20話
初等部にも討伐系クエストや迷宮系クエストが降りてくる様になってからは、受注所の盛況具合はいやがおうにでも増した。
それもそのはずで、今まではお使いクエストしか受けられなかった状況が一変したのである。
今までの鬱憤を晴らすかのように生徒たちはクエストを受注していた。
「おーい、誰か一緒に蟻退治にいかないか?」
「ドロップ品集めに行かなきゃいけないんだけど、一緒にいかない?」
「よし来たゴブリン討伐! 朝七時から並んだ甲斐があったぜ」
その中には当然エフィムたちも含まれていた。
しかし、競争率が上がれば当然勝者と敗者が現れる。
その点で言えば今日のエフィムたちは敗者だった。
「いやあ、悪い悪い。取れなかったわ、クエスト」
グライフは三人に軽く頭を下げながら言った。
受注所が開くのは朝九時から。そのときに誰が一番案内板に近いかでエフィムたちはクエスト受注の人選を決めていた。
今朝はグライフが一番近かったのだ。
「そっかー、でも仕方ないよ」
「うん、この調子だからね。取れるか取れないかは運も絡んでくるし」
「久しぶりにお使いクエストでも受注するか?」
エフィムの提案に三人は苦笑いを浮かべて首をふる。
それもそうだ、討伐系クエストや迷宮系クエスト、収集系クエストのそれら寄りのものを散々受けてきた今となっては、今更お使い系クエストなど受けられたものではない。
エフィムたちはこのところ日課になりつつある食堂へ――クエストが受けられなかった日はそうして駄弁るのが常になっていた――向かうことにした。
「やあ、今日も駄目だったのかい?」
そんなことを笑顔で言ってくるのはカバンだ。
「そうなんですよカバンさん~」
エリクがそういいながら泣きつく。
カバンはやれやれと肩を竦めてみせた。
「それじゃあ、何時もの席に行くか」
エフィムはそういって何時もどおり定位置となっている窓際の席に向かった。
「今日は何の話をしようか」
「ラインの親父さんの話でいいぜ」
「グライフはいつもそれじゃないか、偶にはアーミテージさんの話にしようよ」
ラインとグライフは今日の話題でもめていた。
いや、じゃれあってるといった方が正確か。
そんな二人を見てエリクは頬を膨らませている。
「おい、お姫様がご立腹だぞ」
エフィムはそんなエリクをからかっていた。
「おお姫、これは悪い」
「悪いなお姫様」
ラインとグライフもその悪ノリに便乗する。
「もう、エフィム君もライン君もグライフ君も、もう、もう!」
「おいこら、どうして俺を叩くんだ」
本当に腹を立てたエリクは隣に座っているエフィムをポカポカと叩く。
「エフィム君が、焚きつけるからじゃない、ほんとに、もう!」
エフィムを叩く擬音がポカポカからバシバシに変わった辺りで、救世主がその場に降臨した。
カバンだ。
「ほらほら、女の子は怒らせると怖いんだから余り悪戯しないようにね」
カバンはそういいながら手に持ったプレートからあるものを皆に配っていく。
イチゴのタルトだ。
「わぁ……カバンさん、いいんですか?」
エフィムを叩くのを止め、エリクが問う。
「皆には内緒だよ?」
カバンは口に人差し指を当てる動作をしながら配っていく。
「おお、何時も悪いですね」
「甘露か……そういや親父が好きだったな」
ラインとグライフにも配り、最後に自分用にと持ってきたタルトをおいて自然に席に付く。
「さて、それじゃあ初等部の子たちの愚痴でも聞いてあげようかな」
カバンはそういって笑って見せた。
「進路?」
それは何時しか出た話題だった。
冒険者養成所は初等部の五年が終わると、すぐさま冒険者になるか中等部に進むか判断できる。
ここでパーティを組んでいた生徒が別々の進路に進むのはよくある話で、風物詩ですらあった。
「そうだよ、君達ももう直ぐ五年経つだろう? 仲が良さそうだからどうするのか気になってね」
進路か、確かに皆がどう考えてるのか気になるな。
さて、皆はどう答えるだろうか?
「僕は進学かなー」
口火を切ったのはエリクだった。
その表情は若干不安そうである。
「僕はほら、まだまだ経験不足だと思うし、折角同世代と経験を積める場があるのなら利用したいって気持ちがあるよ」
皆はどう? と暗に語っているエリクの言葉に、ラインが続いた。
「俺もそうだね、折角の機会だから進学しようかな。グライフも勿論進学だろう?」
ラインが当然そうだと信じて疑わない瞳で尋ねた。
しかし――。
「いや、俺は冒険者になるぜ」
グライフはその気持ちをばっさりと切り捨てた。
「グライフ君……」
「グライフ……」
二人が信じられないものを見るようにグライフを見つめる。
エフィムもそれに続いた。
そんな三人の視線にグライフはばつが悪そうに頬を掻いた。
「俺んちは裕福じゃないからよ、流石に中等部まで進学するのは無理だ。俺も出来ればお前らと一緒に歩んでいきたいけどよ……」
冒険者養成所は決して無料で開かれているわけではない。こればかりはどうしようもない問題だった。
「――じゃあ、三年後だ」
ラインが絞り出すような声で言った。
「三年後、中等部が終わったら、またこの四人でパーティを組もう。それまで死ぬんじゃないぞグライフ」
ラインの言葉にグライフは力強く頷いた。
「エフィムは、エフィムは進学だよね?」
ラインが今度こそはと問いかける。
おいおい、そんな縋るような目つきをするなよ、ラインらしくもない。
まあ、それだけグライフの話がショックだったってことか。
しかたねえなあ。
「ああ、俺は進学だ」
俺の言葉に安堵するかのようにラインとエリクは肩から力を抜いた。
俺は懐から煙草を一本取りだすとグライフに差し出した。
「お、どうしたよ」
「いいから、吸えよ」
俺はそういうと、マッチで火をつけてやった。
グライフが美味そうに紫煙を燻らす。
俺もそれに倣って煙草に火をつけた。
煙草一本。
煙草一本吸っている間だけは、爺ちゃんのような強い人間に。
「グライフ」
「あん?」
俺は万感の思いを込めていった。
「死ぬなよ」
「――ったりめーだ。そっちこそな」
「おう」
そして、六度目の春がやってくる。
別れの季節となった。
これにて初等部編は終了になります。
次回からは中等部編になります。
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