです。この鳥は『彼女』でしてね。


 そして彼女らの種は雌の方が雄よりも1回り大きいのです。なので雄の方が小さいです。…とはいえ、雄でも90センチの体長ですが」


 それを聞いて、私は前方にいる能の背中へ恐々声をかけた。


「ど、どうして、レーギーナ様のことっ、分かったんですかっ? 女性だって…」


 私の声を聞いた能は、私の方へ少し顔を向けた。


「…『レーギーナ』はラテン語で『女王』だ、紫瑛(しえい)


 能の言葉で初めてこれまで(けい)が呼ぶ時に使っていた『レーギーナ』の名前の意味を知ったよ。



 ピッキョ、ピィィィィ…



 皆、その声に気が付いて視線をレーギーナから一旦外して、声のした方へ目をやった。


 レーギーナの止まっている手すりの下、レーギーナの尾羽の下辺りに、姫が立っておられた。声は姫のお声らしかった。いつの間に階段を下りられたのだろう。その時は全く気が付かなかったよ。それくらい私は怖がっていたのだろうね。


「ピィィ。ピッキョ、ピィィ」


 姫のその声を聞いたレーギーナはそれまで食していた肉をくわえると、足を器用に組み替えて姫の方へ体の向きを変えた。そして羽を少しだけ広げ、手すりから落ちる様に姫の前へ降りた。


 その動きを見た慧は急いで、それまでレーギーナがいた手すりに身を乗り出した。


「あっ! ()ーさん、怖がらないで大丈夫です! レーギーナは私が指示しなければ人間を襲いません!」


「…指示すれば襲うのかよ…」


 ( たん)はライラの肩と私の頭をそっとなでると、慧を冷ややかににらみながら手すりの方まで歩いて行った。


 私もその後ろを付いて行って、手すりから姫の方を見た。


 やはり心配でね。


 (こう)も能も手すりに走り寄った。


 そしたら、ねぇ…



 レーギーナは。


 姫へくわえた肉をあげようとしていたよ。


 一生懸命、首を上下に振って、渡すための手か…口を待っている様子だったよ。


 …こんな光景は、見たことがなかった。


 慧相手でさえ、地面に獲物を置いた。…あぁ、いや、あのときは、彼女のエモノは大きかったからねぇ…もしかしたらその差もあるかもしれないけれども。



 姫は嬉しそうに笑って両手を差し出そうとしたが、止まり、考えておられる様子を見せた後、その両手を引っ込めて、慧の方をじっと見上げられた。


 慧は、ただ見つめ返していた。姫が首をかしげると、ほんの少し、頬を染めた。


 姫は近くにいる私と視線が合うと、片手を振り、手話で話された。


「発言してよろしいでしょうかっ!?」


「…良いでしょう」


「姫様がおっしゃるには、『要しない』とのことでございますっ!」


 私がそう言い放った時、慧の向こう側から低い声が聞こえた。


「紫瑛くん。いつもの調子で訳してあげなよ。その方が良く伝わるから」


「……でも………僕、……」


 ――王より格下ですので――そう言おうとした瞬間。ため息とともに冷たげな、しかしどことなく和らいでいる声が聞こえて来た。


「紫瑛。


 良いのです。


 貴方は東境(とうきょう)を出ました。


 ここ西境国(さいきょうこく)では、私はもう、貴方の(あるじ)ではありません。


 いつまでも私を敬う、そのような態度を取ることは新しい(あるじ)(ゆう)さんに失礼です。政治面や国交関係でも、私に卑屈な態度を取っていることは貴方の『自国』となった西境国にとって良くありません。


 加えて…ハァ…


 …私は西境国(ここ)では身分を偽り、上位層とはいえ平民です。貴方は王と言葉を交わせる役職に就いています。身分は…私の方が下です。


 坦さんに押されてしまい、この王宮内でも王の扱いはやめて頂くことになってしまったので、貴方も王宮の外と内を区別せず、平民の扱いで私と接しなさい。



 …おやめなさい。


 昔の、王と1年草の関係で話すのは。


 ただ、やりすぎると私も気分が悪くなりますので。それは加減しなさい。


 …ということで。


 煌さんのおっしゃるように、『いつもの調子で』伝えなさい」


 姫から視線を外さず、慧は私へきっぱりと言い切った。


 そこで、ね。


 そう言われたら、そうするでしょう?


 私も幼かったから。


「ハイッ!


 えっと。


 『折角のオヤツをもらうの、可哀想だから。私は慧ちゃんから後でもらうからいらないの、1人で食べてってこのコに伝えて』だそうです」


「…なるほど。


 夢ーさん。後でもらうってことは、私とどこかでお食事をしたいということでよろしいですか? そこらでよろしいですか? 東境まで来ますか? あぁ…いっそのこと、夜景の綺麗なホテルの予約を今からとりましょうか? 今日だけと言わず、一生お食事を共に出来るようにしましょうか? クフフフッ」


「ッカ――ッッ! 臣下が臣下なら王も王だな! しかもまた強気に押し切ろうとするなよ!」


 腕を組んでレーギーナを見ていた坦はそのままの姿勢で顔を慧へ向け、イラつきながら叱責した。煌や能は顔色を悪くしただけで何も言わなかったが、何かイラッとしたことはどことなく空気で察しがついた。


