八
庭から、数段階段を上った上の石の廊下へ会話の場所を移した我々は、先程よりもっと和んできていたよ。
坦がライラをちらつかせるので、慧は段段と坦とも話すようになってきた。…まだ多少嫌がる要素は見え隠れしていたがね。
「お前、本当に動物全般無理なワケ? 馬とかどうするんだ、乗れなかったら移動に支障きたすだろ」
「……」
慧は薄く開いた横目で坦をにらむと、フイッと顔をそむけた。
「おぉっ! 察しは良いですね。そうです、若は馬に乗れません」
ニヤリ。仰暁の妖艶な笑みがこぼれた。
「…乗れなくて結構です。私は疲れることのない『自動車』で移動いたしますので」
「燃料ないだろ? 煌んちが独占状態だもんな。練習しとけよ、付き合ってやるから」
「君が乗るくらいだったら燃料取って来てあげるよ。国家機関分の量は無理だけど。要る?」
意外と優しい言葉が返って来たのだが、慧はそれでも向こうを向いたままだった。
…慧はプライドが高かったからね。そうそう人に教えを請うことも、苦手なことも人前でしようとはしなかったよ…
「ふ~ん…まぁ、生き物嫌いだし、無理強いはしないけどなー」
「あ。ポラリスは? 乗ってみる? 俺の馬だよ。あのコは賢いから怖くないよ」
その『怖い』という言葉に慧は反応してゆっくり振り向き、キッと煌をにらみつけた。
残酷の始祖王だとか何とか呼ばれていた煌をそれを上回る冷たい瞳でにらむことが出来るとは…慧だからこそ出来る所業だよ。
「聞き捨てなりませんね。私は『乗れない』のではありません。『乗らない』のです。『怖い』とか、そういう理由ではないのです。『嫌』なのです。何を考えているのか分からない、野蛮で不潔な物に乗るのは『嫌』なのです。
それに。
生き物全てを嫌っているわけではありません。飼っている物もあります。
……お待ちを。
………いますか? 仰暁?」
そう言って慧は、空を見上げた。
「えぇ、いますね」
仰暁も空を見上げた。
私はその瞬間全てを悟って、慌てて廷の壁近くまで走り、背中をぴったりと着けて前方向にのみ注意できるようにしたもんだよ。
「……何だ? 空に何かいるのか?」
そう言って坦は廷の手すりに身を乗り出した。
煌や能も同じように、慧や仰暁が見上げている視線に自身らの視線が添える位置へ移動した。
慧は片手を仰暁に向けて差し出した。
「1羽。間食として与える量ならこれくらいよろしいでしょう?」
「クスクス…かしこまりました」
仰暁は階段を降りると庭へ立たせている馬の元へと向かった。そうして馬が乗せている荷物の中から何かの鳥の肉を取り出した。ハトくらいの大きさだったと思う。仰暁は慧にその肉を渡すと、馬をその場から離れた場所にある庭木の所まで乗って連れて行き、適当な幹にくくりつけて戻って来た。
「なになに? 何がいるんだよー?」
坦は身を更に乗り出したが、慧はそれを確認もせずに、自身の左手の小指をその口にくわえた。
ピィ―――――――ィッッ!