 しかし慧はそのことを意に介さず。


「私は言いたいことを言ったまでです。


 さて…


 レーギーナ!」


 慧が声を発すると、レーギーナはこちらへ体の向きを変えた。


「『どうぞ』。


 お姫様は『今はいりません』」


 慧がそう言うと、レーギーナはくわえていた肉を飲み込んだ。


 それを嬉しそうに眺めた後、慧は自ら語り始めた。


「レーギーナは、とても頭が良いのです。


 他の鳥とは違い、細かい指示を理解できるのですよ。ですから、貴方がたも心配することはありません、今の所は」


 そう言って胸のボタンを幾つか外すと、内ポケットから手帳のような物を出した。手帳のような物は長財布くらいの大きさで、布が何枚も重ねられていた。慧はそれを開くと、皆に見えるようにした。そうしてペラペラと何枚かページをめくった後、姫の周りをまるで鶏のように回るレーギーナと、そのレーギーナの体に片手を触れて羽の感触を楽しんでおられる姫を幸せそうに見つめた。


「ここに色々な動物の皮や毛を張った物があります。


 これをレーギーナに見せて匂いを嗅がせ、声や音で指示を与えると、その生き物を私の元まで追い込んでくれるので、私はそれを射撃の練習に撃つのです。


 もちろん、捕えて持って来い、という指示もできます。


 場所を指定して、持って行け、という指示も出来ます。その方が楽なこともあるので」


 坦はその話をとてもおもしろそうに聞いていた。慧の手元を覗き込んでいたよ。


「すげぇな! 素直にそう思うわー。 よくそこまで育てたな。鷹狩りの鷹も育てるの大変なんだぜ?」


「普段は鷹匠に管理させています。私が面倒を見るのは時々です。


 実は本日も私がレーギーナを見ていない間のことを頼もうと鷹匠を連れて来ておりましたが…外へ行ってしまっていますね」


「芸は~?」


「できませんよ。


 貴方ね。サーカスじゃないんですから」


「あれは? 言葉しゃべるヤツ」


「オウムじゃありませんから。


 あのね。何だと思ってるんですか。レーギーナはペットではなく、狩りの御供です。臣下の1員ですよ」


 煌も慧へ近付いておもしろそうに手の中の手帳のような指示布をのぞいていたが…


「他にはいないのか? レーギーナみたいなの」


 それを聞いて慧は曇った表情をした。


「あのね。それも。


 貴方には私の周りのことを知られ過ぎると、次の(いくさ)に利用してくることがあるでしょう?


 言っときますが、これでも思い切ってレーギーナをご紹介したのですよ。


 大サービスで手の内をさらしました。何しろ、レーギーナの使い道は多いのですから。


 教えるわけないでしょう。


 あぁ、貴方の言葉をそのまま返しましょう。


 今回手の内をさらしましたが、これがもっと多くいるのか、そうでないのか、次の戦で使われるのか、そうでないのか。それは分かりません」


 慧は目を閉じて冷めた口調で言い放つと、指示布を懐へ戻した。その時、煌の向こう側で、慧とは違った、聡明そうな声がした。


「しかし、貴方はおそらく、この鳥『レーギーナ』だけは(いくさ)にもう使用しないでしょう」


 私は驚いて能の方を見た。


 手すりの近く。姫とレーギーナを見下ろせる場所。私と坦、その隣に、慧、煌、そして能、の順番に並んでいた。私は手すりから身を乗り出して、能の顔が見えるようにした。


「なぜです」


 慧が瞳を伏せ、腕を組んで姫とレーギーナを見下ろしながら、よく通る声の持ち主へ問うた。慧の腕はソデが広めに作られている黒の馬掛(マーコ)(いわゆる男性のチャイナ服。上着)へすっぽりとはまった。


「…フフ。


 貴方は先程、『射撃の練習』用だとおっしゃった。詳しく。


 『狩りの御供』だともおっしゃった。『ただの臣下だ』と言わず。『軍用の』とも『策戦用の』とも言わず。『狩りの』トモだと、言い切った。


 その時、貴方は何を見ておいででしたか?


 私は…いえ、ここにいる者は誰もがそうでしょうが、嘘をつきながら、若しくは策を巡らせながら、見つめられますか?


 私には無理です。いえ、無理でした。経験済みです。


 ですからおそらく、貴方もできません」


 それを聞くと、慧は目を閉じ、フゥゥッとためていた息を長く吐いた。


「……ここにいる人物…紫瑛以外、やられましたか……


 …困ったもんです」


 その慧の言葉を聞いた、手すりに、まるでこれ以上進むなと言われたように体をその場へ留められた人物たちは、私をのぞいて全員、視線を手すりの向こう側へ落とした。


 くるくると動く2つの女王(レーギーナ)を少し頬を染めて見詰めていたよ。



 私はその当時、まだよく分かっていなかった。


 幼かったからね。


 『気に入っている』程度にしか誰もが思っていなかった、と、そう、考えていたのだよ。


 …まさか、全員本気だとは…


 ハッハッハ!



 さて。


 それでだ。


 しばらくため息交じりに見つめていた面面だがね。


 また、その雰囲気を壊すことがお得意な人物の登場に驚かされることになる。


 急だったからねぇ、登場は、いつも。


 しかも。


 しかもだよ?


 これは、姫のピンチにつながるんだよ。


 何せ、彼は…



 連れて来たからね。



 女性を。



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