高い音が響き渡る。
ほどなくして…
ブァッサ ブァッサ ブァッサ…
とてつもない大きさの黒い影が我々のいる廷へ入って来た。そして驚いて、乗り出していた身を手すりから慌てて飛び退かせた坦と、あまりの大きさから刀を抜いてしまった煌と、私の横の壁際まで後ずさった能を、まるで気にもかけず、その巨体は手すりに止まった。
体長1メートル、体重7キロ。
羽を伸ばすと2メートル。
白と、青の混じった黒の衣をまとっていて。
頭には黒い冠。
猛禽類の中では最強と謳われる、鷲の中でも最大の大きさと強さを誇る種。
『最高』のモノが好きな慧らしい、コンパニオンアニマル。
――扇鷲だ。
ヒヒィ―――ンッ
巨大な肉食の鳥の出現に、馬は驚いて暴れた。太い幹なのに折りそうな勢いだったよ。…それを見越して、仰暁は馬を縛ってきたんだろうね。
慧は誇らしげにオウギワシの止まった手すりの前に立ち、手に持ったトリ肉を、その鋭い爪先へ静かに置いた。
「どうぞ」
慧が静かに言って、華麗な動きで片手の手の平を返しその肉を指し示すと、巨大なワシはその肉を優雅に食べだした。
「…どうです? 私の飼っている物です。
学名『ハルピア・ハルピュヤ』。別名は『オウギワシ』、その他には、『ハーピー・イーグル』。他の追随を許さない程の化け物じみた大きさから、西洋の神話に出て来る『ハルピュイア』だとか『ハーピー』だとかいう化け物鳥の名前をもらっています。
平均的には…
体長(クチバシの先から尾羽の先まで)1メートル。体重7キロ。翼開帳(翼を広げさせた場合の左右の羽の先までの距離)2メートル。
爪の長さは13センチ。握力140キロ。サル、ナマケモノなどを木から無理矢理引きはがして食します。この握力は成人男性の3倍。この握力と爪を使えば成人した人間の頭蓋骨に孔を空けられます。
飛ぶ速さは時速60~80キロ。
その基本的強さに加えて、この見た目の優雅さ。生まれながらに冠を頂いているとは。
まさに王となるために生まれて来た鳥です。
さ。
どうですか。
わたしの『レーギーナ』とそこの汚いトラと、どちらが強いか、獣と鳥の頂上決戦を致しましょうか?
まぁ? レーギーナが勝つに決まってますがね? フフッ」
キィィィィ―――ッ!!
慧の笑っているとは思えない表情と声に反応して、耳をつんざくような高い声が周囲に響いた。
私は過去東境で慧に仕えていた時、目の前で捕食している所を見せられてね。その時は…乳児くらいの大きさのサルをどこからか捕まえて来てね。庭にいた慧の前に鋭いカギツメで頭と体を押さえつけて置いたんだ。慧が「今はいりません、どうぞ」と言うと、目の前で嬉しそうに食べだした。…私は吐いたが、飲み込んだよ。慧に叱られるからね。
それからずっと怖かったもんだから。その声も、姿も。
両耳を押さえたよ、とっさに。
その時ライラは坦に走り寄るとその背後に慌てて隠れた。
「ライラは肉は食わないんだ。だから狩りも喧嘩も出来ないんだよ。
…なんでぇ、お前の方がよっぽどヤバンな考え方じゃねーかよ」
坦は初めこそ驚いていたがすぐ落ち着いてライラの頭をなでながら慧へ向けて返答した。
私はライラが坦に頭をなでられているのを見て少しホッとした。これで安心したろう、と。
坦やライラが距離を取っているのに対し、煌だけは嬉しそうに近付いて『レーギーナ』を色々な角度から見ていた。とても楽しんでいるようだったよ。…思えば、ライラのときも簡単に近付いていた。元来の豪胆さと襲って来ても返り討ちに出来る自信があったからだろうね。
キィィィィィー!
…どれだけ威嚇されようと、煌は『レーギーナ』の周りから離れなかった。『レーギーナ』はイラついているように見えた。
というより、『レーギーナ』が、少しだが、煌の瞳を見て怯えているように見えたよ。…本物のワシに威嚇される程、煌には眼力があったんだねぇ…
「おぉっ! すごいな! 良い鳥だ! 見た目も力も最高だ!」
「どうも」
火薬を扱う薬学、車や兵器を扱う工学を好む理系に強い慧と、詩歌や人間心理を読むことに長けた文系に強い煌とは、王という共通点を含めて高い知能を持つ人物同士で、なかなかに仲が良いようだった…意思の疎通がしやすいように思えたよ。
…いや、待って。
さっきの話…
坦は生物が多様に住まう南境の出身だったから、生き物の、とりわけ肉食獣の恐ろしさを良く知っていて、それで煌ほどに気安く近寄らなかったのかもしれない。
そうだなぁ、近付ける煌も、警戒出来る坦も、良い精神をしてたねぇ…




